『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第25話 アイドルだって楽じゃない

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「そうそう。テントの布を使って覆うようにして!」

 私は護衛の兵士たちに手伝ってもらい、舞台を整えつつあった。

 やはり外となると声はかなり拡散してしまう。何もなければ数十メートルでまともに聞こえなくなってしまうだろう。

 その為にも色々と策を整える必要があり、その内の一つが舞台であった。

 背後に壁があるのと無いのでは、やはりかなり響き方が違う。

「あ、姉御。自分もやっぱり手伝うっすが……」

 一人ICレコーダーで曲を聞き続ける事に罪悪感でも湧いたのだろう。ハイネが恐る恐ると言った様子で私に進言してくる。

「アンタがやるべきなのは、曲を何度も聞いて完璧に演奏できるようにすることっ! それ以外やる事はないっ!」

「は、はいっす!」

 私に怒鳴られてハイネは背筋を伸ばすと、慌てて馬車に戻っていった。

「ったく……」

「き、雲母さぁ~ん」

 問題は次から次へと尽きることなく湧いてくる。今度はエマが青い顔をしながらよろよろとこちらへ歩いて来た。

「無~理~で~すぅ~。わたし死んじゃいますぅ~~」

 なんだか最近気弱キャラが板について来た気がしなくもないエマが、いつも以上に弱音を吐いていた。

 というか本当に倒れそうなくらいふらふらだ。

 ……仕方ないなぁ。ちょっと勇気づけてあげなきゃこれは本格的に無理そうだなぁ。

「エマ、今まであの兵隊さんたちの前でいくらでも歌えるようになってたじゃない。その感じで歌えばいいの」

「あれは皆さんがお知り合いだからですぅ~。それに人数が桁違いじゃないですかぁ~。それにそれにぃ~」

 ええい、るっさい!

「いい、エマ。あの人たちの職業が何か分かる?」

 そう言って私は周囲に居る兵士や遠くの兵士を指さした。

「……軍、ですよね?」

「そうよ」

 それ以外の余地がない、あまりに簡単すぎる質問に対し、エマは戸惑いを隠せない様子だ。

 もちろん、私が聞きたいのはそんな事じゃない。質問を通して自覚してもらう事だ。

「あの人たちは、私達を守る為に、私達に代わって戦争を、殺し合いをしてくれてるの。頼んでないとか言わないでね。相手が居る事なのに、しなくてもいいよなんて出来ないのは分かってるでしょ」

「は、はい」

「そんな人たちに、せめて一瞬でも笑顔になってもらおうって思わない?」

 優しいエマだから、兵士の事を想ってあげられるはずだ。

 それに、あれだけ御者をしながら毎日練習したのだから、それを出さないなんてもったいなさすぎる。

「エマが恥ずかしいって感じるのは分かるよ? でも、それはあの人たちの笑顔と天秤にかけて、どうなのかな? 本当に恥ずかしいって感情の方が重いのかな?」

「…………」

 エマは無言で私の言葉を聞いていた。でも、私の言葉がエマの心に沁み込んで、エマの心が変わっていくのを感じた。

 エマの瞳に意志の灯が宿る。

 先ほどまでの弱気なエマは、欠片も無くなっていた。

「できる?」

「は、はいっ」

 うっしゃぁぁぁっ!! 揺れ要員ゲットォォッ!!

 やっぱり私が踊るだけだとインパクト薄いかなって思ってたんだよね。

 ぐへへ、あの最終兵器はやっぱり使わないとね!

