『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第117話 たった一つの愚かなやり方

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「お前は馬鹿だ」

 端的にそう言われてしまった。

 今回ばかりは私もそう思うから肯定しか出来ないけれど。

「あははは、だねー。でも何回も言うなんてモテないゾ」

 今私は赤や黄色、紫や金など、様々な色の布を組み合わせて作られた一際目立つ派手な衣装を着て、城壁の上に立っていた。

 首筋からは細くて頑丈なロープが伸び、その端をガタイのいい二人の王国兵が握っている。

 もう片端は、私の下半身と上半身にほどけない様しっかりと縛り付けてあるため、帝国で行ったショーの様に私を宙づりにする事も可能だろう。

「お前意外にモテる必要はない」

「……ここでそういう事言わないでよ。恥ずかしいじゃん」

「お前が心配なんだ。絶対に失いたくない」

 いくら私が心配といっても限度がある。というかさっき説得した時に了承したんだから、今更ぐちぐち言うなんて男らしくない。

 やるのは私なんだから……ってそれが嫌なのか。

 自分が傷つくのって案外耐えられるけど、他人、特に大切な人だときついんだよね。

「だったら胸を張って送り出して。そんなに心配されると自信無くなっちゃうからさ」

 ふと私は自分の太ももに括りつけられたお守りに意識が行く。

 いざとなったらこれを使って私自身を人質にすれば時間は稼げるだろう。

 だから、大丈夫。私はここに帰ってくる。

 グラジオスの傍に居続ける。

 でも、胸を張って一緒に居たいから。多くの人たちを見捨てて犠牲にしても、罪悪感で私は潰れてしまう。

 出来る限りの事をしてから私は生きるんだ。

「私はみんなに助けてもらってる。だからみんなを助けられるかもしれない事は、やってみたいの。もう時間が無くなるから行くよ」

 何時までも話していると決意が鈍ってしまう。

 私はそれだけ言うと、城壁の外へと向き、そこから飛び降りた。







 この城壁は峡谷を完全に区切る様に建てられ、中央付近に楼門、つまりゲートハウスが設置されていた。

 盛り土の上に建てられた城壁は高さが五メートルもある上に、長屋の様になっている一階と半屋外の二階に分かれている。

 一階は完全に要塞化されており、そこにはバリスタなどの防衛兵器が備え付けられていて、二階部分は片側だけに堅牢な城壁がある屋外となっており、城壁は攻撃がしやすいように凹凸――胸壁というらしい――が付けられていた。

 私はその二階の片側に建てられた城壁の上から飛び降りたのだが、一瞬の浮遊感後、全体重がロープに受け止められて空中につり下がる。

「このままゆっくり下ろして!」

 ロープがこすれて鋭い痛みが走るが、私はそれを無視してロープの反対側を握る兵士たちに命令を送った。

 徐々に私の体が降下していく。

 私は城壁にへばりついて体を安定させながら、地面に降り立った。

 その場所は戦場の一番端で、城門から城壁内へ逃げ込もうとする王国兵と、それに混ざるようにして城壁内へと雪崩れ込もうとする帝国兵の集団からはだいぶ離れている。

 狙い通りだ。

 私はロープを二度引っ張って合図を送ると、そのまま前へと歩き始めた。

 当然、そんな私に気付く人はいない。

 私は沢山の死体が転がる中歩き、目的の火薬樽へとたどり着いた。

 その樽には帝国兵が抱き着く様にしてこと切れている。

 私は片手で拝みながらその人から樽を解放して地面にまっすぐ立てると、その上に飛び乗った。

 ――さあ、行くよ。私が出来るのは歌う事だけ。

 なら、歌うんだ。

「グラジオスっ! お願いっ!!」

 私の希望通り、グラジオスがヴァイオリンで戦場に似つかわしくない軽快な音楽を奏で始める。

 その音楽に視線を奪われた一部の帝国兵が――私を見つけた。

 さあ、もっと私を見つけろ。

 私は、あなた達の目的である歌姫は――ここだ。

――名前のない怪物――

 まるで待ち人を迎えるかのように私は両手を広げて歌い出す。

 静かに、しかし強く。

 帝国兵の中には私の公演に来た人も居るだろう。

 私の歌を聴いた人はもっと居るはずだ。

 さあ、私は歌い始めたよ。歌姫が居るって気付かない?

