31 / 140
第31話 選択の先に
しおりを挟む
私はゆっくりとグラジオスの方を向く。
「ねえ、グラジオスは、どうなのかな?」
……あれ? どうして私はこんな事を聞いてるんだろう。
「何がだ」
「私が、行く……のって」
さっき、グラジオスは自分の物ではないと言ったはずなのに。対等に見てくれていて、私の判断に任せるという意思を示してくれたはずなのに。
私は、グラジオスの答えが聞きたかった。
「…………雲母は」
「……うん」
「どう、したい」
グラジオスはゆっくりと、懸命に何かを堪えているかのように、一言一言、絞り出していく。
でも私はその問いかけに……。
「…………」
答えられなかった。
自分でもどうしたいかが全くわからないのだ。自分の中に問いかけてみても、帰ってくるのは空虚な残響だけで、明確な答えが一切浮かんでこなかった。
「どう、しよう」
「お前がしたいようにすればいい」
したい事? 私がしたい事ってなんだろう?
私は歌が好き。私は歌いたい。歌を、広げたい。
なら……。
「俺は、行くべきだと思う」
「なん、で?」
「俺の国に居るよりも、間違いなくお前の音楽が受け入れられるだろうし、よりお前の望む歌が歌えるだろう」
確かにそうだ、その通りだ。グラジオスの言葉に間違いはないし、私の目的も明確だ。
グラジオスの言う事は、きっと正しい。
「それに……お前が居なくなれば……俺は……」
「グラジオスは?」
「………………」
グラジオスは言葉を切ると、何度かその先を続けようとしては失敗し、大気中に放り出された魚のように、無意味に喘ぐ。
私はその言葉の先が知りたくて、ずっと無言で待っていた。
やがて、グラジオスは決心したのかグッと両手を握りしめ、私を正面から見つめて、
「俺は、お前に振り回されなくなるから…………楽になる」
そう、言った。
「……なにそれ」
「言葉、通りだ。俺は、音楽が好きだが、無理やり歌わされたり、演奏させられるのは、嫌いだ」
「……そう」
「い、今まで、俺が弾いて来たのは、お前の音楽だ。俺のじゃ、ない」
「うん」
「……迷惑だった」
バンッ、と私は机を叩いて音を立てる。
言葉にならない感情を、表現してグラジオスにぶつけるために。
「……本当、なの?」
「本当だ」
はっきりと、きっぱりと、グラジオスは感情の分からない鉄面皮で断言した。
だから私はルドルフさまの方へと向き直り、音を立てて椅子から立ち上がる。
「ルドルフさま、決めました」
「そうかい?」
ルドルフさまはたおやかな笑顔を浮かべながら、私の決断を待っている。きっと、今の流れで私の結論を確信しているはずだ。
うん、私は……。
「すみませんっ」
断った。
額が机につきそうなほど頭を下げ、丁寧に日本式の謝罪をする。
こちらでこのお辞儀がどう受け取られるのかは知らないが、ノーという私の意思は伝わるだろう。
「私は、行きません」
もう一度、今度は顔を上げ、ルドルフさまの顔を見据え、しっかりと言葉に出して結論を突き付ける。
ルドルフさまは何が起こったのか分からないとでも言うかのように、ぽかんと口を開けて私を見つめていた。
「ま、待ってくれ。それでは……」
「そうだ、行って貰わないと困る!」
文官が口々に好き勝手な事を言い始める。
私は彼らの方を向き直ると、
「なら私の音楽を三か月くらいで貴方達に全て伝授してあげますから、貴方達が行かれては?」
冷たくあしらってやった。
「それは……」
文官たちは互いに顔を見合わせて口ごもる。
自分が無理な事を平然と他人に要求するな!
自分が犠牲になるのは嫌。でも他人ならいくらでも犠牲になっていい、なんて虫が良すぎる。
私は私のしたいようにするんだ。
誰かの言われた通りになんてなってやるものか!
