『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第118話 色んな人に支えられて

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 突然、周りの風景が驚くほどゆっくりになった。

 死にかける時にこうなるとかいう話を何となく思い出す。

 もしかして、私は死んでしまうのだろうか。

 いや、そんな事はない。落ちても骨折とかして動けなくなるだけだ。

 もちろん吊り上げて救出とか言語道断だろう。砕けた骨がロープでぐちゃぐちゃになって体内の臓器に刺さりでもしたら、その場で死んでしまう。

 誰も助けに来られない場所で完全に動けなくなるなんて、そんなの死と同義だ。

 痛いのは嫌だなぁって思うけど、どうしようもないのだから諦めるほかない。

 どうせ最後なのだからと私はグラジオスの顔を見つめる事にした。

 グラジオスは目を見開いて驚いており、それ以外の感情は見当たらない。

 まあ、当たり前だろう。私だってそうなのだから。

 ……さよなら。

 そう思ったら……胸が苦しくなった。

 骨折の痛みを想像するよりも、もっとつらい。

 身を引き裂かれるような切なさで溢れてしまい……理解する。

 別れるなんて諦められない。覚悟だって出来なかった。

 嫌だよ。嫌だ。これでお別れなんて絶対に嫌。

 私は……私は――!

「姉御ぉーー!!」

 突然、狭間から腕が伸びて来て、私の服を掴んで壁際に引き寄せる。

 予想もしない出来事に反応すら出来なかった私は、壁にしがみつくことも出来ずにいたのだが、その腕は私をしっかりと掴んで離さなかった。

 私は背中の皮膚をつままれた猫の様な体勢で、振り子のように揺れながら壁に叩きつけられる。

「くぅあぁぁぁっ!」

 私を掴む腕にかかった衝撃は想像もできないほど大きいものだったに違いない。

 ゴキリと嫌な音が響く。骨でも折れてしまったのかもしれない。

 それでもその腕――声からしてその腕の持ち主は間違いなくハイネだ――は私を支え続けてくれる。繋ぎとめてくれていた。

「雲母様っ」

 別の腕が狭間から伸びて、私の首筋から出ているロープを握り締める。

「上のヤツ早く上げてくれっす!」

 こんな時なのに、ハイネの相変わらず奇妙な言い回しになんだが笑いがこみ上げてきてしまう。

 いつも変わらず支えてくれて、本当にありがとう。

 感謝の念を抱きながら、私は左手を伸ばして壁に爪を引っかけ、私のロープを握る手に縋りついた。

 また新たな手が伸びてくると、そんな私の腕を掴んで狭間の中に引きずり込んでくれる。

 私は狭間に両手を突っ込むなんて奇妙極まりない格好で何とか体勢を安定させることが出来た。

 そうなってようやくロープに力が籠る。

 上を見上げるとグラジオスの姿が消えていたため、恐らく引っ張ってくれているのは彼だろう。

 少しずつだが私の体は上昇に転じて――。

 足首を誰かに掴まれてしまった。

 誰かなんて見る間でもない。帝国兵、すなわち私の敵だ。

 もう追いつかれていたのだろう。

 私の足に荷重がかかり、地面に引き戻されそうになる。

「放してっ!」

 足を無茶苦茶に振ってみるが、足にかかる力は強い。

 それどころかもう片方の足も掴まれてしまう。

 下を見れば下卑た笑みを浮かべる野卑な男どもが私の足に縋りついていた。

 このまま私を帝国に連れて帰る事が出来れば大金星だ。

 男たちには私が金塊にでも見えているに違いない。

「レディに優しく出来ない男とか最低っ! 変態っ! ロリコンっ!」

 私は必死に暴れるが、暴れるたびにロープが食い込んで焼ける様な痛みが体のあちこちに生まれる。

 でも今はそんな事に構っている暇はない。私は必死に暴れて――。

「姉御を離せっ、んなロォ!」

 狭間から突き出された剣が振り下ろされ、私の足を掴んでいる片方の首に突き刺さる。

 血しぶきが飛び、私の体が赤く染まったが、片足が解放された。

 あと一人!

 喜んだのもつかの間、もう一人の男はハイネの腕を殴りつけて剣を叩き落す。

「このっ」

 私は解放された足で男を蹴るが、そもそも大して力もない私では何の痛痒も与えられず、簡単に両足を掴まれてしまった。

 駄目だ。このままだと……。

 更に帝国兵は私の所に殺到してきている。

 城門が完全に閉じ切った今、目標が私しか居ないからだ。

 弓矢による援護にも限りがある。

 いずれはこの男以外にもこの場所にたどり着き、私は引きずり降ろされてしまうだろう。

 そんなの嫌だっ。

「放せっ! このぉっ!」

 体を左右に思い切り揺さぶりながら私は暴れ続けた。

『ミギに行ケッ!』

 頭上からグラジオスの声が降ってくる。

 その言葉は日本語で発されており、私とグラジオスの間でしか通じない言葉だった。

 つまり、私はグラジオスがどういう攻撃を狙っているのか分かるけれど、この男には分からないのだ。

 咄嗟によく思いついたなと感心するけど、称賛している暇はない。

 私は痛みを我慢してそのまま左右に体を振り続け――。

「やって!」

 一際大きく体を右に揺さぶる。

 その刹那の時間を、グラジオスは見逃さなかった。私の体ギリギリを光が通り抜け、狙い過たず男の眉間に突き刺さる。

 男の体から力が抜け、音もなくその場に崩れ落ちた。

「急いで引き上げろっ」

 グラジオスの命令が聞こえて来るよりも早く、ロープは私の体を天高く上昇させていき――。

「グラジオスっ」

 私は再びグラジオスの腕の中に帰ってきていた。

「雲母っ」

 グラジオスが私を、私がグラジオスを激しく掻き抱く。

 本当にダメかと思った。今回こそは別れを覚悟した。

 でも今はこうしていられる。

 みんなに助けられて、私は今も大好きな人とこうして抱き合っていられる。

 なんて、なんて幸せなんだろう。

 こんな状況だというのに、本当に心の底から幸せを感じていた。

「殿下」

 そんな私達の間に冷静な声が割って入る。

 私の茹った頭に冷や水が浴びせられ、私の意識は一瞬で現実に回帰させられてしまう。

 まだ戦争は終わっていないのだ。

 兵士はグラジオスの命令を待っている。

「すまん」

 グラジオスはパッと体を放し、指揮官の顔に戻ってしまった。

「追撃は可能か?」

「いえ、全員ほとんど矢がありません」

 そう言われて気付いたのだが、辺りには矢筒が散乱していた。

 一度の戦闘で一つの矢筒を空にする間に戦闘は終わると言われているのに、複数の矢筒を使い切ったのだ。今回の戦闘の激しさを物語っていた。

「では補給後警戒に当たれ」

「はっ」

 その場に居た弓兵達が敬礼をする。

 私は彼らに命を救われたのだ。感謝の気持ちを込めて、お礼の言葉と共に深々と頭を下げた。

「あ……」

 そういえば私のロープを引き上げてくれた兵士は……。

 急いで辺りを見回して、一人の兵士がお腹に矢を生やして座り込んでいるのを発見する。その隣に彼の身を案じている兵士も居た。

 二人そろってとりあえず命はあったようだ。

 私は小走りに二人の下へと駆け寄った。

「良かった。無事……とは言えないけどとりあえず生きてて良かった」

 処置室で何人も見て来たのだ。死んでしまうような怪我かどうかの判断は出来る。今は矢で血管が押さえられていて出血もさほどでもないようだし、手術ミスでもしない限りは大丈夫だろう。

 なんて事を考えて居たのだが、沈黙した私が怒っているとでも思ったのだろうか。二人はどんよりとした表情で頭を垂れ、口々に謝罪の言葉を垂れ流していく。

「も、申し訳ありません。自分が矢を受けて倒れた時にコイツを巻き込んでしまい……」

「自分がしっかりしていれば雲母様を危険な目に……」

 どちらかと言うとその暗さに嫌気がさすのだが。

 これ以上暗い考えになりたくない!

「ハイ、謝罪禁止。私は二人がよくやってくれたと思ってるし、二人が居てくれたから成功したんだよ。むしろ誇っていいの」

「そうだ、二人には感謝している」

 後ろからグラジオスが会話に参加してきた。

 弓兵やそれ以外の兵士たちへの指示は終わったらしい。

「最後に引き上げてくれたのはこの二人だからな」

「って事はお腹に矢が刺さったまま? うわ、ごめんね。痛かったでしょ」

 お詫びに……っていうかお礼か。何かプレゼントとかの方がいっかな?

 それとも報酬?

「いえ、雲母様は命をかけてらっしゃったのですから痛みなど比べ物になりません」

「その傷、下手に動くと死ぬよ? 痛み程度じゃないの。貴方も命をかけて私を救ってくれたんだよ。ホント、ありがとね」

 とりあえず何も思いつかなかった私は、二人の手を取って握手をする。

 上下に手を振りながらグラジオスの方を振り返り、

「なんかご褒美とかあげられないの?」

 なんて提案をしてみたのだが……。

 二人はやたらと恐縮しまくり、首を横にぶんぶんと振りまくって辞退しようとする。

 どうしようかなと考えて居たら、先ほどグラジオスに話しかけて来た真面目そうな弓兵が挙手をした。

「自分も先ほど雲母様を掴んでいる無頼漢を射抜くという功績を上げましたので、褒美の内容を提案させてよろしいでしょうか?」

「うえっ!? そうだったの、ありがとー!!」

 やばっ。グラジオスが助けてくれたんだと思ってた。

 ……そうか、考えてみれば剣の腕もあんまり大したことないのに弓なんてもっとだよね。

 そこら辺冷静に判断できるのは……いいんだか悪いんだか……。

 むう、ちょっともにょもにょする。

 女の子としてはグラジオスにさっそうと助けて欲しかったなぁ、なんて。

「さっさと戴冠して王になり、我々を安心させてくださいませ」

「あー……」

「それは……」

 私とグラジオスは思わず顔を見合わせてしまった。

 そりゃもう全くを持ってその通り。何が何でも早くしなきゃなんない事だったのだ。

 色々あって先延ばしにしていたのだが、いい加減先延ばしにしすぎだろう。

 まあ、私と結婚できないなら王なんてやらないって言ってたグラジオスの責任が十割ぐらいあるのだが。

「雲母様も早く王妃としての御自覚を持っていただきたい」

 うーあー聞こえない聞こえない。確かにこんなバカやるのって絶対王妃になったら出来ないよね。

 王妃じゃなくてもやらないとか言われそうな気がするけど。

 おい、なんでアンタまでうんうん頷いてんのよグラジオス。アンタも言われてるでしょ。

「……この様に失礼な事を口にする機会を褒美としていただけませんでしょうか」

「それはダメ。こんなのご褒美じゃないし。いつでも言ってくれていいの」

「そうだな。そこは俺も雲母に同感だ」

 だよね~。部下が委縮して上司に意見もできないとか碌な組織じゃないよ。

 って……この人笑ってる? なんでだろ。

「失礼ながら、先王の時代はこういった物言いは絶対に出来ませんでした。カシミールのヤツめもです。殿下でしたら良い時代を作っていただけると信じております」

 私は立ち上がるとグラジオスの脇腹をちょいちょいっと突っつく。

 これは『私達』の仕事だ。

 グラジオスはしかつめらしい顔をして頷くと、

「了解した。未来を貴君らの褒美とするわけだな。分かった、ありがとう」

 これだけ賢い人ならば、褒美なんてそう簡単に出せる台所事情にないことも察しが付いていたのではないだろうか。

 それに私達が色々と気に病んでいる事も。

 だからこんな風に言ってくれて……。

 こういう人ってホント貴重だから大切にしないといけないよね。

「そういえば殿下。危険を共に乗り越えた男女は燃え上がりやすい状態になっていると聞きます。是非今夜お決めになられては」

 訂正。こいつの口は今すぐ縫い合わせるべきだ。

 何けしかけてんの?

 グラジオスもちょっと期待してます的な視線向けてこないでよね。結婚するまでしないとかじゃなかったの、このドスケベ。

 決めた。今日は別々に寝る。そうしないと絶対危ない。

 私はそう心に強く決めたのだった。
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