『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第86話 少なくなる私達の時間

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 あれからシャムはグラジオスと上手くやっているらしい。

 仕事の間はシャムがじっとグラジオスを隣で見つめて絵に認《したた》める。そこには会話もろくにないけれど、大事な二人だけの時間だとシャムが嬉しそうに語っていた。

 ちょっとずつ、私とグラジオスが顔を合わせる時間は減ってきていた。

 私が望んだ通りに。





 ベッドの上で何をするでもなく天井のシミを数えていたら、急に扉がノックされた。

「雲母、居るか。アッカマン商会からそろそろ公演の日取りを決めたいと遣いが来ているぞ」

 グラジオスがノックをした後私の返事も待たずに部屋へと入って来る。

 曲がりなりにも乙女の部屋なのだ。ちょっと無遠慮すぎないだろうか。

 私がそう文句をつけると、グラジオスは不満そうな表情を浮かべた。

「こうでもしないとお前が逃げるんだろうが」

「そだっけ?」

 私がとぼけてみてグラジオスの機嫌がよくなることは無い。

「今だってメイド達に居場所を聞いて回ってようやく見つけたんだぞ」

「それはご苦労様。じゃあ行ってくるね」

 私がグラジオスの横をすり抜けて廊下へと出て行こうとしたのだが……。

 グラジオスはそんな私の腕を掴んで邪魔をする。

 彼の表情からは、どうしても私と話をするまでは離さないという固い意志が伺えた。

「はいはい、何?」

 肩をすくめながらややぶっきら棒に尋ねてみる。

 グラジオスはそんな私に呆れたようにため息をつくと……ふっと表情を悲し気に歪めた。

「……お前、俺を避けているだろう」

「避けてない。はい終わり」

 話を切り上げようとした私の腕が離されることはない。

 グラジオスはまだ納得できていない様だった。

「痛い。手、離してよ」

「納得できる理由を聞くまでは離さん」

「だから避けてないってば」

「避けているっ。俺とお前がこうしてまともに話したのは三日ぶりだぞっ」

 さすがに日数まで数えられているとは思わなかった。

 ……意外と細かい奴め。

 内心愚痴ってみても状況は変わらない。諦めた私はこれ見よがしにため息をついた後、唇を尖らせてグラジオスへの不満を全身で表してみる。

 それでもグラジオスは折れることなく私の腕を掴み続けた。

「分かった、降参。話すから手ぇ離してよ」

 一応その言葉は信じてくれたのか、グラジオスは私を解放してくれた。

 私は掴まれていた部分に触れる。痛いと口では言ったのだが、そんな事は全くない。代わりにグラジオスのぬくもりが残っていた。

「それで、何故避けるようになったんだ?」

「それは……」

 私は回答を渋ったのだが、グラジオスが言わずに解放してくれるとも思えなかったため、仕方なく白状する。

「未来の奥さんに悪いかなって思ったの」

「はぁ?」

 私は以前エマに言われたのだ。グラジオスに対して思わせぶりな態度を取っていると。

 考えてみれば確かに思い当たる節はあったし黒歴史として封印したくなるようなこともしていた。

 だから私はそういう事が二度とないように、グラジオスから少し距離を置こうと思ったのだ。

「未来の? いったい誰の事を言っている。まるで意味が分からんぞ」

「……グラジオスの、未来の奥さん」

「いったい誰だっ」

 グラジオスは心底怒っていた。荒々しい声で私にきつく問いかける。

 これほど怒ったグラジオスは、私達がカシミールを疑った時以来だろう。

 こんな風にグラジオスが怒るときは……何か大切な物を傷つけられた時だ。

 私は俯き、不貞腐れながらその名前を告げる。

「エマと、シャム」

 今一番グラジオスに近い女性二人だ。

 グラジオスだってこの二人の事を気に入っている。傍から見てもお似合いで、どちらが妃になってもおかしくはない。

 だというのにグラジオスは――。

「ふざけるなっ!!」

 声を張り上げて私を怒鳴りつける。――二人を、否定した。

「俺の意思をお前が勝手に決めるなっ!」

「いいじゃん! グラジオス二人の事好きでしょ? 早くくっついちゃいなよっ」

 私ももう引けなかった。半ばやけっぱちになりながらグラジオスに怒鳴り返す。

「だから決めつけるなっ。もし俺が二人の事を好きでもなんでもなかったら……」

「好きですー。見てたら分かりますー」

「俺はそういう目で彼女たちを見てはいない。確かに二人は素敵な女性だが、俺はそんな感情を抱いてはいないっ」

 素敵な女性。その言葉がグラジオスの口から出たことに、私の胸は小さな疼きを感じる。

 でもそれと同時に少し安堵も覚えていた。

 グラジオスは二人の内どちらか、もしくは両方と仲良くやっていけるという事だから。

 だから私は――グラジオスの言葉を否定する。

 何が何でも。

 二人の内どちらかを、早く選んで欲しかったから。

「嘘ばっかり。エマの胸見て鼻の下伸ばしてたじゃんっ」

「伸ばしてはいないっ」

「伸ばしてたっ。旅してた時、きわどい衣装着てたエマの胸元いっつもガン見してたじゃんっ」

 これにはさすがのグラジオスも一瞬怯む。

 だが次の瞬間には立ち直っていた。

「確かに下心のある目を向けた事はあるっ。だがそれはそういう欲望であって、感情ではないっ。一緒にするなっ」

「開き直らないでよねっ。これだから男なんて最低なのっ」

「それとこれとは話が違うだろうっ」

 売り言葉に買い言葉。私達はどんどんヒートアップしていき、心無い言葉をぶつけ合ってしまう。

 そして……。

「最っ低。もう一生口も聞きたくないっ」

「勝手にしろっ」

 私達は初めてここまで激しい喧嘩をした。してしまった。

 本当に断絶してしまいかねないほど大きな喧嘩を。









「ああ、もうっ」

 私は腹立たしい想いを拳に乗せて、思い切りベッドに叩きつける。

 ベッドはぽふんっという情けない音で返事をしてくれるが、それで私の心が休まる事はない。

「グラジオスなんて早く結婚しちゃえばいいのに……」

 そうしたら私がこんなにあれこれ思い悩む必要なんてないのに。

 グラジオスと……できればエマ、幸せに満ち溢れた二人と一緒に居られるのに。

 フラれたハイネを慰めて、思いっきりロックンロールを派手にぶちかまして笑い合えるのに。

 ……何も考えずに歌だけ歌っていた、仲が良かったころの私達に戻れるのに。

「ばーか。グラジオスのばーか」

 いくら悪口を言っても、怒りの炎は消えることなく燃え盛り続けた。

 そしてそのまま二カ月という時間が流れたのだった。
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