『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第73話 I(Cレコーダー)を取り戻せ!

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 正門前でハイネとザルバトル公爵が騒いでいるだけあって城内は閑散としている。

 私とエマは共に一つの壺を持って王城内を堂々と歩いていた。

 時々部屋の中に入っては、ある物を回収していく。

 その仕事をしている最中であれば、メイドや衛兵、文官に貴族どんな人とすれ違おうとも私達は見咎められる事が無かった。

 むしろ私達が来るだけで彼らは回れ右して逃げていくのだった。

 そんな誰もが嫌がり避けようとするものは……。

「くちゃい~」

「ひ、久しぶりにやりましたけどこれは辛いですね……」

 おまるの中身を回収する仕事である。

 この世界に水洗便所なんていう都合のいい物はない。みんな壺やおまるに用をたす。

 ならば誰かがそれを回収して回らなければならないというわけだ。

「こ、これは確かにみんな避けるけどぉ……。うぅ、でも私もやってもらってたんだからあんまり文句言っちゃダメだよね」

「あはは、でもみんな文句言ってましたから大丈夫ですよ」

 辛かった。一応手に持っている壺に蓋はしているのだが、それでも匂うものは匂う。思わず声色を変え忘れてしまう位に。

 幸い誰もいないので気付かれはしなかったが、もっと注意すべきだろう。

 私達はなんだかんだ言いつつも宮殿内を進み、王の寝所近くにまでやって来た。

 先王が身罷られたとはいえ、寝所を護衛する人たちは普通に居る。私達は兵の詰め所の扉をノックした後敵地の真っただ中に飛び込んだ。

「失礼するっす」

「失礼します」

 ハイネの喋り方を意識しつつ少年っぽい声を出す。

 幸い、詰めていた六人の兵士に咎められる事はなく(というか思いっきり避けられた)、手早く仕事を終える事が出来た。

 だが、本番はここからなのだ。

 若干緊張した様子のエマに、私は視線を送る。エマは瞬きで私に返事をすると、詰所の衛兵たちの方へと向き直る。

「すみません。先王陛下の物を回収したいので、寝所へ入ってもよろしいでしょうか?」

 当然衛兵たちは怪訝な顔をする。

 先王はもう居ない。する人間が居ないのならば、回収するべきものも出るはずがないからだ。

「先王陛下がご逝去なされて、その関係で忙しかったので回収を怠ってしまったのです。それで今になってしまい……」

「カピカピになっていたら器《うつわ》ごと回収しろって言われたっす」

 私達二人の言い訳を聞いて納得したのか、隊長格の男が頷いて壁から一本の鍵を取る。

 私はてっきりそれを渡してくれるものと思い、手を差し出したのだが……。

「ついてこい」

 隊長の衛兵は鍵を手に握ると私達を先導するように歩き出してしまった。どうやら私達だけで寝所には行かせてもらえないらしい。

 これは拙いとエマに視線を送るが、エマもどうしようもないと小さく首を振る。

 私はどうするべきかと頭を悩ませながら衛兵の背中を追いかけた。

「早くしろよ」

 衛兵はそういうと入り口の横に立って私達の監視を始める。

 厳しく見られているわけではないが、彼の目を盗んでICレコーダーを回収するのは無理があるだろう。

 私達はとりあえず作業をしようと部屋の隅に設置されていた木製の便器に近寄る。

 下部に取り付けられている引き出しを開けて中身を壺に入れれば作業は終了。何もできずにこの部屋を出て行かなければならない。

 私は何かないものかとうわの空で引き出しを開け――。

「うぎゃっ」

「うっ」

 広がってきた悪臭をまともにかいでしまい、思わず後ろに飛び退いてしまった。

 エマも思わず口と鼻を抑えている。

 一週間以上前にしたものを長時間放置していたのだ。腐ってとんでもない代物になってしまっていた。

「おい、先王陛下がなさったものだぞ。失礼であろうが」

 隊長が厳しい顔をしながら近づいてきて……臭気の直撃を喰らって後退りする。

 ね、仕方ないでしょこれって感じで顔を向けると、隊長はしかつめらしい顔で肩をすくめた。

「すまないけど隊長さん。オレたちがこっちするっすから窓開けてもらえないっすか?」

 ここまでひどい匂いだと部屋に匂いが残ってしまいかねない。そうなると責任とまではいかないだろうが、新しい主から不興を買う事は目に見えていた。

「……仕方ない」

 隊長はやれやれといった感じで首を振ると、窓に歩いて行ってくれる。

 エマはその一瞬を狙って動こうとして――私はエマの腕を掴んで引き留めた。

 代わりに小声でささやく。

「窓は二つしかない。そんなに時間は稼げないから、今はきちんと仕事しよ。終わってからエマが時間稼いで」

「どうやってですか?」

 二人で作業をしながらひそひそと意見を交わす。

