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第26話
「本当に長い間お世話になってしまって……。ありがとうございました。」
「いいえぇ。半年なんてあっという間で……。直央くんがいなくなっちゃったら寂しいわ。舞香さん、明日は?お仕事?」
「いえ、流石に何日か休みをもらいました。」
「あら、じゃあお夕飯食べていって。ねっ?」
「そんな、香菜子さん、大変でしょ?」
「全然!それに、舞香さんとお話するの楽しみにしてたのよ?」
「本当にいいの?」
「もちろん!」
半年の海外勤務から帰国した舞香が、直央を迎えに来た天宮邸──。
母たちの意気投合振りは以前と変わらず、汐音と直央は楽しそうな二人を苦笑いしながら見つめていた。
「伊織さんにも随分お世話になったみたいで……。今、アメリカなんでしたっけ?」
「ええ、そうなんですよ……。何事も経験ですからね。」
香菜子がコーヒーをテーブルに置きながら、上司としての表情を垣間見せる。
息子たち二人はこっそりと2階へ退散しようとしたが、今回は母たちに逃がしてもらえず、この半年間について根掘り葉掘り聞かれる羽目になったのだった……。
涼太のオメガへの覚醒が始まり七ヶ月──。
涼太は入院での治療は必要なくなったものの、宗一郎に注射されたドラッグの影響はやはり大きく、今は看護師が常駐する病院併設の療養施設に移り生活していた。
「伊織さん、来週帰ってくるんだっけ?」
「うん。」
祐貴の言葉に涼太がほんのり頬を赤らめる。
「うわぁ、涼太くん嬉しそう!」
「さ、咲季ちゃんっ。」
病院と違いここでは家族以外でも許可を取れば面会出来るようになり、涼太の元には祐貴だけでなく咲季も会いに来るようになっていた。
この日は久しぶりに二人が涼太の元を訪れ、咲季のお手製弁当を広げて、三人で昼食を食べながらゆったり時間を過ごしていた。
「ひと月近く会えてないんでしょ?」
「うん、まぁ、伊織くん大事な仕事で行ってるし……。ちょくちょく連絡くれるから。」
「はぁぁ、乙女だ。涼太くんが、乙女になってる。」
「サキ、涼ちゃんと伊織さんのことになると目が輝き過ぎ。」
祐貴が呆れ顔で咲季を見るが、彼女は気にせず涼太に言った。
「本当、恋する涼太くん、可愛いっ。」
「なっ、もう、本当に……勘弁して、咲季ちゃん……。」
涼太と宗一郎の一件で正嗣を納得させる手腕を見せた伊織は、少しずつ大きな仕事を任され始め、今回はアメリカの企業との資本提携のため日本を離れている。
「でも良かった。俺たちもバタついててしばらく来れなかったから心配してたんだけど、涼ちゃん体安定してきたんでしょ?」
「えっ?……うん。だいぶな……。」
「最後のヒート、伊織さんの出発前だったよね?このまま間隔落ち着いて、抑制剤使えるようになるといいね。」
「うん……。」
「涼太くん?どうかした?」
テーブルの上を片付けながら、咲季が涼太を覗き込む。
「えっ?どうもしないよ?」
「そう?」
咲季は体調の話をされて明らかに表情を曇らせた涼太に気付きながらも、あえて深くは聞かなかった。
そこにノックの音がして、看護師が顔を出す。
「一色さん、笹森先生がいらしたので診察室に。」
「あ、はいっ。ごめん、祐貴。」
「いいよ、いいよ。検査結果の説明だっけ?」
「ああ。」
「じゃ、俺たちここ片付けたら帰るけど。」
「悪いな。咲季ちゃんもありがと。お弁当美味しかった。」
「また来週お弁当持って来るね。」
「無理しないで、たまには二人で普通にデートとか行きなよ。」
「無理なんてしてません。またね。」
涼太が二人に手を振って看護師と共に部屋を出ると、祐貴と咲季は険しい表情になり顔を見合わせた。
「やっぱり退所は難しいのかな?」
「なんかあったのは確かだな……。涼ちゃん、また一人で抱え込まなきゃいいけど……。」
涼太の体は二ヶ月ほど前には既にオメガとなり、公的な書類も全てオメガに変えられていた。
だが、祐貴と咲季の懸念通り、ドラッグの影響で安定には程遠い状況だった。
「今回の検査でも一色さんのオメガとしての生殖器……つまり子宮ですが、これは形としては作られているものの、フェロモン分泌などの機能が未熟なまま変化がありません。」
「…………。」
「この二ヶ月、全く数値に変化がありませんし、残念ながらこれ以上の成熟は望めないと思います。」
「……つまり、私のヒートは安定することはないと……言うことですか?」
「はい。」
笹森は医師として、きっぱりと言い切った。
「踏み込んだことを聞きますが、一色さんは一ヶ月前のヒートを天宮さんと過ごされましたよね?あの時、最後まで性行為はされなかったんですか?」
涼太は真剣に尋ねる笹森に小さく頷き、気まずそうに下を向く。
