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箱庭③

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「僕はこの魔導書の謎を解明する日々が続いた。それこそ空いている時間の全てをそれに費やしたよ。そして、ある日、ついに謎を解き明かした。それと同時に僕たちが使っている魔法が偽物だってことが分かったんだ」 

「偽物? そういやさっきもそんなこと言っていたな。どういう意味だ? 俺たちはちゃんと魔法を使えているぞ」

 今度はクリップが俺に問いかけた。 

「そうだね。でもその魔法は本来の魔法を封印した別のシンボルを利用したものなんだ。だから第六階位までの魔法しか使えない。でも本当は存在するんだ第六階位以上の魔法は――」 

「そんなことは知っている! ほかの種族の奴等は使っているんだからな」

 俺の言葉を遮ってキャンバスは言った。 

「そう。それなのに第七階位の魔導書を開ける兄さんは第六階位以上の魔法が使えない。おかしいと思わなかったかい? あれだけの魔導書がすべて白紙だったんだよ? だれが何のために有りもしない魔導書を造ったのか。本来あるべき魔法を別の魔法で封印されているんだよ。僕たちの魔法は七つ以上を組み合わせると災禍に見舞われるって書いてあるのに奴らは第六階位以上の魔法を使っている。僕も最初は解釈が違うのかと思った。でもそうじゃなかった。そもそも本来の十二字を封印して別の十二字を使わされていたんだ!」 

 星座のシンボルを利用した十二字は本来の十二字を封印し、第六階位以上の魔法を使えないようにするためのものだった。 

「僕が見つけたボロボロの書物に書かれた詩を解読し、ある言葉を口にした時、この魔導書は光輝きこの姿に変化した。そして新たな十二字が浮かび上がってきた。僕達は何者かに本当の魔法が使えない様にされていたってことだ! 本当の魔法を封印し力を奪っていたんだよ。だからずっと放置されていたんだ! すでに支配されていたんだから!」

 俺は声をさらに荒立てて言った。 

「でも、それなら魔法自体を封印してしまえばいいじゃないか? 何のためにわざわざ違う魔法を用意したんだよ?」 

「僕もそれが疑問だったんだ。でも、もし完全に魔法が使えないならどうする? 魔法が全てのこの世界では魔法なしでは生きていけないよね? 滅びるか生き延びるための新たな力を手に入れるか。そして、もしその力が魔法以上の脅威になるかもしれないのであれば弱い魔法を与えて弱者と思い込ませる方が支配しやすいと考えたんじゃないだろうか?」 

 俺は過去の記憶を思い出していた。電気と機械の文明。生まれ変わる前の地球と同じ技術はこの世界では脅威となるはずだ。 そして恐らく、星座の魔法を造った人物はそれを知っている。

「でもよ。仮に第六階位以上の魔法が存在するとしても、俺達には使えないじゃないか。お前と違って俺は第六階位の魔導書しか開けなかったんだから……」

 クリップは他人事のようにヴェノムウルフの頭を撫でながら言った。随分慣れたようだ。 

「いや、使えるはずだよ。そもそも階位という概念そのものが違うんだ。もちろん使える魔法には個人差はあるけど今まで魔法が使えなかった人たちも多くの人が魔法を使えるようになる。兄さんたちは今より遥かに多くの魔法が使えるようになるよ。まぁ新たな十二字を覚える必要があるけど」 

 俺の言葉を聞いて三人は目を輝かせて俺を見つめてくる。コイツ等が俺に向かって笑みを浮かべるのはちょっと気持ち悪い。 

 俺の言葉に一番反応したのはキャンバスだった。

「ほ、本当か? 俺たちもその魔法が使えるのか!?」

 キャンバスは涙を浮かべながら俺に尋ねる。当然だ。彼は第七階位の魔導書を開きながら白紙の魔導書を突き付けられてきたのだ。最初から希望が無いものより、途中で希望を奪われた者の方が心のダメージは大きい。 

「真の十二字を理解すればね。僕が魔導書に書かれた謎を解いたのは、まだ城にいた時。真の十二字の魔法の封印が解かれたと同時に第七階位の魔導書に多くの魔法を確認した。その後間もなくこの森に飛ばされたのでほとんど覚えられませんでしたが……」

 その言葉を聞いたキャンバスはかつてないほどの喜びの表情を見せた。俺の皮肉にも気づかないほどに。恐らくもう長い間、第七階位の魔導書庫には立ち入ることすらしていないのだろう。

