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第一章
12 ルナスコラ
しおりを挟む「そうだ、ハヤト様。ジャニス様も、そろそろ落ち着かれてきたようですよ。」
ヴァロフォーラをまた歩き出し、ルナスが小さく言った。
「えっ?それじゃ、あの件も?」
「はい、一旦は幕引きのようですね。……今回もやはり、あの方へは繋がらなかったようですが。」
彼が言うあの方とは、サーグイス公爵のことだ。
公爵が反王太子派のトップと思われてはいるが、当然ながらそう簡単にはいかないらしい。
あの後、サーグイス公爵とその取り巻きには十分注意するように教えられていた。俺は召還の間での出来事を思い出し、妙に納得したりしている。
「王宮は一筋縄ではいかない出来事ばかりです。些細なことでも気になることがあれば、必ず私たちにご相談下さい。」
ジャニス様に言われたその言葉を思い出し、俺はまた気を引き締めた。
でもこれで……あの人にまた、会えるかな?
「ハヤト様?」
ルナスに顔を覗き込まれ、俺はハッと我に返る。
「あっ、ゴメン。ちょっと考え事してて。」
「いえ。これで、やっとお会いになれますしね。」
そう言って彼がパチンとウィンクしてきた。
「へっ!?」
魔導師は、心も読めるの!?
あたふたとする俺を見て、プッと吹き出すルナス。
「ハヤト様は嘘が付けないお方ですね。」
え?か、鎌かけられて……!?
「っ、ルナスっ!!」
「申し訳ございません。」
彼はそう口にしながらもまだクスクスと笑っている。
俺はむくれて、ジトっと抗議の視線を送ったが、あまり効果はなかったようだ。
でも会いたいと思ったが誰なのかはバレてない……よな?
何でかな?あれから何度も思い出してしまうんだ。あの時の、彼の言葉を……。
「さぁ、ハヤト様。こちらが本日ご案内する、私の仕事場ですよ。」
「うわぁ……。」
やがてヴァロフォーラの南東一角に着き、ルナスが伸ばした手の先にあったのは、ペールイエローの外壁に淡いブルーの屋根の、もう一つの宮殿とも思えてしまうほど美しい荘厳な建物。
俺の感嘆の声を聞きながら、ルナスは嬉しそうに言った。
「ようこそ、王立魔術学院へ。」
◇◇◇
『王立魔術学院』。
七歳から十六歳までの子供達が学んでいる、文字通り魔法の学校だ。
ヴェントナスでは、大体数百人に一人が魔力を持って生まれてくるそうだ。
そのため、毎年五歳になる子供達を集め、神殿で魔力の有無を検査するらしい。
「魔力を持っていても、全員が入学するわけではありません。」
両側に教室の並ぶ磨き上げられた廊下を学院長室へと歩きながら、ルナスが説明してくれる。
「試験をしたりするの?」
「いいえ、希望すれば全員入学できます。ただ、それぞれの家庭の事情や両親の考えで辞退する子も多いのですよ。」
「へえ、そうなんだ。」
「毎年八百人程の魔力保有者が見つかりますが、入学者は百五十人から二百人くらいです。」
話を聞きながら教室の中を覗くと、水色の立襟ローブを着た子供達が真剣な面持ちで授業を受けていた。
「この棟は七歳から九歳の年少クラスの教室です。」
ルナスは柔和な笑みを浮かべながら教室の中を見ている。
「ルナスも子供好き?」
「えっ?あはは……。そんな顔をしていましたか?周りの者たちにも、もっと学院長として威厳を持てと注意されるのですが……。」
頭を掻きながらそう苦笑する彼に、俺は今まで以上に親近感を覚えていた。
「実は、私は半年前にルナスになったばかりなのです。ですから、まだまだ未熟で。」
「ん?『ルナスになる』ってどういうこと?」
「ああ、そうか。ハヤト様はご存知なかったのですね。『ルナス』は代々の魔導師長が継ぐ名で、私の本当の名前ではないのですよ。」
「そ、そうなんだ!?……あ、じゃあ、もしかして、ソルネスも?」
「はい、左様です。ただ『ソルネス』の名については紆余曲折がありまして……。その辺りはまた彼からお話しするかと思いますよ。」
「そっか。わかった。」
その時の俺は、ルナスの瞳に僅かな切なさの色が混ざっていたことに気付きながらも、そのことを深く考えることはしなかったんだ……。
「ルナス?本当の名前は、聞いても大丈夫?」
「はい、もちろんです。私はノア・フェリクス・グラキエスと申します。もうこの名を名乗ることが少なくなったので嬉しいです。あ、でも私のことは『ルナス』とお呼び下さいね。」
ルナスが大人でクールに見えたのは、この立場に相応しくなるために頑張ってるからなのかもしれない。
普段のちょっとお茶目で子供好きの柔らかなルナスを垣間見ることが出来、俺は何だか心を許してもらえたようで嬉しかった。
「そう言えば、先程『ルナスも』とおっしゃいましたが、ハヤト様も子供がお好きなのですか?」
「うん!俺、元の世界では保育士って言って、小さい子を昼間預かる施設の先生をしてたんだ。ルナスコラの子供達よりもっと小さい、0歳から6歳の子供なんだけどね。」
「保育士、ですか?」
そうだよ。俺、他の先生達に迷惑かけてるよな。無断欠勤だもん……。子供達、元気かな?