「待て、雲母。お前は俺の言ったことを聞いていなかったのか?」
「聞いてたよ」
聞いてたから私はこの選択をしたのだ。聞いていなかったら、もしかしたら……。
「ならなんで……」
私はグラジオスに向き直ると、ちょっと意地悪そうな笑顔を作ってみせる。
「私の音楽が嫌だったんでしょ?」
「……ああ」
「なら好きになるまで教え込んでやるって思っただけ」
本当は、嘘だ。こんなの後付けな理由で、私はグラジオスの言葉に説得されただけだ。
「…………なんでだよ…………」
ほら、やっぱり。
グラジオス泣きそうになってる。心から、ホッとしてる。
この、ひねくれもの。
「今言ったじゃん。聞いてなかったの?」
一緒に歌って満足そうに笑っていた顔を。
自分の歌を受け入れてもらって安心した時の顔を。
思い切り演奏して、人を熱狂させた時の顔を。
体が動かなくなるまで演奏を続けた時の顔を。
この世界に転移してから今までずっと一緒だったグラジオスの顔を、私は覚えていた。
そうだ。私は歌が歌いたい。歌を聴いてもらいたい。
グラジオスと歌いたい。
みんなと歌いたい。
一人じゃ、ダメなんだ。
私は、グラジオスと、エマと、ハイネと、みんなと一緒に歌いたいんだ。
だって私達はもう、仲間なんだから。
音楽性の違いで解散なんて、そんなオブラートに包んだ大人の事情を覆い隠すための戯言が、私に、私達に通用するはずないのだ。
「そんなわけでルドルフさま、すみません。もうバンド……演奏するための楽団を組んじゃったので、あなたの所には行きません。あ、でも演奏に来てくれって言うなら行きますけど」
もちろんその時はみんなで、だ。
「…………まさか、断られるとは思わなかったよ」
「すみません。ウチのベース・メロディ担当はとっても内気なのであんな風にひねくれたことしか言えないんですよ」
「プッ、アハハハハッ。内気!? ハハハハハッ」
おや、そんなに面白かったかな? と思ってグラジオスを見てみると……。
なるほど、これは面白いや。と思わず納得してしまう何とも言えない表情をしていた。
「なるほどなるほど。それは仕方ないね。今は諦めようか、今はね」
という事はまだ諦めていないわけだ。ん~、皆で来いって言われたら……どうなるんだろう?
グラジオスって国を出て行けるのかな?
「講演依頼はいつでも受け付けておりますよ?」
「しかも商売も上手な様だね、君は」
「ありがとうございますっ」
私はニコニコと営業スマイル(とはいっても本当に楽しんでいるのだけど)を浮かべていた。でも……。
「じゃあ、交渉の条件は最初の通りだね」
事態は何も解決していなかった。
「ねえ、グラジオスは、どうなのかな?」
……あれ? どうして私はこんな事を聞いてるんだろう。
「何がだ」
「私が、行く……のって」
さっき、グラジオスは自分の物ではないと言ったはずなのに。対等に見てくれていて、私の判断に任せるという意思を示してくれたはずなのに。
私は、グラジオスの答えが聞きたかった。
「…………雲母は」
「……うん」
「どう、したい」
グラジオスはゆっくりと、懸命に何かを堪えているかのように、一言一言、絞り出していく。
でも私はその問いかけに……。
「…………」
答えられなかった。
自分でもどうしたいかが全くわからないのだ。自分の中に問いかけてみても、帰ってくるのは空虚な残響だけで、明確な答えが一切浮かんでこなかった。
「どう、しよう」
「お前がしたいようにすればいい」
したい事? 私がしたい事ってなんだろう?
