『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第31話 選択の先に

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 私はゆっくりとグラジオスの方を向く。

「ねえ、グラジオスは、どうなのかな?」

 ……あれ? どうして私はこんな事を聞いてるんだろう。

「何がだ」

「私が、行く……のって」

 さっき、グラジオスは自分の物ではないと言ったはずなのに。対等に見てくれていて、私の判断に任せるという意思を示してくれたはずなのに。

 私は、グラジオスの答えが聞きたかった。

「…………雲母は」

「……うん」

「どう、したい」

 グラジオスはゆっくりと、懸命に何かを堪えているかのように、一言一言、絞り出していく。

 でも私はその問いかけに……。

「…………」

 答えられなかった。

 自分でもどうしたいかが全くわからないのだ。自分の中に問いかけてみても、帰ってくるのは空虚な残響だけで、明確な答えが一切浮かんでこなかった。

「どう、しよう」

「お前がしたいようにすればいい」

 したい事? 私がしたい事ってなんだろう?

 私は歌が好き。私は歌いたい。歌を、広げたい。

 なら……。

「俺は、行くべきだと思う」

「なん、で?」

「俺の国に居るよりも、間違いなくお前の音楽が受け入れられるだろうし、よりお前の望む歌が歌えるだろう」

 確かにそうだ、その通りだ。グラジオスの言葉に間違いはないし、私の目的も明確だ。

 グラジオスの言う事は、きっと正しい。

「それに……お前が居なくなれば……俺は……」

「グラジオスは?」

「………………」

 グラジオスは言葉を切ると、何度かその先を続けようとしては失敗し、大気中に放り出された魚のように、無意味に喘ぐ。

 私はその言葉の先が知りたくて、ずっと無言で待っていた。

 やがて、グラジオスは決心したのかグッと両手を握りしめ、私を正面から見つめて、

「俺は、お前に振り回されなくなるから…………楽になる」

 そう、言った。

「……なにそれ」

「言葉、通りだ。俺は、音楽が好きだが、無理やり歌わされたり、演奏させられるのは、嫌いだ」

「……そう」

「い、今まで、俺が弾いて来たのは、お前の音楽だ。俺のじゃ、ない」

「うん」

「……迷惑だった」

 バンッ、と私は机を叩いて音を立てる。

 言葉にならない感情を、表現してグラジオスにぶつけるために。

「……本当、なの?」

「本当だ」

 はっきりと、きっぱりと、グラジオスは感情の分からない鉄面皮で断言した。

 だから私はルドルフさまの方へと向き直り、音を立てて椅子から立ち上がる。

「ルドルフさま、決めました」

「そうかい?」

 ルドルフさまはたおやかな笑顔を浮かべながら、私の決断を待っている。きっと、今の流れで私の結論を確信しているはずだ。

 うん、私は……。

「すみませんっ」

 断った。

 額が机につきそうなほど頭を下げ、丁寧に日本式の謝罪をする。

 こちらでこのお辞儀がどう受け取られるのかは知らないが、ノーという私の意思は伝わるだろう。

「私は、行きません」

 もう一度、今度は顔を上げ、ルドルフさまの顔を見据え、しっかりと言葉に出して結論を突き付ける。

 ルドルフさまは何が起こったのか分からないとでも言うかのように、ぽかんと口を開けて私を見つめていた。

「ま、待ってくれ。それでは……」

「そうだ、行って貰わないと困る!」

 文官が口々に好き勝手な事を言い始める。

 私は彼らの方を向き直ると、

「なら私の音楽を三か月くらいで貴方達に全て伝授してあげますから、貴方達が行かれては?」

 冷たくあしらってやった。

「それは……」

 文官たちは互いに顔を見合わせて口ごもる。

 自分が無理な事を平然と他人に要求するな!

 自分が犠牲になるのは嫌。でも他人ならいくらでも犠牲になっていい、なんて虫が良すぎる。

 私は私のしたいようにするんだ。

 誰かの言われた通りになんてなってやるものか!

「待て、雲母。お前は俺の言ったことを聞いていなかったのか?」

「聞いてたよ」

 聞いてたから私はこの選択をしたのだ。聞いていなかったら、もしかしたら……。

「ならなんで……」

 私はグラジオスに向き直ると、ちょっと意地悪そうな笑顔を作ってみせる。

「私の音楽が嫌だったんでしょ?」

「……ああ」

「なら好きになるまで教え込んでやるって思っただけ」

 本当は、嘘だ。こんなの後付けな理由で、私はグラジオスの言葉に説得されただけだ。

「…………なんでだよ…………」

 ほら、やっぱり。

 グラジオス泣きそうになってる。心から、ホッとしてる。

 この、

「今言ったじゃん。聞いてなかったの?」

 一緒に歌って満足そうに笑っていた顔を。

 自分の歌を受け入れてもらって安心した時の顔を。

 思い切り演奏して、人を熱狂させた時の顔を。

 体が動かなくなるまで演奏を続けた時の顔を。

 この世界に転移してから今までずっと一緒だったグラジオスの顔を、私は覚えていた。

 そうだ。私は歌が歌いたい。歌を聴いてもらいたい。

 グラジオスと歌いたい。

 みんなと歌いたい。

 一人じゃ、ダメなんだ。

 私は、グラジオスと、エマと、ハイネと、みんなと一緒に歌いたいんだ。

 だって私達はもう、仲間なんだから。

 音楽性の違いで解散なんて、そんなオブラートに包んだ大人の事情を覆い隠すための戯言が、私に、私達に通用するはずないのだ。

「そんなわけでルドルフさま、すみません。もうバンド……演奏するための楽団を組んじゃったので、あなたの所には行きません。あ、でも演奏に来てくれって言うなら行きますけど」

 もちろんその時はみんなで、だ。

「…………まさか、断られるとは思わなかったよ」

「すみません。ウチのベース・メロディ担当はとっても内気なのであんな風にひねくれたことしか言えないんですよ」

「プッ、アハハハハッ。内気!? ハハハハハッ」

 おや、そんなに面白かったかな? と思ってグラジオスを見てみると……。

 なるほど、これは面白いや。と思わず納得してしまう何とも言えない表情をしていた。

「なるほどなるほど。それは仕方ないね。今は諦めようか、今はね」

 という事はまだ諦めていないわけだ。ん~、皆で来いって言われたら……どうなるんだろう?

 グラジオスって国を出て行けるのかな?

「講演依頼はいつでも受け付けておりますよ?」

「しかも商売も上手な様だね、君は」

「ありがとうございますっ」

 私はニコニコと営業スマイル(とはいっても本当に楽しんでいるのだけど)を浮かべていた。でも……。

「じゃあ、交渉の条件は最初の通りだね」

 事態は何も解決していなかった。
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