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第8話 歌って踊って巻き込んじゃえ!
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結論から言うと、取引はご破算となった。
原因は私にある。
私が何か悪いことを働いたとか、見た目が異国人すぎるとかそんな事じゃない。
ちっちゃかったのだ。ドレスが。
丈や胴回りは何とかなる。でも腕回りも、となると相当な仕立て直しが必要になる。
というわけで物々交換はダメになった。物々交換は。
代わりに数日間労働力を提供するという条件で、食料を安くで分けてもらえる事になった。
ついでに私の足を多少休ませることもできて一挙両得というわけだ。
早く逃げなくていいのかと聞いたら、一応あの王子さまの居る敵軍、帝国の領土じゃないからまだ大丈夫だろうという話だった。
中世の戦争って意外と遅いんだよね。早い進軍で一日八キロとからしいし。まあ、本気だと一日五十キロとかもあったらしいけど。秀吉とか。
それを鑑みれば、私達は結構引き離したんじゃないかと思う。
ところでこういった知識はこう……人に知られたくない嗜みがあれば、間接的に知ってしまうものなのだ。歴史的な知識にも通じてるからね、うん。
歴史面白いよね。寵童へのラブレターとかね。日本史サイコー!
そんなわけで私は村長の奥さんから婚礼の時に歌う歌を教えてもらいつつ、針仕事に精を出していた。グラジオスは男衆に交じって野良仕事である。あまり慣れていないみたいで結構苦労しているみたいだ。
やっぱり貴族のお坊ちゃまなのかな。
「祈~りを~……なんでしたっけ?」
「祈りを捧げます。豊穣の神に、よ」
「そうでした」
なんて会話をしつつ、私はそこそこに楽しく過ごしていた。村の人たちも結構いい人たちだったし。
でも気になる事が一つ。グラジオスだ。
「ねえ、聞いてもいい?」
私達二人に貸し与えられた納屋の中、LEDライトの光に照らし出されたグラジオスへ問いかけた。
「答えられないものもある」
グラジオスの反応は鈍く、私の聞きたいことに心当たりがあるのか、触れてほしくなさそうだった。
でも聞くからね。
「なんで歌わなくなったの?」
「…………」
あれほど私の前では歌っていたグラジオスが、村人の前では歌の『う』の字も出さないのだ。
不思議に思わない方が異常だろう。
「俺の勝手だ」
「勝手? なら歌うでしょ」
「なんでそうなる……」
「似た者同士だから」
私のまっすぐな答えに、グラジオスは黙り込んでしまった。
でも私は分かっている。グラジオスからは私と同じ、歌が大好きで大好きで仕方がない、歌馬鹿の臭いがプンプンするのだ。
今のグラジオスは絶対我慢している。
歌は、音楽は衝動だ。
自分の中にあるどうしようもない何かを、形を与えて外に出したものなのだ。我慢していればいつかは爆発してしまう事が目に見えている。
一緒の時を過ごしたのはまだたった五日間しかないけれど、それぐらいのことは分かるようになっていた。
「歌えばいいじゃない」
「俺は別に歌なんか好きじゃない。俺の事を知りもしないくせに」
「知ってる。グラジオスと何曲歌ったと思ってるの」
私の、歌の中に生きた人生はイコールグラジオスと歌った時間だ。多分、グラジオスも同じだと思う。初めて一緒に歌って、とても満足そうに笑った。
きっとあの時、私達は生まれたんだ。
だから私はグラジオスに伝える事が……。
「だから知らないんだ!」
グラジオスは大声で怒鳴ると、プイッと私に背を向け、寝床にする藁を抱えて物置の隅っこに行ってしまった。
「確かに私はグラジオスの事あまり知らないよ」
歌が好きで、ひねくれ者で、いじわるで、私の事子どもとしか見てないけど。でも色々気にかけてくれる紳士だ。
……あっ、ちょっと腹が立ってきた。
私が知っているのは、今まで見て来た素のグラジオスの事だけだ。
私はグラジオス本人の事は知ってるけど、そうじゃない部分は知らない。
「――でもここで歌えない理由はないでしょ」
この村は、グラジオスの事を知らない。吟遊詩人とその護衛ぐらいにしか思ってない。
グラジオスが気にする何かは、ここにはないんだよ。
何かの影に怯えて歌を歌わなくなるなんて……駄目だよ。
本当に、もどかしかった。私の知る言葉じゃ私の中にある想いを伝えきれなかった。
ううん。例え言葉として話すことが出来ても、多分伝わらない。
「グラジオス!」
いくら私が呼んでも、彼の背中は私を拒絶していた。
私はこの場での説得を諦め、別の話題を口にする。
「……寒くなるから布、掛けたら?」
「お前が使え」
答えるんかいっ。なんかこう、律儀なんだかひねくれ者なんだかよく分からないな。
「風邪ひかないでね」
私は形式的な言葉を投げかけた後、ラジオをランドセルに仕舞って眠りについた。
約束の期日働いたとのことで、食料を分けてもらえることになった。
何人かの村人たちの手によって、村の倉庫から食料が引き出されていく。私達に渡すついでに痛んだものが無いか、どのくらい余っているかをチェックするらしい。
やはりこういう事に興味が湧くのか、それとも何かしらおこぼれにあずかれると踏んだのか、村の子どもや関係のない人たちまで見物に来ていた。
さっそく村長さんとグラジオスが交渉を始めたのだが、その隣で痛んでしまった食料や、かなり危なそうな食べ物が分別されていった。
これらは早々に処分される。つまり、食べてしまうのだ。
本当は冬至の祭りとして一年の締めに行うのが普通なのだが。今やってもまあ問題はないと思う。
村人たちもそう考えたのか、まだ日も高いと言うのに家から酒を持ってくるわ、甘味のためにお茶を沸かして振舞い出す者も居た。その場はちょっとしたお祭りのような雰囲気になりつつあった。
そんな風に場が盛り上がってきたら、私のやる事は決まっている。
「はいはいはいはいはいっ!! 歌います歌いますっ!! 私たち色んな曲を歌えますっ!!」
手をあげて、私は力いっぱい主張した。
ついでにグラジオスの首根っこを捕まえながら。
「おい、俺は交渉が……」
「はい、リュート。弾けるって言ってたよね」
私は問答無用で村の倉庫に置かれていたリュートをグラジオスの手に押し付けた。
「いや、俺は……」
グラジオスは未だグチグチ何事か言っていたが、
「ほう、本職の方の腕前を見てみたいものですな」
なんてことを、その交渉相手である村長さんが口にしてしまったらもう逃げ場は無かった。
周りからも好奇の目を向けられ、到底断れる雰囲気ではない。
「いくよー!」
私の無責任な掛け声のせいか、グラジオスの口からどでかいため息が吐き出された。だがその態度にも関わらず、次に彼の口から飛び出た言葉はひねくれ者のグラジオスらしかった。
「……期待するな」
その言葉に、場が一気に盛り上がる。
いつの間にか村人の一人が木箱を並べて簡易舞台を作り上げていた。
私はグラジオスの背中を押して、舞台へ向かう。
「楽しいの行きたいから……グラジオス覚えてる?」
「何をだ」
私はグラジオスの耳元で特徴的なリズムと歌をつぶやいた。
「……それか、まあ、行けなくもないだろう」
「じゃあ、お願いね~!」
私はグラジオスに伴奏を丸投げして、村人の輪の中に飛び込んだ。
「いつでも行っちゃって~!」
私の合図に、グラジオスがリュートをかき鳴らし始める。
和風で在りながら、異常にテンポの速い、ノリのいい音楽が始まった。
タイトルは――回レ!雪月花――
このアニソンの良いところはファンによる簡単な振り付けが存在し、誰でも簡単に踊れるところだ。
踊り方は簡単。サビに合わせてとにかく回るだけ。
私は大声で歌いながら人の波をかき分け、子ども達の手を取ってクルクルと踊り狂った。
慣れない異国の言葉であるのにも関わらず、人々は音の波に飲まれていく。
一曲終わればまた別の曲を。私が歌えばそれにグラジオスが即興で伴奏を付ける。私達は人の中で共に歌い、舞い踊った。
曲と曲の間に、一瞬私はグラジオスへと視線を送る。
――歌って最高でしょって。
それに対してグラジオスは視線を逸らし、それでも笑ったのだった。
原因は私にある。
私が何か悪いことを働いたとか、見た目が異国人すぎるとかそんな事じゃない。
ちっちゃかったのだ。ドレスが。
丈や胴回りは何とかなる。でも腕回りも、となると相当な仕立て直しが必要になる。
というわけで物々交換はダメになった。物々交換は。
代わりに数日間労働力を提供するという条件で、食料を安くで分けてもらえる事になった。
ついでに私の足を多少休ませることもできて一挙両得というわけだ。
早く逃げなくていいのかと聞いたら、一応あの王子さまの居る敵軍、帝国の領土じゃないからまだ大丈夫だろうという話だった。
中世の戦争って意外と遅いんだよね。早い進軍で一日八キロとからしいし。まあ、本気だと一日五十キロとかもあったらしいけど。秀吉とか。
それを鑑みれば、私達は結構引き離したんじゃないかと思う。
ところでこういった知識はこう……人に知られたくない嗜みがあれば、間接的に知ってしまうものなのだ。歴史的な知識にも通じてるからね、うん。
歴史面白いよね。寵童へのラブレターとかね。日本史サイコー!
そんなわけで私は村長の奥さんから婚礼の時に歌う歌を教えてもらいつつ、針仕事に精を出していた。グラジオスは男衆に交じって野良仕事である。あまり慣れていないみたいで結構苦労しているみたいだ。
やっぱり貴族のお坊ちゃまなのかな。
「祈~りを~……なんでしたっけ?」
「祈りを捧げます。豊穣の神に、よ」
「そうでした」
なんて会話をしつつ、私はそこそこに楽しく過ごしていた。村の人たちも結構いい人たちだったし。
でも気になる事が一つ。グラジオスだ。
「ねえ、聞いてもいい?」
私達二人に貸し与えられた納屋の中、LEDライトの光に照らし出されたグラジオスへ問いかけた。
「答えられないものもある」
グラジオスの反応は鈍く、私の聞きたいことに心当たりがあるのか、触れてほしくなさそうだった。
でも聞くからね。
「なんで歌わなくなったの?」
「…………」
あれほど私の前では歌っていたグラジオスが、村人の前では歌の『う』の字も出さないのだ。
不思議に思わない方が異常だろう。
「俺の勝手だ」
「勝手? なら歌うでしょ」
「なんでそうなる……」
「似た者同士だから」
私のまっすぐな答えに、グラジオスは黙り込んでしまった。
でも私は分かっている。グラジオスからは私と同じ、歌が大好きで大好きで仕方がない、歌馬鹿の臭いがプンプンするのだ。
今のグラジオスは絶対我慢している。
歌は、音楽は衝動だ。
自分の中にあるどうしようもない何かを、形を与えて外に出したものなのだ。我慢していればいつかは爆発してしまう事が目に見えている。
一緒の時を過ごしたのはまだたった五日間しかないけれど、それぐらいのことは分かるようになっていた。
「歌えばいいじゃない」
「俺は別に歌なんか好きじゃない。俺の事を知りもしないくせに」
「知ってる。グラジオスと何曲歌ったと思ってるの」
私の、歌の中に生きた人生はイコールグラジオスと歌った時間だ。多分、グラジオスも同じだと思う。初めて一緒に歌って、とても満足そうに笑った。
きっとあの時、私達は生まれたんだ。
だから私はグラジオスに伝える事が……。
「だから知らないんだ!」
グラジオスは大声で怒鳴ると、プイッと私に背を向け、寝床にする藁を抱えて物置の隅っこに行ってしまった。
「確かに私はグラジオスの事あまり知らないよ」
歌が好きで、ひねくれ者で、いじわるで、私の事子どもとしか見てないけど。でも色々気にかけてくれる紳士だ。
……あっ、ちょっと腹が立ってきた。
私が知っているのは、今まで見て来た素のグラジオスの事だけだ。
私はグラジオス本人の事は知ってるけど、そうじゃない部分は知らない。
「――でもここで歌えない理由はないでしょ」
この村は、グラジオスの事を知らない。吟遊詩人とその護衛ぐらいにしか思ってない。
グラジオスが気にする何かは、ここにはないんだよ。
何かの影に怯えて歌を歌わなくなるなんて……駄目だよ。
本当に、もどかしかった。私の知る言葉じゃ私の中にある想いを伝えきれなかった。
ううん。例え言葉として話すことが出来ても、多分伝わらない。
「グラジオス!」
いくら私が呼んでも、彼の背中は私を拒絶していた。
私はこの場での説得を諦め、別の話題を口にする。
「……寒くなるから布、掛けたら?」
「お前が使え」
答えるんかいっ。なんかこう、律儀なんだかひねくれ者なんだかよく分からないな。
「風邪ひかないでね」