私は歌が好き。私は歌いたい。歌を、広げたい。
なら……。
「俺は、行くべきだと思う」
「なん、で?」
「俺の国に居るよりも、間違いなくお前の音楽が受け入れられるだろうし、よりお前の望む歌が歌えるだろう」
確かにそうだ、その通りだ。グラジオスの言葉に間違いはないし、私の目的も明確だ。
グラジオスの言う事は、きっと正しい。
「それに……お前が居なくなれば……俺は……」
「グラジオスは?」
「………………」
グラジオスは言葉を切ると、何度かその先を続けようとしては失敗し、大気中に放り出された魚のように、無意味に喘ぐ。
私はその言葉の先が知りたくて、ずっと無言で待っていた。
やがて、グラジオスは決心したのかグッと両手を握りしめ、私を正面から見つめて、
「俺は、お前に振り回されなくなるから…………楽になる」
そう、言った。
「……なにそれ」
「言葉、通りだ。俺は、音楽が好きだが、無理やり歌わされたり、演奏させられるのは、嫌いだ」
「……そう」
「い、今まで、俺が弾いて来たのは、お前の音楽だ。俺のじゃ、ない」
「うん」
「……迷惑だった」
バンッ、と私は机を叩いて音を立てる。
言葉にならない感情を、表現してグラジオスにぶつけるために。
「……本当、なの?」
「本当だ」
はっきりと、きっぱりと、グラジオスは感情の分からない鉄面皮で断言した。
だから私はルドルフさまの方へと向き直り、音を立てて椅子から立ち上がる。
「ルドルフさま、決めました」
「そうかい?」
ルドルフさまはたおやかな笑顔を浮かべながら、私の決断を待っている。きっと、今の流れで私の結論を確信しているはずだ。
うん、私は……。
「すみませんっ」
断った。
額が机につきそうなほど頭を下げ、丁寧に日本式の謝罪をする。
こちらでこのお辞儀がどう受け取られるのかは知らないが、ノーという私の意思は伝わるだろう。
「私は、行きません」
もう一度、今度は顔を上げ、ルドルフさまの顔を見据え、しっかりと言葉に出して結論を突き付ける。
ルドルフさまは何が起こったのか分からないとでも言うかのように、ぽかんと口を開けて私を見つめていた。
「ま、待ってくれ。それでは……」
「そうだ、行って貰わないと困る!」
文官が口々に好き勝手な事を言い始める。
私は彼らの方を向き直ると、
「なら私の音楽を三か月くらいで貴方達に全て伝授してあげますから、貴方達が行かれては?」
冷たくあしらってやった。
「それは……」
文官たちは互いに顔を見合わせて口ごもる。
自分が無理な事を平然と他人に要求するな!
自分が犠牲になるのは嫌。でも他人ならいくらでも犠牲になっていい、なんて虫が良すぎる。
私は私のしたいようにするんだ。
誰かの言われた通りになんてなってやるものか!
「待て、雲母。お前は俺の言ったことを聞いていなかったのか?」
「聞いてたよ」
聞いてたから私はこの選択をしたのだ。聞いていなかったら、もしかしたら……。
「ならなんで……」
私はグラジオスに向き直ると、ちょっと意地悪そうな笑顔を作ってみせる。
「私の音楽が嫌だったんでしょ?」
「……ああ」
「なら好きになるまで教え込んでやるって思っただけ」
本当は、嘘だ。こんなの後付けな理由で、私はグラジオスの言葉に説得されただけだ。
「…………なんでだよ…………」
ほら、やっぱり。
グラジオス泣きそうになってる。心から、ホッとしてる。
この、ひねくれもの。
「今言ったじゃん。聞いてなかったの?」
一緒に歌って満足そうに笑っていた顔を。
自分の歌を受け入れてもらって安心した時の顔を。
思い切り演奏して、人を熱狂させた時の顔を。
体が動かなくなるまで演奏を続けた時の顔を。
この世界に転移してから今までずっと一緒だったグラジオスの顔を、私は覚えていた。
そうだ。私は歌が歌いたい。歌を聴いてもらいたい。
グラジオスと歌いたい。
みんなと歌いたい。
一人じゃ、ダメなんだ。
私は、グラジオスと、エマと、ハイネと、みんなと一緒に歌いたいんだ。
だって私達はもう、仲間なんだから。
音楽性の違いで解散なんて、そんなオブラートに包んだ大人の事情を覆い隠すための戯言が、私に、私達に通用するはずないのだ。
「そんなわけでルドルフさま、すみません。もうバンド……演奏するための楽団を組んじゃったので、あなたの所には行きません。あ、でも演奏に来てくれって言うなら行きますけど」
もちろんその時はみんなで、だ。
「…………まさか、断られるとは思わなかったよ」
「すみません。ウチのベース・メロディ担当はとっても内気なのであんな風にひねくれたことしか言えないんですよ」
「プッ、アハハハハッ。内気!? ハハハハハッ」
おや、そんなに面白かったかな? と思ってグラジオスを見てみると……。
なるほど、これは面白いや。と思わず納得してしまう何とも言えない表情をしていた。
「なるほどなるほど。それは仕方ないね。今は諦めようか、今はね」
という事はまだ諦めていないわけだ。ん~、皆で来いって言われたら……どうなるんだろう?
グラジオスって国を出て行けるのかな?
「講演依頼はいつでも受け付けておりますよ?」
「しかも商売も上手な様だね、君は」
「ありがとうございますっ」
私はニコニコと営業スマイル(とはいっても本当に楽しんでいるのだけど)を浮かべていた。でも……。
「じゃあ、交渉の条件は最初の通りだね」
事態は何も解決していなかった。
1
あなたにおすすめの小説
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる