【完結】フェイクオメガ

水樹風

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第24話


『河野事務次官!エフのマッチングで便宜を図っていたのは本当ですかっ?』
『遺伝子データの改ざんはっ?』
『河野さん!礼金を受け取ったんですか!?』
『次官っ!!』


 宗一郎はテレビの中で無言を貫き庁舎へと入っていく父を確認し、テレビ画面に向かってリモコンを投げつけた。


「どうなってんだ、一体!あんたに失脚されたら困るんだよ!!」


 宗一郎はソファーに座り頭を抱え込む。


「明らかに、誰かが意図的に流れを作ってやがる……!誰だ!?この流れは、どこから始まった!?」


 この一連の騒動の発端。宗一郎は流れを遡りそれに辿り着くと、怒りに震え顔を上げた。


「そうだ、始まりは橘礼奈だった……。なるほどな……。全部、あいつの仕業かっ!」


 立ち上がった宗一郎が、ダイニングテーブルにあったスマホを手に取り一本の電話をかける。


『はい、愛眞会病院でございます。』
「すみません、そちらに勤務しております中村志帆の兄ですが……、はい、お世話になっております。緊急の用件がありまして、呼び出しをお願い出来ますでしょうか?」
『かしこまりました。少々お待ち下さい。』


 電話口に保留音が流れる。
 志帆は宗一郎に金と体で懐柔された看護師で、彼の駒の一人だった。


『お待たせ致しました。中村さんは昨日付けで退職されていますが……。』
「……っ!?そう、ですか……。いえ、私は聞いていなかったものですから……。はい、ありがとうございました。」


 ──やられた!いつの間にここまで手をまわしてたんだ!?


 形勢が逆転している。宗一郎の背中には焦りのせいで嫌な汗が滲んできていた。


「落ち着け……。何か涼太以外にも手を打たないと……!」


 ──なんとかしなきゃ、俺の負けだ……。そんなこと許さない。絶対に!


 その時、テーブルの上で握りしめていたスマホが短く鳴り、メールの受信を知らせた。
 スマホを開いた宗一郎の笑みが、どんどんと狂気じみていく……。


「なるほどねぇ。あいつの弟の恋人がエフだったとは。……あの可愛らしい顔、ぐちゃぐちゃに泣かせるのも悪くないか……。」


 宗一郎は病院の中庭で会った直央を気に入り、手駒の一人に調べさせていたのだ。
 気に入ったものは自分のものにしないと気がすまない。それは玩具を強請る子供のそれ、そのままだった。
 宗一郎の狙いが涼太から直央へと変わる。


「今日は火曜日……大学で6限を取ってるなんて、真面目だねぇ…直央くん。」


 宗一郎は送られてきた調査ファイルにあった直央の写真に向かって恐ろしく甘い声で囁いた。


「もしもし、俺だ。ああ……例の薬をいつものとこに持って来い。……いや、三十分以内だ。金は倍払う。……そうだ。それと、夕方までに志帆をあの部屋から追い出しとけ。あいつは用無しだ。……ああ、別のペットを飼うんだ……。」


 宗一郎はきっちりと三つ揃えのスーツを着込むと、車のキーを手に自身のペントハウスを後にした──。



 直央の通う大学のキャンパスも、流石に六限終わりの二十時過ぎには学生もまばらになっている。
 自宅からは電車で通学していた直央だが、天宮邸からの通学はバスだった。
 直央は汐音にこれから帰るとメッセージを送ると、バス停への近道で、停まっている車もほとんどない大学の裏手の駐車場を抜けていた。
 ちょうど街灯の光と光が途切れる隙間、その闇から現れた人影に、直央はビクッと震え息を呑む。


「やぁ、村上直央くん。今帰り?」


 ──……ッ!河野宗一郎っ!?


「な、んで……ここに、あなたが?」
「もちろん、君に会いに来たんだよ……。」
 

 ──こいつ、本当にヤバい!


 直央は宗一郎のアルファの視線に一瞬力が抜け、片方の肩に掛けていたバックパックをドサッと落としてしまった。
 宗一郎が一歩近づく度に、直央がジリジリと後ずさる。辺りに人の姿は全く見えなかった。


「僕は、あなたになんか用はないっ!」
「まぁ、そうだろうね……。天宮汐音の恋人の君には、ね?」
「──ッ!?僕のこと調べたの!?」


 宗一郎を見たまま後ろに下っていた直央の退路を、街灯のポールが塞ぐ。
 宗一郎は片手で直央の手首を掴み上げてポールに押し付け、氷の瞳で優しく笑いかけた。


「ベータにエフの恋人なんて贅沢過ぎるよ。エフに必要なのはアルファだよ。僕みたいに特別なアルファ……わかるだろう?」
「ふ、ざけんなっ!離せよ!!僕は抑制剤を飲んでる。フェロモンは効かないぞっ!」
「ああ、知ってるよ?……大丈夫。ちゃんと気持ちよくなれる薬があるからさ。」