「ハヤト様……?」
「あ、ゴメン。ちょっと子供達のこと思い出しちゃって。でも、大丈夫だよ!」
いけない、また心配かけちゃうところだった。
せっかくパレフォーラの外に出られたんだし、こうしてルナスも時間を割いてくれているんだから……。
「そうだ、ハヤト様。よろしければ、これから子供達と遊んでいただけませんか?」
何か思い付いた様子で、ルナスにニッコリと言われて俺はちょっと戸惑ってしまう。
「え?俺は嬉しいけど、子供達の授業はいいの?」
「いえ、実はもっと小さな子供達もおりまして。」
ん?どういうことだろう?
「さあ、こちらへ。」
何だか、ルナスの方が嬉しそうだ。実は俺、ダシにされてたりして。
フィンがルナスに耳打ちされて、どうやら先触れに向かったらしい。
「ルナス。どこに行くのか教えてよ。」
「あ、これは失礼致しました。この先は生徒達の寮があるのですが、その一角に孤児院もあるのです。」
「孤児院?」
ルナスの話によれば、王妃殿下が直接運営されている孤児院がルナスコラに併設されているんだそうだ。
「今は三歳から十一歳まで二十人ほどがおりまして、ルナスコラの上級生達も可愛がってくれています。」
「ルナスも可愛くて仕方ないみたいだね。」
「ルナスは本当に愛情深いのですよ。」
「「ソルネス!?」」
突然後ろから声がして、俺とルナスは同時に変な声を出してしまった。
「驚かせてしまい、申し訳ございません。」
「どうしたのですか?ソルネス。今日は診療所では?」
ルナスがソルネスに駆け寄る。
「ルナス、ハヤト様の前ですよ。」
「あっ。」
まったくと首を横に軽く振るソルネスは、ちょっぴり呆れ顔だ。
「幸いなことに本日の患者は皆、症状が軽かったのです。ハヤト様がルナスコラにいらしていると耳にし、後は担当の神官達に任せて参りました。」
良かった。皆んな大丈夫なんだ。それはそうと……。
「ルナスとソルネスは、随分仲がいいんだね。」
俺は深い意味なく、見たままを言っただけだったんだけど……。
「ルナスとは幼なじみなのです。」
ソルネスはいつも通りの口調でそう言ったけど、微かに動揺した音を感じ取ってしまった。
「それだけではないでしょう?ソルネス。実は私達は結婚の約束もしていたのですよ。」
「えぇっ!?」
「ルナス。ハヤト様に変なことを申し上げないで下さい。それは子供の時の話です。」
ソルネスがきっぱりと言いきり、ルナスはさっきみたいにイタズラっぽく笑っている。
この時、俺は自分が持つ力がちょっと恨めしくなった。
ソルネスはこれを感じ取る力があるはず。彼は今、どんな気持ちでいるんだろう?
ルナスにとって、ソルネスはずっと特別で大切な人なんだと、こんなにも強い想いがある中で……。
そして、二人の穏やかなやり取りを眺めながら、『大切な人』というその言葉に俺がふと脳裏に描いたのは、エルネス殿下の姿だったんだ。
なんで俺、急に?リョウじゃなくて、エルネス殿下のこと……。そう、今までは、リョウが……。
俺は動揺をソルネスに悟られないようにと、急な胸の早鐘を必死に落ち着かせつつ、孤児院へと向かったのだった。
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