『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
128 / 140

第127話 私達はひとつになった

しおりを挟む
 戦闘が終わった後のグラジオスは酷く消耗しているように見える。日に幾度もある戦闘に、ほぼ出っ放しだから衰弱して当然と言えば当然だ。

 私はまだ薬を飲んでどんな場合でも強制的に休むことが出来たが、グラジオスはそうもいかない。いつでも、どんな状況でも報告に叩き起こされてしまう。

 もう限界だった。

「グラジオス、寄り添うようにしてもたれかかって。兵の見てる前では倒れたくないでしょ」

 私はグラジオスの隣に立つと、彼の腰に手を回して体を支える。

 グラジオスはもはや気力だけで立っている様な状態だった。

「ああ、ありがとう」

 そうやって抱き合うふりをしながら戦場を後にする。兵士達にはもう気付かれているかもしれないが、それでも折れていない姿を見せる事には意味があるはずだった。

 私はグラジオスの装備を外してからベッドに寝かしつけ、自分の部屋に戻る。

 そして――決意した。

 この戦争はいずれ敗北してしまうだろう。

 この国は蹂躙され、何もかもを奪われ、空の王座には操り人形が座る。

 そんな未来しか残っていない。

 そんなの嫌だ。

 嫌だから……私が変える。

 そう、決意した。







 私は準備を整えた後、グラジオスの私室に向かう。

 荷物を手にして何も言わずに扉を開けて――。

「グラジオスっ、何してるの!?」

 既に起き出して手紙を認めているグラジオスの姿を見て悲鳴を上げてしまう。

 本当に、自分の事をもっと考えて欲しい。

「グラジオスが休める様に、今から丸一日は誰も近寄らせないでってお義父さんに頼んで来たのっ」

 私はグラジオスの下へと走り寄り、書きかけの手紙とペンをひったくると壁に向かって放り投げる。

 インクが飛んで壁に黒い線を描くがそんな事よりも大事なのはグラジオスの体調なのだ。

「休むのっ」

 グラジオスの腕を掴んで引っ張り、ベッドまで連れて行くと……押し倒した。

「少なくとも半日は寝て。いい?」

「だがな……」

「だがじゃないのっ!」

 私はこんなにグラジオスを心配してるのに、なんで分かってくれないのっ、バカぁ。

 グラジオスが壊れていくところなんて絶対に見たくないのに……それなのに……。

「雲母。頼む、やらせてくれ」

 手紙の続きを書きたいのだろう。あて先はどこかの王か貴族か。何らかの助力を願う内容なのだろう。分かっている。だって今まで何枚も何枚も書いて……その全てから返事など来ていない。