私は形式的な言葉を投げかけた後、ラジオをランドセルに仕舞って眠りについた。
約束の期日働いたとのことで、食料を分けてもらえることになった。
何人かの村人たちの手によって、村の倉庫から食料が引き出されていく。私達に渡すついでに痛んだものが無いか、どのくらい余っているかをチェックするらしい。
やはりこういう事に興味が湧くのか、それとも何かしらおこぼれにあずかれると踏んだのか、村の子どもや関係のない人たちまで見物に来ていた。
さっそく村長さんとグラジオスが交渉を始めたのだが、その隣で痛んでしまった食料や、かなり危なそうな食べ物が分別されていった。
これらは早々に処分される。つまり、食べてしまうのだ。
本当は冬至の祭りとして一年の締めに行うのが普通なのだが。今やってもまあ問題はないと思う。
村人たちもそう考えたのか、まだ日も高いと言うのに家から酒を持ってくるわ、甘味のためにお茶を沸かして振舞い出す者も居た。その場はちょっとしたお祭りのような雰囲気になりつつあった。
そんな風に場が盛り上がってきたら、私のやる事は決まっている。
「はいはいはいはいはいっ!! 歌います歌いますっ!! 私たち色んな曲を歌えますっ!!」
手をあげて、私は力いっぱい主張した。
ついでにグラジオスの首根っこを捕まえながら。
「おい、俺は交渉が……」
「はい、リュート。弾けるって言ってたよね」
私は問答無用で村の倉庫に置かれていたリュートをグラジオスの手に押し付けた。
「いや、俺は……」
グラジオスは未だグチグチ何事か言っていたが、
「ほう、本職の方の腕前を見てみたいものですな」
なんてことを、その交渉相手である村長さんが口にしてしまったらもう逃げ場は無かった。
周りからも好奇の目を向けられ、到底断れる雰囲気ではない。
「いくよー!」
私の無責任な掛け声のせいか、グラジオスの口からどでかいため息が吐き出された。だがその態度にも関わらず、次に彼の口から飛び出た言葉はひねくれ者のグラジオスらしかった。
「……期待するな」
その言葉に、場が一気に盛り上がる。
いつの間にか村人の一人が木箱を並べて簡易舞台を作り上げていた。
私はグラジオスの背中を押して、舞台へ向かう。
「楽しいの行きたいから……グラジオス覚えてる?」
「何をだ」
私はグラジオスの耳元で特徴的なリズムと歌をつぶやいた。
「……それか、まあ、行けなくもないだろう」
「じゃあ、お願いね~!」
私はグラジオスに伴奏を丸投げして、村人の輪の中に飛び込んだ。
「いつでも行っちゃって~!」
私の合図に、グラジオスがリュートをかき鳴らし始める。
和風で在りながら、異常にテンポの速い、ノリのいい音楽が始まった。
タイトルは――回レ!雪月花――
このアニソンの良いところはファンによる簡単な振り付けが存在し、誰でも簡単に踊れるところだ。
踊り方は簡単。サビに合わせてとにかく回るだけ。
私は大声で歌いながら人の波をかき分け、子ども達の手を取ってクルクルと踊り狂った。
慣れない異国の言葉であるのにも関わらず、人々は音の波に飲まれていく。
一曲終わればまた別の曲を。私が歌えばそれにグラジオスが即興で伴奏を付ける。私達は人の中で共に歌い、舞い踊った。
曲と曲の間に、一瞬私はグラジオスへと視線を送る。
――歌って最高でしょって。
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