 ――歌が進むに伴い、私の事に気付く帝国兵が増えていく。

 私の事を指さし、半信半疑で私を見て居る。

 そうだろう。戦場の真ん中で歌姫が歌っているなど夢か幻だと思うのが普通だ。

 でもこれは現実。

 こんな歌を歌えるのは、この世界にはまだ私しかいない。

 それを証明するためにも、私は瞬間的に大気を胸に取り入れ……。

 空を貫く様に、大地を揺るがす様に。

 戦場の如何なる声よりも高く遠く、世界全てを包み込むほどの大きさで。

 私は歌う。

 ――それで帝国兵も、王国兵も気付く。

 私だという事に。戦場の真ん中に歌姫が居るという事に。

 功を得ようと、帝国兵が我先に集まってくる。

 砂糖に群がる蟻のように、花に惹かれるミツバチの様に。

 それを――。

「放てーっ!」

 ああ、弓兵はさぞ射ちやすいことだろう。

 そこには帝国兵しかおらず、私を目指して無防備に走ってくるのだから。

 城壁から飛んだ矢が、出射された槍が、帝国兵の側頭部やどてっ腹を撃ち抜いていく。

 私の目の前には血の花が咲き乱れ、死の川が流れた。

 その光景を前にしてもなお、私は歌い続ける。

 地獄の中で歌い続ける。

 そんな私を帝国兵はどう見えて居るだろう。

 死神か、悪魔か。

 近づく端から人間を喰らっていく化け物か。

 それでも帝国兵はこの戦争で一番の功績である私を諦めきれないのだろう。

 大楯をかざし、仲間の死体を盾にして、じわりじわりと近づいてくる。

 しかし――ある者はハリネズミの様に体中を矢に貫かれて倒れ、ある者は大楯ごと槍に貫かれて息絶え、ある者は石に兜ごと頭をかちわられて砕かれる。

 気付けば私の前には死体の山が出来上がっていた。

 そこで命を失い肉の塊となった数は何十、何百だろうか。数えるのも馬鹿らしい位の人数が重なり合っていた。

 私は歌うのを止め、城門へと視線を走らせる。

 作戦通り、囮の私に釣られて手薄になった城門は、王国兵の退避がもうすぐで完了しそうになっていた。

「これでカーテンコール。私の歌がまた聞きたいのなら相応の対価を支払ってね!」

 火薬樽の上で観客にカーテシーを行い、城門に向かって全力で走り出す。

 その後を、大勢の帝国兵達が無我夢中で追いかけて来る。

 ここで私を逃してしまえばとんでもない失態だという事が分かっているのだろう。兜を脱ぎ捨て、邪魔な鎧を外し、襲い来る矢をものともせずに食らいついてくる。

 城壁から雨霰と降り注ぐ攻撃で打ち倒されながらも――。

「早く早くっ!」

 そう叫んだ瞬間だった。

 火薬樽に火矢が命中したのだろう。背後でカッという轟音、否、衝撃波が生まれ、私の背中を踏みつけ、追い越し、走り抜けていく。

 私はその衝撃で地面をゴロゴロと転がったが――素早く立ち上がる。

 大丈夫、今のはびっくりして足がもつれただけ。

 そう自分に言い聞かせて私は走り出した。

 爆発のお陰で私を追いかけられる人はいない。私は城壁にたどり着くと、すぐさま叫んだ。

「上げてっ!」

 私の要望通り、ロープがズルズル音を立てて巻き上がっていく。

 私の体はまだ上がらない。

 ほんの少しの時間が、今はまるで数時間のようにも思えてしまう。

 早く、早く、早く。

 黒煙の中から人が顔を出す。その距離は十メートルもないだろう。

 逃げられるだろうかと不安になり――体がぐいっと上に引っ張られた。

 先ほど姿を見せた帝国兵も、弓矢によって撃ち殺される。

 私の体は徐々に上がっていき……一メートル、二メートル。今一階の狭間に足がかかった。

 三メートル……四メートル……もう少しで城壁に手が届く。

「雲母っ」

 私の愛しい人が手を伸ばしてくれるのが見える。

 もうすぐで、私は――。

 ひゅんっと、何かが風を切るような音がした。

 それはグラジオス――を越え、その後ろへと過ぎ去っていき……。

「きゃっ!」

 私の体は重力の手に捕まってしまった。
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