『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
23 / 140

第23話 新しい仲間、ゲットだぜ!

しおりを挟む
 声が潰れてしまいかねないほど歌い疲れた私達は、苦笑するモンターギュ侯爵のご厚意で、次の日丸々一日を休養に当てる事が出来たのだった。

 なお、私達が叫びまくった日を契機に、兵士たちが中庭でシャウトしまくってモンターギュ侯爵が頭を痛めるのは別の話である。

 そんなこんなで私たちは出立の日を迎えた。

「何から何までありがとうございます、モンターギュ侯爵」

「いえ、これも家臣としての務めでありますれば。礼など不要にございます」

 幌馬車には私達に必要な水や食料といった物だけでなく、グラジオスの叔父、ジュリアス・ザルバトル公爵へのお土産も積みこまれている。

 こういった細かい気配りが出来るからこそ、長年この難しい土地を破綻させずに治め続けていられるのだろう。

「モンターギュ卿の心遣い、誠に感謝する」

「はっ、ありがたき幸せ」

「では、失礼する」

 そう言ってグラジオスは幌馬車に乗ろうと足を上げたのだが……。

「失礼ながら殿下。一つだけこの老骨めの願いを聞いてくださいませんでしょうか。……それからイイノヤ様も」

「ぬ。別に構わんが」

 なんだろう? と、私とグラジオスは顔を見合わせる。 

 モンターギュ侯爵の普段よりずっと低い頭の位置で、よほどの頼みでないかと少し警戒心が高まっていった。

「……その、ですな。先日、お二方と共に演奏させていただいた兵士の事は覚えておられますでしょうか?」

「……はい」

 結局あの後私達は精も根も尽き果てていたため、かなりおざなりな挨拶を交わして別れてしまった。だから存在だけは覚えていたが、名前などは知らないままだ。

 是非もう一度会ってきちんとお礼を言いたいと思っていたのだが……。

「その内の一人、やや話し方が無礼な方なのですが……」

 ああ、あの何々っすとか言ってた方かな。なんだかノリ良さそうな人だったよね。

 ……ついでに巨乳好きみたいだし。

 めらっと私の背中から陽炎が湧き立ち、隣に居たグラジオスが怯えた様子で一歩私から離れてしまう。

 そんな私の気配に気づかないほど、モンターギュ侯爵は困り果てている様で、しきりに額を拭いながら話を続ける。

「その者がですな、どうしても同行したいと聞かないものでして……。なんなら脱走して着いて行くと……」

「はぁ……」

 普通ならばそんな事許される事ではない。敵前逃亡は処刑されるのが世の常である。

 とはいえ、やる気のある者が任務に志願して断るほどモンターギュ侯爵は器量でもないはずだ。

 ならばいったい何に困っているのだろう。

「グラジオス、どうするの?」

「護衛が一人増えるくらい、私は別に構わないが……」

 音楽の出来る人は基本的にいくらでもウェルカムだし、グラジオスも多分そうだ。

 エマは……わかんないけど、ノーとは言わないはず。

「そ、そうですか。では今すぐその者を呼んで参りますので……」

「その必要はないっす!」

 大声のした方へ振り返ってみれば、そこには太鼓とシンバル、それから生活用品や着替えが入っていると思しき巨大な袋を抱えた兵士が立っていた。

 見た目は一言でいえばチンピラの鉄砲玉。目は細く顎は尖っており、あまり手入れをしていない短髪はそこかしこがピンピン跳ねている。

 ついでにややどぎつい金髪なため、染めているようにも見えた。

 ……なんで楽器持ってるの? と突っ込んではいけなさそうな雰囲気である。

「姉御! 自分は姉御に一生着いていく事にしたっす! お願いします、何でもしますから自分を舎弟にしてやってくださいっす!」

 ん? 今何でもするって言ったよね?

 ……なんて冗談はさておいて、何? 舎弟? どゆこと?