「元々この国にも第七階位の魔導書には魔法は記されていた。だからあれほど多くの第七階位の魔導書があった。ただ、気付くことができなかった。恐らく特定の情報の認識を阻害する魔法の一種でしょう。そして、もう僕たちの封印は解かれた。そのことが偽物の魔法で封印した誰かにバレていたとしたら奴らは恐らくこの国に攻撃を仕掛けてくる」

 三人は息を呑む。言葉が出ないようだ。

「でも、あれから約三年。今のところ襲ってくる気配はない。封印が解けたことはまだバレていないと考えて良い。でも、いつかは気づかれ、僕たちは敵と認識される。その時、僕たちは再び支配されるのか、もしくは戦うのか……。もし戦うとなった時、本当に魔法だけで対抗できるのか。いや、一度は封印されていたんだ。恐らく僕たちは負ける。でも、この子たちを僕たちの国で繁殖させ、飼い慣らせていたとしたら?」 

 その言葉を聞いた三人はヴェノムウルフを見た。

「たしかにこいつ等が大量に生息してる場所になんざ普通は怖くて立ち寄らないだろうが……。でも真の魔法を使える奴らならこいつ等の毒に対抗する魔法を知ってるかもしれないじゃないか――」 

「それは多分心配無いよ。この子たちと一緒に生活しながら色んな魔法を森の生物達で試したけど無効化は出来なかった。というより間に合わなかった。解毒は可能だけど毒が強すぎて解毒魔法の効果が表れるより先に死んでしまうんだ。先に状態異常を無効化する魔法を掛けていてもこの子たちの毒は少し効果を遅らせるだけで防ぐことは出来なかった。この子たちの毒を無効化する方法はたった一つ。この子たちと長く過ごして、唾液で身体に抗体を作ることだけ。この子達に健康で幸せに暮らせる環境を整えてあげて一緒に暮らしていけば史上最強の毒を持つ生物とその毒に耐えられる体の両方を手に入れることができる」

「……」三人は黙って考え込んでいる。 

「どちらにしても封印は解かれてしまった。遅かれ早かれ奴らにバレる。僕はもう支配されるのは御免だ。そうだ。コイツ等がどれだけすごいか見せてあげるよ。こっちに来て」 

 そう言って俺は森のさらに奥へ歩き出した。足元にはヴェノムウルフが纏わりついてくる。後ろを付いてくる三人の周りもヴェノムウルフだらけでそれぞれお気に入りの子を抱きしめている。恐ろしい生物という認識はとっくに薄れてしまったようだ。だが、これから行く先でアレを見た後でも同じように可愛い生物という認識でいられるだろうか? 

「ねぇ。イレイザー。さっきの話の続きなんだけど、私たちが第六階位以上の魔法を使えるっていうのは本当なの? 何を根拠にそんなこと言ってるの?」

 イーゼルは訊ねた。当然の疑問だろう。生まれついての魔力は変わらない。それが当たり前なのだ。実際、俺自身も魔力レベルは変わっていない。でも、今はそれを話す時間はない。 

「それについては城に戻ってから話すよ。その前にこの子たちの事を話ししないと」 

「う、うん。わかった」イーゼルは渋々納得した。 

「さっきも言った通りこの子たちの毒性は精神状態に左右される。楽しかったり、嬉しかったりするとほぼ毒性はなくなる。それと同時にこの子たちはその匂いも変化させる」 

「匂い?」そう言ってイーゼルは抱きかかえているヴェノムウルフの匂いを嗅いだ。

「なんだか、すごく香りがするわ。なんだか気持ちが安らぐいい匂い」 

「そうでしょ? でもね。この子たちは毒性が強い時はすごく臭いんだ。鼻がもげそうな、思わず逃げ出したくなるような異臭を放つんだよ。この匂いを嗅いではいけないって、本能が逃げろと騒ぎ出す。この子たちが命の危険を感じる程の状態だと僕たち人間の嗅覚ならその匂いを感じた瞬間に気を失う。野生の動物ならその匂いを感じた瞬間、身の危険を感じてその場から出来る限り遠ざかろうとする」 

 僕は腰を落とし隣をずっと黙って歩いているナイフの頭を撫でてやる。 

「この子たちは本来肉食だ。でも、自分たちが追い詰められるほど匂いは強烈になり、餌となる動物たちはさらに遠ざかる。仲間たちですらその匂いを嗅ぐと離れていく。ここは危険だっていう合図でもあるからね。そうしてこの子たちは孤独になっていった」 

 頭を撫でられたナイフは嬉しそうにしっぽを振って俺に抱き付いてくる。 

「僕がこの子にエサをあげてこの子の心が満たされた時、この子の匂いは変化した。気が付くとその匂いに呼び寄せられるように森に動物たちは戻ってきた。それだけじゃない。心が満たされたこの子が放つ匂いは仲間たちを呼び寄せた。仲間がいい匂いを放つ時は満たされている時。食べ物があり天敵が少ないはずだからね。戻ってきたヴェノムウルフ達は森に戻った動物たちを食べ満たされた」 