 私達は、見捨てられている。

 それでもグラジオスは諦めずに居るのだ。

 全ては――。

「俺はお前を失いたくないんだ」

 グラジオスが組み伏せられた体勢のままそっと腕を伸ばし、私の頬に触れる。

 その指先にはペンダコが出来てゴツゴツしており、彼の苦労がそれだけで伝わって来てしまう。

 私が大事だから、ここまでしてくれているのだ。でも――。

「……その前にグラジオスが壊れちゃうよ」

 それじゃあ意味がない。私は、私達は、二人で居られることを望んでいるのだから。

「頼む、雲母」

 きっとグラジオスはその未来を今でも信じている。

 明るい未来を、二人で過ごす未来を。

 ――私と違って。

「ねえ、グラジオス。一日が難しかったら半日でいいの」

 私は私の頬に添えられたグラジオスの手に私の手を重ね、グラジオスのまっすぐな視線に、私の視線を絡ませる。

「あなたの半日を、私にちょうだい」

 はしたないなんて思わないで欲しい。

 こんな時に、なんて考えないで欲しい。

 今この場所に居るのは私とグラジオスだけ。

 好き合って、愛し合っている二人だけ。

 私達にはもう、今しかない。この時この場所しか残されていないのだ。

「お、おま……」

 この体勢と状況から、私の言っている意味を正しく理解してくれたグラジオスは、動揺を隠せないのか戸惑いを隠せず二の句が継げていない。

 それでも彼の瞳は私を捕らえて放さなかった。

「グラジオス、これ見て」

 私はポケットから小さな麻袋を取り出すと、グラジオスのお腹の上に中身を落とす。

「これは……」

「うん、結婚指輪」

 誰のかなんて言う必要はない。

 これで私達は夫婦になれる。本当は書類の方が正式なのだろうけど、私はそっちよりもグラジオスとの誓いの方が思い出に、強い絆になると信じられるから……。

「これ凄いんだよ」

 私は二つの指輪を指先でつまみ上げると、重ね合わせて一つの指輪を形作った。

「私達は一つになって離れないの。ずっと一つになれる。素敵でしょ」

「……ああ」

 グラジオスも金と銀が絡み合う指輪の精緻さに思わず感嘆の吐息をもらす。どうやら気に入ってくれたみたいだった。

 私は指輪を二つに分けると、径の小さい方をグラジオスに。大きい方を私が持つ。

 そして……。

「病める時も健やかなる時も……」

 口ずさむ。

 うろ覚えの誓いの言葉を。

 不思議な事に、思っていたよりも緊張も胸の高鳴りも無かった。

 もう私達は強く結びついてしまっていて、わざわざこうして宣言し直すほど特別な事じゃなかったからかもしれない。

「死が二人を別かつとも、私、井伊谷雲母……じゃなかった。雲母・ローレンは、グラジオス・アルザルドを愛することを誓います」

 次はグラジオスだよ、と視線だけで告げる。

 ……いきなりすぎないか、なんて気分盛り下げるような事言わないの。も~。

 でも……こういう方が私達らしいかも、なんて思ってしまい、少しだけ笑いがこみ上げてきてしまう。

 グラジオスも笑い返してくれて……その微笑みが消えぬままに、

「神と父祖の名の下に置いて、グラジオス・アルザルドは雲母・ローレンを妻とし、幸せも、苦難も、共に育み、共に耐え、共に生きる事を誓う」

 誓いをくれる。

 じゃあ指輪を交換かな、と思ったら……。

「待ってくれ。さすがにこの体勢ではやり辛い」

 なんて水を差されてしまい、なんかもう、おかしくてたまらなくなってしまった。

 私は笑う。

 グラジオスのお腹の上に馬乗りになった状態で、声を上げて笑う。

 グラジオスも楽しくて仕方がないといったように笑ってくれる。

 久しぶりだった。こんなに心の底から自然に笑えたのは。

 嬉しくて楽しくて、二人で額をくっつけあい、頬を寄せ合って笑い合った。

「あ~、おかし……ふふっ」

「だな」

「これが結婚式なの? って言われちゃうかも」

「だが、これが一番俺たちらしい」

 グラジオスもそう思ってくれるんだ。

 同じことを考えてくれてて、とっても嬉しい。

 よっ、という掛け声と共に、座布団にしていたグラジオスが起き上がる。

 自然と私の位置もずれてグラジオスの膝の上にちょこんっと座った。

 私とグラジオス。二人の胸と胸の間にある小さな空間の中で、私達は手を取り合う。

 まずはグラジオスが私の左手薬指に指輪を通してくれる。

 この世界でもそういう所は変わらないんだなってちょっと感心して……、

「はっ、あ……やっと……やっと……」

 変わらないと思っていたのに、それは心の奥底に溜まっていただけだった。

 私の中で爆発的に膨れ上がった感情が、涙となってあふれ出す。

 嬉しい、大好き、そんな言葉じゃあこの気持ちは表しきれない。私はもう…。

「雲母」

 私の頬が大きく温かい指の腹で拭われる。

 ぼやけていた視界が一瞬だけクリアになって、また涙のカーテンで覆われてしまう。グラジオスの顔を見ていたいのに、私自身がそれを邪魔している。

 本当に、私って我慢できない弱い人間なんだなぁ。

 私は手探りでグラジオスの左手を手繰り寄せると、その薬指に誓いを結んだ。

「グラジオス……グラジオス……」

 私はうわごとのように彼の名前を呼び、グラジオスは私を掻き抱いて……。

「雲母っ!」

 何度も何度も貪るように口づける。

「好きだ。愛してるっ」

「私も、私もだよ」

 口に、頬に、口づけの雨を降らせていく。

 私の頬を濡らす涙は私のだろうか、それともグラジオスの物だろうか。

 分からないけれど、それでいい。私達は今まさに溶けてひとつになろうとしているのだから。

「ずっとお前が欲しかった。お前だけが欲しかった」

「私もグラジオスが欲しい。私の全てを貰って欲しい、知って欲しい。あげる。私の全部をあげるから……」

「ああ、ずっと一緒に居よう。ずっと、ずっと……」

 そして私達はひとつになった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。  文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。  そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。  もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。 「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」  ......って言われましても、ねぇ?  レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。  お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。  気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!  しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?  恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!? ※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...