『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第119話 新たな一歩を踏み出すために

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「あー……これもだいぶ計算間違ってるなぁ」

 王都で行うべき所領からの税金管理だが、前線まで持ってきてもらう事になっている。

 その数字をひとつひとつ確認していたのだが、どうにも適当な計算を行う代官が居るのか、間違いが多かったりするのだ。

 ちなみにザルバトル公爵からの書類にもっとも間違いが多い辺り、部下にも領主の性格がうつっている気がしないでもない。

 計算機なんて便利な物はないのでソロバン代わりに銅貨と銀貨を並べて計算をしては訂正の用紙を添付していった。

 十枚ほど確認したところでトントンとドアがノックされる。

「はぁ~い」

「失礼します」

 一礼して入って来たのはエマで、手には何故か化粧道具や櫛などが握られている。

 お茶やお菓子が来るかな、とちょっと期待したのだが、外れてしまって肩透かしを食らってしまった。

「雲母さん、書類仕事ご苦労様です」

「ん~、こういうのは出来る時にしときたいしね~」

 帝国の大規模攻勢を退けてから一週間。それから不気味なくらい静かな日々が続いていた。

 諦めてくれたのなら有難いけれど、そんな事は絶対にないだろう。

 必ずまた攻めて来ると分かっているからこそ、私達はこうしてここに留まっているのだ。

「あんまり無理しないでくださいね」

「ういうい~」

 エマは私と会話しながら持ってきた物をベッドの上に置き、そのままクローゼットを開いて物色し始める。

 大方演奏のための衣裳選びだろうと予想がついたので私はエマを放置して書類へ視線を落とした。

「今日はこの色がいいなとかあります?」

「ん~、青系かなぁ」

「分かりました」

 その後もエマはうんうん唸りながら衣裳を選び、結局着物に似せた感じの衣裳をチョイスする。

 深い蒼色に様々な色の糸による筋が入った爽やかな印象を与えるとともに、袖口にあしらわれた赤い紐が実に日本的な雰囲気を醸し出している私もお気に入りの一品だ。

 それから私の髪を櫛で梳くと色んな形のウィッグを付けては正面に回り込んで首を振ったりひたすらエマのおもちゃにされてしまう。

 私としてはなんか面白かったので、エマをひたすら無視しようとして、結局しきれずにチラチラとエマの顔を見て含み笑いを漏らす、なんてことをしながら時間は過ぎていき……。

 書類の確認が五枚ほど進んだところで、よしと頷かれてしまった。

 どうやら納得いく組み合わせが決まったらしい。

 私は硬貨を全て引き出しの中にざざーっと流しいれると書類の上に重しを乗せてから立ち上がる。

「着ればいいんでしょ」

「はい」

 エマの方がこの世界のセンスに合致している分、衣裳選びは彼女に頼る立場なのだ。

 場の雰囲気とかを鑑みたら、エマに従っておいて損はないだろう。

「今日は何するの? 普通の演奏って雰囲気でもなさそうだけど」

 定期的に行っている演奏は、夜に行う事が多い。

 太陽がだいぶ高い位置にある今からその準備をするとは考えにくかった。

「殿下の戴冠式ですよ」

「おおっ!」

 あの歯に衣着せぬ物言いをする弓兵に言われたからだろう。グラジオスはとうとうこの国の王になるつもりなのだ。

 というかいい加減覚悟決めなよって思いの方が大きかったので、驚きよりもようやくかという感じだが。

 そこでふと別の可能性に思い当たってしまった。

 グラジオスが王になる事を渋っていた理由は私だ。

 そのグラジオスが王になるってことは……。

「ね、ねえ。もしかして結婚式も一緒にやっちゃうとかそんな事あったりするの?」

 急にエマが私の衣裳を色々見繕ったりする理由がこれで何となく説明できる気がする。

 というかそれしかない。

 私を逃がさない様に強襲したのでは? などと勘繰ってしまったのだが。

「いえ、結婚式はさすがにまだですね」

「ホントに? 嘘だったらみんなの前で胸揉むよ?」

 そういえば最近あのふかふかな膨らみに触れてないなぁ……。

「本当です。結婚指輪もまだですから」

「そっか」

 戦闘が終わってから大変になるのが彼ら職人だ。

 武器の修理に始まり矢の作成など、それこそ山の様に仕事が積み重なっている。

 特に矢は前の戦闘でかなりの本数を消費してしまったために急いで作らなければならないのだ。

 一応補給として運ばれて来てもいるのだが、消費量に追い付いていないのが現状である。

 そんな中で結婚指輪など作れるはずもなかった。

 とりあえず即結婚という事態にならなくて少し胸を撫で下ろす。

 結婚が嫌なわけではないのだが、結婚すると国母だなんだのと言われてプレッシャーが凄いのだ。

 もうちょっと二人でラブラブしてたいのに……。

「それじゃあ着替えてください。手伝いますから」

「りょーかい」

 それから十分もしない内に着替えを完了させたのだった。






「急いだほうがいい?」

 私は振袖を翻しながら駆けていく。お供してくれているエマも私と同じような和風テイストの白と紅を基調にした衣裳を着て、手には竪琴を持っている。

「いえ、予定時刻はまだまだ先ですが……」

「ですが?」

「早いに越したことはないでしょうね」

 だよね。

 私は頷くと速度を更に上げて中庭へと走って行った。







 中庭では既に沢山の兵士達がたむろしており、その中心には木箱を並べて作ったと思われる急造の舞台があった。

 その舞台には――。

「ハイネー!」

 私は命の恩人である舎弟に向かってぶんぶか腕を振り回す。

 ハイネは私達に気付き、右手を上げようとして思いきり顔をしかめた。

 私を助けるために、ハイネは片手で私の事を持ち上げてくれたのだが、その際右肘の関節が一瞬だけ外れてしまったらしい。その状態で重い物(私の体重は三十×キログラムだけど、片手で持つには重すぎるだろう)を持ったために筋を痛めてしまっていた。

「無理しないでくださいっ」

 エマが声をあげながら慌てて走り寄っていく。

 私もその後ろをついていき、三人で舞台の上に集まった。

 グラジオスの姿が見えないため、ビリはグラジオスの様だ。

「痛むなら演奏しなくていいんだよ?」

 ハイネの前にはいつもの様にドラムが置いてある。

 とはいえ配置が少し左寄りになっているため、左メインで演奏するつもりなのだろうが、かなり無茶苦茶だ。

「自分は姉御の演奏に一生ついてくって決めたんで、意地を通させてくださいっす」

 やっぱり無理はしてるのね。

「姉御に救われたこの命、最期まで燃やし尽くす所存っす!」

 ハイネはバチを左手でググッと握り込むと、メラメラと決意を両目に宿らせる。

 熱い、というか暑苦しいよハイネ。

 ハイネはオーギュスト伯爵と共に突撃を敢行したのだが、撤退するにあたって死を覚悟したらしい。

 でも私が囮になったことで無事逃げ延びれたとか言っていたが……その後私の命を救ってくれたのだから恩に思わなくていいのに。

「ハイネも私の命を救ってくれたんだからおあいこ。というか最期までなんて言うなら今は怪我を治すことに専念して」

「いや、それは……。自分も演奏できる機会を逃したくないっす」

「始めからそう言いなさい」

 まあ、両方の気持ちがあってブーストされちゃったってのが本心なんだろうけど。

 分かる、分かるよぉ。

 私も歌える機会を絶対に逃したくないしさ。

「さて……じゃあ曲はどうする? グラジオス来てないし急だから何も考えてないんだけど」

 戴冠式でしょ? どんな曲が合うのかなぁ。

 なんて考えて居たら……。

「グラジオス殿下の御成ぁりぃ~」

 ファンファーレと共にそんな仰々しい声が聞こえて来た。

 古風過ぎない? って思ったけれど、本来はそういうものであって私の今までの感覚がおかしいのだろう。

 大体グラジオスが気安すぎるのが悪い。

 そんな事を思いながら出て来たグラジオスに視線を移して――。

「あ……」

 頭が真っ白になってしまった。

 髪を整え、正装をきっちり着こなし、力強い足取りで歩いてくる様は……。

 やだ……どうしよ。絶対顔赤くなってる。

 なんだろ、その……こういうグラジオスって恋人関係になってから始めてで……。

 意識して見たらホントにヤバいの!

 うあ~、落ち着け私。落ち着け~。お願いだから私の心臓止まって~~ってダメじゃん。心臓止まったら死んじゃう。

 あ~も~どうしよ~~。

 なんてパニクってる間にグラジオスは私の前にまで来てしまった。

 私はどうしていいか分からず、両手をグーにして口もとに当て、おろおろと視線を彷徨わせながらせわしなくタップを踏んでいて、もう明らかに不審者ですって全身で白状しているようなものだ。

 だというのにグラジオスも何故かまともに私の方を見ようとせず、うーあーと言葉にならないうめき声を出している。

 しばらく二人でそのまま戸惑っていたら……。

「殿下。雲母どのに見蕩みとれるのは後にしてくださいませ」

 オーギュスト伯爵が助け舟を出してくれた。どうやらグラジオスと一緒に来ていたらしい。

 見てなくてごめんなさいっ。

 私も……グラジオスに見蕩みとれてました。

「う、うむ」

 グラジオスはわざとらしく咳ばらいをした後、観客と化している兵士達へと視線を向けて……。

「わ、笑うんじゃないっ」

 めっちゃニヤニヤされてました。

「殿下~。未来の奥様が戸惑ってらっしゃいましたよ~」

「歌姫様を落とすとは全ての運を使い切ったんじゃないですか~」

 なんてヤジも飛んできたが、とりあえず顔を真っ赤にしながら無視して……というか多分グラジオスもパニックになっていたのだろう。

「戴冠式を始めるっ!」

 なんて自分で宣言してしまった。

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