「一色さん、まだ天宮さんに、番となる相談をしていませんね?」
普段穏やかな笹森も、患者の体に問題が出てくるとなれば口調は厳しかった。
「以前もお話しましたが、一色さんは抑制剤を常用出来ません。いつヒートが来るか予測がつかない中、緊急抑制剤の使用は命の危険も出てきます。ヒートを安全に乗り切るためには番の存在が必要不可欠ですよ?」
「……わかって、います……。」
涼太はずっと下を向いたまま、前回の診察と変わらない曖昧な返事を繰り返す。
笹森は小さく息を吐くと、涼太の肩口にそっと両手を置いた。
「一色さん……。はぁ、不甲斐ないですね、私は。」
「えっ?」
「私は……あなたの担当医なのに、河野宗一郎からあなたを守れなかった。私の不甲斐なさからこんなにもあなたを苦しめて……本当にすみません。」
「そんなっ!やめて下さい、笹森先生!」
深々と頭を垂れる笹森に、涼太が慌てて顔を上げる。
「俺の人生を守れなかったのは、他でもない俺自身です……!だから、誰かに責任を感じてなんて欲しくないし……誰かに、犠牲になって……欲しくなくて……。」
「一色さん……。」
「こんな、下手をすれば数日おきにヒートを起こすような体で……日常生活も、ままならなくて……。このままじゃ、伊織くんの人生まで壊してしまうから……。」
涼太の膝の上で握りしめた手の甲に、ポタポタと雫が落ちていく……。
笹森が懸命に言葉を探す中、涼太の背後で診察室のドアが静かに開いた。
笹森はそこに立つ男を見ると、ハッと息を呑む。
「涼太さん。」
「……ッ!」
自分の名前を呼ぶその声に、涼太が目を見開く。
「天宮さん、どうして!?……今の話……。」
「申し訳ありません、先生。盗み聞きのような真似をして。本来ならパートナー同伴での診察だったと聞いて、なんとか仕事を終わらせて帰国したんです。」
伊織がそう話す間も、涼太の体は凍ったように固まったまま……。
「先生、一旦部屋に戻って彼と話してもいいですか?」
「え、ええ……。」
それを聞いて涼太の前にしゃがみ込んだ伊織は、彼を解かそうと優しくその背中を撫でた。
「涼太さん、戻りましょう?」
伊織のその優しさに苦しむように、涼太は首を左右に振る。
「涼太さん?」
子供がイヤイヤと駄々をこねるように、ただ首を振る涼太を、伊織は強く抱き寄せ大きくため息を吐いた。
「あなたは本当に、どうしようもないですね。涼太さん、どこまで俺を甘くみてるんですか?」
「………。」
「俺は自分の人生、自分のために生きますよ。俺の人生を涼太さんが壊せるわけないでしょ?」
「……伊織くん……。」
「はぁ、やっと顔見せてくれた。」
伊織は戸惑う涼太の真っ赤に充血した目にふんわりと唇を寄せる。
くすぐったそうにする涼太の額をツンと突き、伊織は笑った。
「俺が今回なんで、アメリカの製薬会社と資本提携してきたと思ってんですか?うちホテルですよ?」
「天宮さん、まさか……。」
「エフのための医薬品開発はまだまだこれからです。日本じゃまだ、涼太さんみたいな症例は少ないですけど、視野を広げれば道は色々あるんですよ?」
「伊織くん……俺……。」
「俺は、俺の人生のために、涼太さんと番になるんです。」
いつの間にか笹森は席を外し、二人だけになった診察室……。
伊織は年上の運命をどこまでも甘やかす。
「それで、俺は、涼太さんと夫夫になります。」
「……それ、もう決定なのか?」
涼太が泣きながら微笑む。
「そうですよ。まさか嫌なんですか?」
「だって……俺、このままじゃ、子供は産めないかもしれないよ?」
「元々ベータだった人が、何言ってんですか?」
「俺、仕事も出来ないし、このまま退所だって出来ないかもしれないし……。」
「うちには連れて帰ります。必要なら個人的に看護師雇います。祐貴さんにでも相談してみます?」
「でも、でも、俺……!」
痺れを切らしたのか、涼太の言葉を伊織の人差し指が止めた。
「涼太さんは『かもしれない』『でも』ばっかりだ。言ったでしょ?俺は、涼太さんと夫夫になるんです。その涼太さんの不安な未来、全部俺がもらいます。」
「伊織くん……。」
「だから、涼太さんはただ頷いて。ね?」
──本当に……本当に、俺には、伊織くんだけだ……。
言われた通り頷いた涼太の白い手が、伊織の頬を撫で、彼の唇を二人だけの甘さで溶かした。
「ありがとう…伊織くん……ありがとう。……俺と家族になって……!」
「もちろん!ずっと離しません。絶対に!」
「……次のヒートで、噛んで、くれるか……?」
「はい。……もう、涼太さん、泣きすぎ。」
伊織に笑われながらもなかなか涙が止まらなかった涼太は、この後、彼の腕の中で不安の全てを委ね、ぐっすりと眠ってしまったのだった……。
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