 訳が分からず、私の周囲にははてなマークがいっぱい飛び回っていた。

「自分、昨日姉御の歌を聴いて痺れまくったっす。もうこれしかないって思ったっす」

「……つまりあの音楽を習いたいと?」

「出来る事ならお傍で演奏したいっす!」

 兵士はそう言うと、腰を九十度どころか百二十度くらい折って、深々と頭を下げた。

「ま、まあ私は別に構わないけど……」

 ドラマーは欲しかったところだし。

 その言葉を聞いた瞬間、兵士は顔を上げ、もの凄く晴れやかな笑顔を浮かべた。

 それに反比例するように、モンターギュ侯爵の顔は引きつっていく。

「殿下はいかがっすか!?」

「……ま、まあ雲母がいいのなら……」

「ありがとうございますっす!」

 グラジオスの了承が得られた途端、何故かモンターギュ侯爵は天を仰ぎ、額をぴしゃっと叩いてしまった。

 ……大丈夫? え、この人に何があるの?

 困惑する私達を置いて、兵士は跪いて臣下の礼を、何故か私メインに取る。

「自分は、ハイネ・モンターギュと言うっすが、姉御はお好きに呼んでくださいっす!」

「えっと、ハイネさんね…………って」

「ハイネと呼び捨ててくださいっす姉御」

 今この兵士は何と名乗った!?

 ――もしかして――。

「は、ハイネとやら。も、もしかして貴公……いや、卿は……」

 グラジオスもその事に気付いて玉の様な汗を額に浮かべている。

 もしかしてもしかすると、私達はとんでもない事を引き受けてしまったのかもしれなかった。

「はっ、自分はそこに居るモンターギュ侯爵の孫に当たるっす!」

 今度は私達が天を仰ぐ番だった。

 もう、もうね……。何よこれ……。

「は、ハイネ卿。卿は確か一人しか居ない後継ぎだったはずだが……」

「はいっす! でも人生苦労して下の者たちの事も理解しろって言われたっす。だから問題ないっす」

 侯爵家のたった一人しかいない後継ぎが出奔状態になるって、どう見ても問題ありありでしょ。モンターギュ侯爵の態度見てみなさいよ!

「い、いや、なんだ。もっとよく考えてだな……」

 グラジオスが言える立場じゃないっていうかおまいう何だけど私も賛成だ。さすがに無茶が過ぎる。

「考えたっす。考えて舎弟になったっす」

「……も、モンターギュ卿」

 グラジオスが助けを求める様にモンターギュ侯爵の方を見るが、モンターギュ侯爵は威厳もへったくれもあったものではないほど悲惨な表情で、ゆっくりと首を横に振った。

「きちんと説得済みっす」

 そういうところは似たのね……。

 他は欠片も似てないって言うのに。

「一応、危険地帯に行くってことは……」

「覚悟の上っす。というかこう見えて実戦も経験済みっす」

 どうやら止められる様な覚悟ではなさそうだった。

 こうなればいびっていびって叩き出すとか……しても無理そうだなぁ……。

 しょうがない。一度受け入れたんだし、ドラマーも欲しかったし。

「……練習は厳しいけどできる?」

「覚悟の上っす!」

 私にドラムの知識はほぼ皆無だ。ほとんど手探りになるだろう。それでも先駆者として切り開いていくだけの覚悟が、ハイネの瞳にはあった。

「なら、私から言う事は無し」

 グラジオスに目を向けると、無言で首を振る。同じく無いということだろう。

 むしろ気持ち的には賛成したい立場かもしれない。

「モンターギュ侯爵……」

「お願いいたします」

 モンターギュ侯爵は、真剣な顔で私に頭を下げる。

「お預かりいたします」

 私もそれに応じてしっかりと頭を下げ返したのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。  文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。  そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。  もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。 「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」  ......って言われましても、ねぇ?  レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。  お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。  気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!  しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?  恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!? ※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...