 宗一郎に今度は体ごと押し付けられ、直央は身動きを封じられる。
 耳元でいやらしく囁かれた直央は必死に暴れて助けを呼んだ。


「やめろよっ!離せぇぇ!誰かっ!!誰か助けてぇッ!!」


 この時間警備員の巡回はない。
 そこまで調べていた宗一郎が、余裕の表情で注射器ドラッグを手にした時──。


「そこ、何をしてるんですかっ?その子から離れなさい!」


 突然、二人の制服警官が現れ、衝撃で固まる宗一郎を直央から引き離した。


「助けて下さい!この人が無理やりっ!」


 直央が警官の後ろでそう叫び、警官達は冷静ながらも鋭い視線で宗一郎に詰め寄っていく。


「ちょっと話をお聞かせ願えますか?署までご同行下さい。」
「何を言うんだ!お前達、俺を誰だとっ!?」
「お兄さん、こんな危ないもの使って、あの子に何しようとしたの?」


 警官に注射器を取り上げられ、流石の宗一郎も動揺から二の句が継げなくなる。
 そこに必死な形相で走ってきたのは汐音だった。


「直央!直央、無事かッ!?」
「汐音!」


 恋人の声に張り詰めていた糸が切れ、後から湧き上がってきた恐ろしさに震えだした直央が、泣きながら汐音に抱きつく。


「ごめんな、一人で怖い思いさせて……!」


 自分の腕の中で怯える恋人の柔らかな髪にキスすると、汐音はベータとは思えない威圧感で宗一郎を睨み付けた。


「直央が、最近誰かに後をつけられてる感じがするって言うから、警察に相談してこの辺りのパトロール増やしてもらったんだよ。」
「な、んだとっ!」
「アンタの犬もさっき、天宮邸うちへの不法侵入で捕まったからな。」
「ふ、ふざけるな!これは、罠だ!全部俺を陥れるために、天宮伊織が仕組んだ罠だっ!離せッ、ヤツを連れてこい!離せぇ!」


 見苦しく暴れる宗一郎は、引きずられるようにして、苦笑する警官達に連れて行かれパトカーに押し込まれる。


「ほら、大人しくして。話は署で聞くね。」


 車内から宗一郎の暴言が聞こえて来たが、容赦なくパトカーは走り去っていった……。



 静寂が戻る駐車場──。
 抱き合う汐音と直央の元に、伊織が一人の男を伴い歩いてきた。


「まさか、ここまで親子で腐ってたとは……。」


 なんとも言えない呆れ顔でそう言ったのは、収賄事件の捜査幹部の一人だった。


「良かったんですか?面と向かってガツンと言ってやらなくて。」
「ええ。……あの男は、父親の権力を笠に着て、好き勝手していただけの、ただのガキです。向き合うだけ無駄ですよ。……父親の権力ちからがなくなった今、もうあいつには何も出来ませんし……。」


 伊織のその言葉に、彼は肩をすくめて大きく息を吐く。


「天宮さんを敵にまわすなんて、河野宗一郎はバカなことをしたもんだ……。」
「……私は、別に……。ただ小石を投げ込んだだけですよ。波紋をここまで広げたのは、あいつら自身です。」
「はぁ……。それを言う辺り、十分怖いですけどね。」


 伊織はそう言う彼を笑顔でかわし、おもむろに直央に向き直った。


「本当にすまなかった!偉そうなことを言っておいて、結局お前たちを巻き込んで……。直央に、こんな思いをさせるなんて……!」


 深く頭を下げる伊織の肩を汐音が掴み体を起こさせる。


「悪いと思うなら、難しいこと言ってないで、とっとと涼太さんに会いに行けよ!」
「汐音……。」
「僕は大丈夫です、伊織さん。その……汐音がいますから……。」


 照れながらもしっかりと汐音に寄り添う直央を見て、伊織はホッと体の強張りがほどけていった。


「……お前達の言うとおりだな……。でも、今日はもう遅い。とりあえず帰ろう。」


 伊織は落ちていた直央のバックパックを拾い上げると、後ろにいる彼を振り返った。


「今夜のことは、このまま静かに終わらせてもらえますか?大事な義弟おとうとの傷を、これ以上広げたくないんで……。」
「……後は、任せて下さいよ……。」


 歩き出した彼は、伊織とのすれ違いざまに小さく呟き、振り返ることなく去っていったのだった……。



 ──涼太さん。もう大丈夫……。起きて大丈夫ですよ……。



 伊織がそっと天を仰ぐ。
 明日がその名の通り、明るい日に変わるようにと、最愛の男のため、祈りながら……。









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