『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
26 / 140

第26話 キラッ☆アイドル始めましたっ☆

しおりを挟む
「いっくよぉ!!」

 私の掛け声に合わせてハイネがドルルルとスネアドラムを打ち鳴らす。

 その音に釣られて様子見していた兵士たちが、わらわらと集まって来た。

 私は誘導係の兵士に向けて合図を送る。すると誘導係の兵士がロープを引っ張って観客席を解放した。

「みなさ~ん。順番に入ってくださぁ~い」

 舞台上から私が単純なルール(私が何度か参加したコミマを参考にした)を解説し、兵士たちがそれに倣って列を作っていく。

 きっちりまっすぐ並ぶ当たり、さすがは訓練された軍人さんたちだ。

 とはいえ予定していた六十人分の観客席を半分埋めるか否か程度の人数で、少し残念に思う。

 その分かぶりつきで見て貰えばいいか。

「今日は皆さんに、私達の歌と踊りを楽しんでいってもらおうと思っていま~す」

 ダンスと歌の組み合わせの歴史は、実はかなり浅い。

 歌いながら踊るというスタイルが確立したのは、エルヴィス・プレスリーが最初と言われている。それまでは歌と踊りが別々だったのだ。

 このスタイルが確立した事で、ライブはぐっと派手になった。

 プレスリーが腰を振ればファンが失神するなんて逸話があるほどに。

 ……エマが胸を揺らすたびに男が一人出血死するんじゃなかろうか。ケッ。

 ……話を戻すと、この世界では歌と踊りを一緒にするなんてスタイルは確立されていない。つまり、私達がプレスリーになれるわけだ。

 大丈夫、絶対に成功させる。私はそう胸に誓った後グラジオス、ハイネの順に視線を送った。

 グラジオスたちは軽く頷くと、自分の獲物を構えて見せる。

 エマも私の後方で構えを取って頷く。

 全員の準備は整っていた。後は始めるだけ。

 ……これが、私の、私達の、初めてのライブだ。

「みんな~っ! 手拍子お願い~っ!」

 ちょっと作ったぶりっ娘声でお願いすると同時に演奏が始まり、観客たちの期待は高まっていく。

 私達のショー、最初の曲目はアニソン、ではなく歌って踊れるボカロ曲だ。

――君色に染まる――

 ライトで明るく素敵な恋の歌が始まり、私とエマは、コケティッシュかつハートフルなダンスを始める。

 この曲を選んだ理由はそれだけではない。分かりやすく手拍子を入れられる、つまり観客も演奏に参加できるのだ。

 それによる一体感は、とてつもない波と熱を生み出していく。

 観客席は一応ロープで区切られているのだが、熱狂した観客によって歪められ、もう杭が抜けかけていた。

 くるりと回る私達に合わせてふわりとスカートが舞えば、大きなどよめきが。ぴょんっと飛んでたゆんっと揺れれば大きな歓声が上がる。

 ……揺れたのっ! 私も揺れたの!! 絶対揺れたから!!!

 なんて心で叫びつつ、笑顔で観客を魅了していく。

 たった三分間の短いダンスで、私達は彼らの心を虜にしていた。

 歌とダンスが終わった瞬間、割れんばかりの拍手と口笛、アンコールの声が沸き起こる。

 私はそれに応えたかったが、肺が異常なまでに酸素を欲しており、呼吸以外の行為は難しかった。

 かろうじてといった感じでエマと共に手をあげると、更なる歓声が応えてくれる。

「どう?」

 息も切れ切れになりながら、隣のエマに囁く。

「すごい……です……」

 返って来たのは目が潰れそうなくらいに眩しい笑顔だった。

 振り返ってみれば、グラジオスもハイネも同じような笑顔を浮かべている。そして、それは観客のみんなも。

「みんな~っ! 楽しんでくれた~!?」

 もう答えは分かっている。観客たちの笑顔がその証拠だ。

 私達の歌とダンスは、この世界に風穴を開ける事が出来たのだった。

「じゃあちょっとここで人の入れ替えをしたいと思いま~す」

 ここで歌を聴ける人数は限られている。

 そのため、入れ替えなければ沢山の人に笑顔になってもらえないのだ。だからお願いしたのだが……。

 観客は不満たらたらだった。

「ごめんね~。みんなに見てもらいたいの~」

「お、お願いしますっ」

 女の子二人にお願いされてはさすがに兵士たちも納得する他ないのか、相当に後ろ髪を惹かれながら次の観客に場所を譲ってくれた。

 今度は大体六十人満員である。しかも最初からかぶりついているため、触発された私達もやる気がもりもり湧き上がって来た。

「次っ、行くよっ」

――夜もすがら君想ふ――

 これは先ほどの曲と同じく明るい感じのする曲で、選んだ理由も同じだ。

 本当ならば同じ曲を演奏してもいいんだけれど……そんなのつまらないじゃない。

 例え人が違っても違う歌と踊りで新しい刺激と興奮をあげたいのだ。

 曲が始まった途端、先ほどの歌を聴いて散ろうとしていた兵士さん達の足が止まる。そして申し合わせたように全員が反転して戻ってきてしまった。

 歓声が上がり、いや、膨れ上がり、それが人を呼んで更に更に更に。

 熱は際限なく生み出され、狂乱は留まる事を知らないくらいに広がっていく。

 新たに追加された四分間。その時間はきっと夢に満ちた喜びだけの世界だった。

 歌が終わっても、なお手拍子は止むことなく続いている。

 もう一回、もう一回と観客からせがまれれば私達も応えたいところだが、次に待っている観客の顔を見ればそうもいかなかった。

「は~い、皆さん! 順番ですよぉ!」

 私は息を整えながら誘導をかける。ふと、周囲の人ごみの中に知った顔を見つけた。

 誰あろう、ザルバトル公爵である。

 大方、騒がしいので様子を見に来たら、場の空気に飲まれてしまったといった所か。

 内心、大いに溜飲の下がった私は……次への布石を打つことにした。

 どや顔してても何にもならない。次に、他の場所で、更に多くの人たちの前で歌えた方がよっぽど楽しいからだ。

「みんな~ちょっと聞いて!」

 その場に居る騒ぎが治まるまで少し待つ。

 そして私の声が通ると判断してから私は言葉を継いでいく。

「今日の、この催しを許可して下さったのは、ザルバトル公爵です! 皆さん、ザルバトル公爵に……」

 私は声と共に手を伸ばして丸い体のザルバトル公爵を指し示した。

 人の波が二つに割れ、ザルバトル公爵だけが取り残される。公爵は、え? え? といった感じで周囲を見回していた。

「感謝の拍手をお願いしますっ!」

 一瞬の後、盛大な拍手がザルバトル公爵へと送られる。きっと悪い気はしないはずだ。

 まあ、小さく「ホントかよ」とか「あの公爵が?」とか言われたりしているが……。

 これで気を良くしたのなら、間違いなく次の公演も受け入れてくれるだろう。

 ……あ~、調子に乗ってるや。

 堂々と手を振り上げて全身に喝采を浴びてる……。分かりやすい人。

「じゃあ~……次、いっくよぉ!!」

 それから私達は曲を変えダンスを変え、大勢の観衆を前に全ての衝動を最後の一滴まで振り絞って歌い、踊り続けたのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。  文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。  そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。  もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。 「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」  ......って言われましても、ねぇ?  レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。  お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。  気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!  しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?  恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!? ※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...