「…………あれ、なにか寒気が……?」

 エマが私の邪気を感じ取ったのか急に自分を抱きしめて身震いする。

 おっと危ない危ない。あくまでも純真純情に行こう。

 ワタシ、ミンナノタメ、オドル。アノ、オッサン、カンケイナイ。……よし、自己暗示完了。

「じゃあ、がんばろっ。エマ!」

「はいっ」

 私たちは両手を使って胸の前でガッツポーズをする、いわゆる「ぞいっ」のポーズで気合を入れ合うのだった。









 舞台が整い、あとは演奏するだけ、という状態になってようやくグラジオスがやって来た。

「遅いっ!」

「無茶言うな。お前と違って報告や他の国の貴族連中に挨拶したりとやる事は山ほどあるんだ」

 連中なんて言葉が出る辺り、グラジオスも喜んでやっているわけではないのだろう。

 そんな事は分かっている。これは私とグラジオスのちょっとした挨拶みたいなものだ。

 皮肉を言い合うのが、なんとなく好きになって来たのかもしれない。いや、無いと物足りないっていう方が近いかな。

「大体俺はやるとは言ってない」

 まったく。言い訳を考えてあげる身にもなれっていうのだ。

 毎回毎回我が儘な子どものように否定して。……でも否定しきれなくて。

「ねえグラジオス。これだけ準備したの、見て」

 そういって私は舞台と、杭にロープをかけただけの簡素な観客席を指し示す。

 杭の傍には兵士が立っており、彼らは観客整理を買って出てくれていた。

「これだけの人が協力して貴方を待ってたの。貴方だけにしか出来ない事があるから待ってたの。これでもしないの?」

 これはグラジオスを追い詰める行為だ。そしてグラジオスはわざと追い詰められてくれる。ただの茶番。言い訳。言い方は何てもいい。

 グラジオスには理由が必要なのだ。

「……仕方ない」

 グラジオスはわざとらしいため息をついているが、もしグラジオスにしっぽがあれば今頃ぶんぶぶんぶかちぎれんばかりに振り散らしているだろう。

 そんな事、この場に居る全員が分かっているけど。

「リュートを取ってくる」

 グラジオスは私に背を向けて馬車へと向かおうとする。

「待って、今日はこっち使って」

「うん?」

 私が手渡した楽器は、ヴァイオリンだ。

 こちらの世界では、ヴァイオリンは比較的新しい楽器らしく、あまり浸透していないマイナーな楽器だ。だがそこは歌馬鹿で音楽マニアなグラジオス。抜かりはない。

 きちんと手に入れて、独学で扱えるようになっていた。

「外だから、リュートの音じゃちっちゃいの」

「……いいだろう。だが少し不安があるぞ?」

「大丈夫。そこは私がフォローするから」

「そうか」

「あっ、違う」

 グラジオスが不思議そうに首を傾げる。

 もしかして、分かってないのかな?じゃあきちんと教えてあげないとね。

「私じゃなくって、私達が、ね」

 エマと、ハイネと、私だ。グラジオスには、これだけ仲間がいるのだ。

 一人じゃない。

「……分かった」

 グラジオスは、照れ臭そうに頬を掻くと頷いたのだった。







 私とグラジオスは舞台袖――とはいってもほとんど何もないから外から丸見えなのだが――まで走っていき、そこに居る仲間たちに声をかけた。

「準備いい?」

「自分は準備万端っす! でも緊張で手が震えてるっす!」

「気合でなんとかしなさいっ!」

「うっす!」

 さてエマは……。うわっ、またなんかしゃがみ込んでる!

 エマは私が用意した衣裳、改造に改造しまくったメイド服を着こんでいる。スカートを短くして、フリルを嫌と言うほど追加しまくった、コケティッシュで可愛らしい代物だ。

 女性の私から見ても、かなりそそられる仕上がりになっているのだが……。

「うぅぅ……。雲母さぁ~ん。これスカートの丈が短すぎますぅ~。色々と見えちゃいますよぉ~」

 見せるためなのだから当たり前だ……とはさすがに言えない。

 一応、この世界にも下着はある。とは言っても履いてない人も多く居るのだが。

「ドロワーズ履いてるでしょ。それでも不安ならズロース履けばいいじゃない」

「それが見えちゃうから問題なんですぅぅ」

 ドロワーズとは、いわゆるカボチャパンツの事だ。私の感覚からすると、もうホットパンツに近くてショーツって感じはしない。

 でもエマの感覚からすると違うらしいかった。

「大丈夫。中身が見えるわけじゃないでしょ」

 男性陣が思わず盛大に吹き出してしまう。さすがに拙かった?

「見えたら嫌ですぅぅ!」

「……大丈夫よ、前に私が居るからそんなに見えないわよ」

 ……たぶん。

「ホントですかぁ。ホントですねぇ? 信じますからねぇ?」

 大丈夫、多分野郎どもは揺れまくる胸に視線がロックオンされてしまって気付かないはず。

 ……あれ~? エマなんてどうでもいい気がしてきたぞぉ~? へんだなー。

「さて、じゃあ私着替えるから……グラジオス布で覆って隠して」

「……ここは外だ。一応お前も女なんだから馬車まで戻って……」

「時間が惜しいの」

 私はグラジオスに大きなテント用の布を押し付ける。

 グラジオスの伸長で垂らしてくれれば、問題なく着替えられるはずだ。

「……他が見えなくても俺が見るかもしれんだろうが」

「見たいの? グラジオスなら見てもいいよ?」

 ぬふっと変な声を出しながら冗談半分で挑発してみる。

「お、お前のガキくさい体になんぞ興味はないっ」

「じゃあエマだったら興味津々で覗いた?」

「…………」

 おい、なんで無言なんだよゴルァ。エマも真っ赤になって自分を抱きしめてなんか雰囲気出してんじゃないの! おっぱいぐぞ!

 ハイネもなんで鼻息荒くしてんの? キモイんだけど。

「……ねえ、早くしてくれない?」

「す、すみゃん」

 なんで噛んでるのよ。

 それから私はグラジオスの手を借りて、素早く衣裳に着替えたのだった。

 ちなみにグラジオスは顔をずっと背けており、一切覗かなかったという……。

 むう、もやもやする。
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