 俺は立ち上がり再び森の奥に向かって歩き出した。 

「この子たちは毒性こそ強いけど戦う力は弱い。心が満たされている時に毒を出すのは犬歯の先の穴からだけ。追い詰められたら毒を放つけど、その毒は餌となる他の動物を遠ざける。ジレンマだよね。だから僕はこの子たちが安心して過ごせるようにここにファームを造ったんだ」 

「ファーム? さっき言ってた?」 

「そう。それの試作ってところかな。まずはあそこ」 

 そう言って少し先に見える柵を指で指した。そこには水の堀に囲まれたテニスコートくらいの広い場所にヌートリアくらいの大きなネズミのような生き物が無数に生息していた。 

「名前はわからないからネズミって呼んでる。とにかく繁殖力が強くて直ぐに何倍にも増えるんだ」 

 ネズミの飼育場の横を通り過ぎながら説明をした。見た目は可愛らしいがあの鋭い歯には毒があって噛まれると激痛と神経毒で身体が動かせなくなる。奴ら好物はあの堀とネズミが生活している広場のをぐるりと取り囲むように一段低くなっている所に生えている花の種だ。見た目は向日葵を濃い紫に染めたような花だが、向日葵とは反対に太陽を避ける。水に映る太陽もダメなようで、昼間は全部堀に背を向ける様に首を垂れている。逆に夜に月が出るとそれを追うように頭を向ける。言うなれば向月葵だ。ちなみにあの花の茎は猛毒だ。 

「繁殖しすぎると食料が足りなくなる。そうするとこいつ等は共食いを始める。自分の子供を平気で食べる姿は吐き気がするよ。だから出来るだけ木の実を拾ってきて投げ入れるようにしている。あと虫も好きだね。次に作る時は真ん中に木を植えて自然と木の実が落ちる様に、そしてその木に虫を繁殖させようと考えてるんだ」 

「そんな。子供を食べるなんて……。私も木の実拾い手伝うわ。虫はちょっと……」 

 イーゼルは既にファーム興味津々で、もう自分がその生活にどう係わるかを考えている。そのネズミを取り囲む堀に水を注いでいる川を上っていくと今度は大きな檻に囲まれた場所に着いた。そこにはワニのように大きな口の恐竜のような生き物が生息している。二メートル以上あるだろうか? 

「あれはワニ。ホントの名前は知らないけど。普段は大人しいけど相当凶暴で強い。ワニの飼育場は上流へは行けないようにしてあるけど下流へは自由に行き来できるからネズミを食べに行くんだ。水を飲みに水辺に行ったり、逃げ出して堀を泳いでいるネズミを一飲みだよ。丸飲みしてお腹が満たされたら飼育場に戻って消化し終わるまでジッとしているんだ」 

 ワニたちも繁殖力は高くて割と直ぐ増える。毒にも耐性があってネズミ程度の毒ならほとんど効かない。皮膚も異常に固くて鋭いから基本的には天敵が存在しない。ヴェノムウルフの歯も通らないが、唯一後ろ足の付け根のあたりだけは皮膚が比較的柔らかく、この子達の小さな牙でも通るので食後の大人しい時にそこから毒を送り込む。ワニは背中は鉄壁だが、腹側は柔らかい。ヴェノムウルフの好物だからみんなで力を合わせて裏返しにして食べる。 

「なんだか怖そうね。あまり近づきたくないわ」 

 イーゼルはワニには興味を示さないのでそのままさらに上流に向かう。この上流には柵があるのでワニたちは上がって来られない。そしてその川の中には見たことがない赤や白の美しい花が無数に咲いていた。そしてその花の蜜を吸いに無数の蝶が羽ばたいていた。 

「綺麗でしょ? あの花は栄養が豊富で綺麗な水の中でしか咲かないんだ。あの花の葉を食べに豚のような動物が時々来るんだけど、興奮すると背中からとげを出すからフグって名付けたよ。フグがこの子たちの一番の好物なんだ。滅多に現れないけど大きな体だから一頭仕留めると暫く食料に困らないよ。ただ、このフグは、焼くと香ばしい匂いがして、この子達が『マテ!』の命令を聞かなくなるくらい興奮するから注意が必要だけどね」 

「きれい……」イーゼルはウットリとしている。どうやら相当この花が気に入ったようだ。花の周りには綺麗な模様の蝶が無数に飛んでいる。立ち止まり暫くその風景を眺めていた。 
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