 そんな事をしている間に、隊長はもう一つ目の窓を開け終えていた。

 取りにいかなくて正解だっただろう。

「私が合図したら胸を抑えて軽く悲鳴上げて。後は何とかするから」

 私の指示に嫌な予感がしたのか、エマは軽く頬を引きつらせる。だが悩んでいる暇はないと、いやいやながらうなずいた。

 まったく、エマはよく知っているだろうに。その巨大なメロンが男に対してどれだけ強力な武器になるかってことを。

「開けて置いたぞ」

「感謝するっす」

 その後も私達は隊長の視線を背中にうけながら作業を続けた。

「うっし、これでよし」

 引き出しのとってなどを軽く拭いてから元に戻す。

 これで私達の用事は全て終わった。後は出て行かなければならない。

 私はエマと共に壺を持ち、部屋を縦断していく。そしてICレコーダーの近くを通りかかった瞬間。

「きゃっ」

 私の指示通り、エマが胸を抑えて悲鳴を上げる。

 私はすぐさま壺を床に置くと、エマに駆け寄った。

「大丈夫、姉ちゃん。またやったんだろ? しょうがねえなぁ」

 そう言いながら遠慮なくエマの背中に手を突っ込み、巻いていたさらしの結び目を解いてしまった。

「ひゃぅんっ」

 突如拘束から解放されたエマの爆乳は、どたぷんっと本当の姿を取り戻す。

 あまりの迫力に、隊長はエマの胸に目が釘付けになってしまった。

「姉ちゃんでかいもんな~」

「ひぃ~~んっ!」

 私は遠慮なく服をめくって背中を露出させ、結び目を弄る。

 エマはさっきから演技を忘れて本気で泣いているが、むしろそれが嗜虐心をそそって隊長はエマしか見えていない様である。

「あー、やっぱ姉ちゃんデカすぎ。オレじゃきちんと結べねえよ」

 そう言ってからチロッと隊長の方へと視線を向ける。

 隊長は、俺? みたいな顔をしていたが、明らかに鼻の下が伸び切っていた。

 大方判断能力も低下しているに違いない。

「こっちが見えないような体勢で結んで貰って」

 エマにそう囁いた後、隊長に向けてパンッと両手を合わせて拝むような姿勢を取る。

「すんませんっす。オレの代わりに姉ちゃんのさらしを締め直して欲しいっす」

「んんっ。ま、まあ困っているのだからしようがないな」

 咳払いをして如何にも不本意な風を装っているのだが、目を見れば内心で喝采を上げながらガッツポーズを取っているのが見え見えだった。

「す、すみません。ま、窓も空いてますから見られないように端の方で……」

「う、うむ。いいだろう」

 体長がエマに見とれている間が勝負だった。

 私はベッドに素早く回り込むと、その下を覗き込む。

 ハイネは頭側と言っていたのでそちらの方を重点的に探していくが、暗い事も相まってICレコーダーは全く見当たらなかった。

 焦る心を宥めながら、私は手を突っ込んで手探りで探していく。

 背後ではエマが、痛いのでもう少し緩めてくださいなどと甘ったるい声で囁いて、時間を引き伸ばしてくれている。

「どこ……」

 私が思いきり手を伸ばした時だった。

 マグネシウム合金特有のつるっとした触感が指先に触れる。

 どうやらベッドの装飾を止めている部品のせいでできたくぼみに落ち込んでしまっていたようだ。

 私は体を半分以上ベッドと床の隙間に滑り込ませ、ICレコーダーを取り戻すことに成功したのだった。

 私はICレコーダーをポケットに入れて隠した後、服を整えて何事も無かった風を装う。

「姉ちゃんいちゃついてないで早くしてくれよ~」

 私の合図の意味を正しく理解したエマは、適当に結んで貰って服を正すと隊長に礼を言って戻って来る。

 私はそんなエマに片目をつぶって作戦が成功した事を伝えた。

「じゃあ姉ちゃん急ごうぜ。あんまり時間かかってると家令から怒られちゃうからさ」

「そ、そうね。急ぎましょう」

 私とエマは壺を持ち上げ、隊長に礼を言いながら急いで部屋を出た。

 後は協力してくれているメイドたちの所に帰るだけ。そう思った矢先。

「待て」

 隊長の静かだが威圧的な声に射すくめられてしまう。

「な、何か?」

 不審な動きをしたことがバレたか? と思ったのだが――。

「き、君の名前を教えてくれないかな?」

 多少照れながらそんな事を聞いて来た。

 私達は胸を撫で下ろしながら適当な偽名を名乗っておく。

「そ、そうか。うむ、良い名前だな。ああ、窓は私が閉めておこう。またここまで来るのは大変だろうからな」

「ありがとうございます」

 隊長はどうやらエマの最終兵器で骨抜きにされてしまったらしい。

 もうエマだけで良かったんじゃないかな。エマがその胸で男ども張り倒したら全員言う事聞くでしょ、チクショウ。

「い、急ぎましょう」

 隣で殺意をたぎらせる私に震えながら、エマは私を急かしたのだった。
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