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第127話 私達はひとつになった
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戦闘が終わった後のグラジオスは酷く消耗しているように見える。日に幾度もある戦闘に、ほぼ出っ放しだから衰弱して当然と言えば当然だ。
私はまだ薬を飲んでどんな場合でも強制的に休むことが出来たが、グラジオスはそうもいかない。いつでも、どんな状況でも報告に叩き起こされてしまう。
もう限界だった。
「グラジオス、寄り添うようにしてもたれかかって。兵の見てる前では倒れたくないでしょ」
私はグラジオスの隣に立つと、彼の腰に手を回して体を支える。
グラジオスはもはや気力だけで立っている様な状態だった。
「ああ、ありがとう」
そうやって抱き合うふりをしながら戦場を後にする。兵士達にはもう気付かれているかもしれないが、それでも折れていない姿を見せる事には意味があるはずだった。
私はグラジオスの装備を外してからベッドに寝かしつけ、自分の部屋に戻る。
そして――決意した。
この戦争はいずれ敗北してしまうだろう。
この国は蹂躙され、何もかもを奪われ、空の王座には操り人形が座る。
そんな未来しか残っていない。
そんなの嫌だ。
嫌だから……私が変える。
そう、決意した。
私は準備を整えた後、グラジオスの私室に向かう。
荷物を手にして何も言わずに扉を開けて――。
「グラジオスっ、何してるの!?」
既に起き出して手紙を認めているグラジオスの姿を見て悲鳴を上げてしまう。
本当に、自分の事をもっと考えて欲しい。
「グラジオスが休める様に、今から丸一日は誰も近寄らせないでってお義父さんに頼んで来たのっ」
私はグラジオスの下へと走り寄り、書きかけの手紙とペンをひったくると壁に向かって放り投げる。
インクが飛んで壁に黒い線を描くがそんな事よりも大事なのはグラジオスの体調なのだ。
「休むのっ」
グラジオスの腕を掴んで引っ張り、ベッドまで連れて行くと……押し倒した。
「少なくとも半日は寝て。いい?」
「だがな……」
「だがじゃないのっ!」
私はこんなにグラジオスを心配してるのに、なんで分かってくれないのっ、バカぁ。
グラジオスが壊れていくところなんて絶対に見たくないのに……それなのに……。
「雲母。頼む、やらせてくれ」
手紙の続きを書きたいのだろう。あて先はどこかの王か貴族か。何らかの助力を願う内容なのだろう。分かっている。だって今まで何枚も何枚も書いて……その全てから返事など来ていない。
私達は、見捨てられている。
それでもグラジオスは諦めずに居るのだ。
全ては――。
「俺はお前を失いたくないんだ」
グラジオスが組み伏せられた体勢のままそっと腕を伸ばし、私の頬に触れる。
その指先にはペンダコが出来てゴツゴツしており、彼の苦労がそれだけで伝わって来てしまう。
私が大事だから、ここまでしてくれているのだ。でも――。
「……その前にグラジオスが壊れちゃうよ」
それじゃあ意味がない。私は、私達は、二人で居られることを望んでいるのだから。
「頼む、雲母」
きっとグラジオスはその未来を今でも信じている。
明るい未来を、二人で過ごす未来を。
――私と違って。
「ねえ、グラジオス。一日が難しかったら半日でいいの」
私は私の頬に添えられたグラジオスの手に私の手を重ね、グラジオスのまっすぐな視線に、私の視線を絡ませる。
「あなたの半日を、私にちょうだい」
はしたないなんて思わないで欲しい。
こんな時に、なんて考えないで欲しい。
今この場所に居るのは私とグラジオスだけ。
好き合って、愛し合っている二人だけ。
私達にはもう、今しかない。この時この場所しか残されていないのだ。
「お、おま……」
この体勢と状況から、私の言っている意味を正しく理解してくれたグラジオスは、動揺を隠せないのか戸惑いを隠せず二の句が継げていない。
それでも彼の瞳は私を捕らえて放さなかった。
「グラジオス、これ見て」
私はポケットから小さな麻袋を取り出すと、グラジオスのお腹の上に中身を落とす。
「これは……」
「うん、結婚指輪」
誰のかなんて言う必要はない。
これで私達は夫婦になれる。本当は書類の方が正式なのだろうけど、私はそっちよりもグラジオスとの誓いの方が思い出に、強い絆になると信じられるから……。
「これ凄いんだよ」
私は二つの指輪を指先でつまみ上げると、重ね合わせて一つの指輪を形作った。
「私達は一つになって離れないの。ずっと一つになれる。素敵でしょ」
「……ああ」
グラジオスも金と銀が絡み合う指輪の精緻さに思わず感嘆の吐息をもらす。どうやら気に入ってくれたみたいだった。
私は指輪を二つに分けると、径の小さい方をグラジオスに。大きい方を私が持つ。
そして……。
「病める時も健やかなる時も……」
口ずさむ。
うろ覚えの誓いの言葉を。
不思議な事に、思っていたよりも緊張も胸の高鳴りも無かった。
もう私達は強く結びついてしまっていて、わざわざこうして宣言し直すほど特別な事じゃなかったからかもしれない。
「死が二人を別かつとも、私、井伊谷雲母……じゃなかった。雲母・ローレンは、グラジオス・アルザルドを愛することを誓います」
次はグラジオスだよ、と視線だけで告げる。
……いきなりすぎないか、なんて気分盛り下げるような事言わないの。も~。
でも……こういう方が私達らしいかも、なんて思ってしまい、少しだけ笑いがこみ上げてきてしまう。
グラジオスも笑い返してくれて……その微笑みが消えぬままに、
「神と父祖の名の下に置いて、グラジオス・アルザルドは雲母・ローレンを妻とし、幸せも、苦難も、共に育み、共に耐え、共に生きる事を誓う」
誓いをくれる。
じゃあ指輪を交換かな、と思ったら……。
「待ってくれ。さすがにこの体勢ではやり辛い」
なんて水を差されてしまい、なんかもう、おかしくてたまらなくなってしまった。
私は笑う。
グラジオスのお腹の上に馬乗りになった状態で、声を上げて笑う。
グラジオスも楽しくて仕方がないといったように笑ってくれる。
久しぶりだった。こんなに心の底から自然に笑えたのは。
嬉しくて楽しくて、二人で額をくっつけあい、頬を寄せ合って笑い合った。
「あ~、おかし……ふふっ」
「だな」
「これが結婚式なの? って言われちゃうかも」
「だが、これが一番俺たちらしい」
グラジオスもそう思ってくれるんだ。
同じことを考えてくれてて、とっても嬉しい。
よっ、という掛け声と共に、座布団にしていたグラジオスが起き上がる。
自然と私の位置もずれてグラジオスの膝の上にちょこんっと座った。
私とグラジオス。二人の胸と胸の間にある小さな空間の中で、私達は手を取り合う。
まずはグラジオスが私の左手薬指に指輪を通してくれる。
この世界でもそういう所は変わらないんだなってちょっと感心して……、
「はっ、あ……やっと……やっと……」
変わらないと思っていたのに、それは心の奥底に溜まっていただけだった。
私の中で爆発的に膨れ上がった感情が、涙となってあふれ出す。
嬉しい、大好き、そんな言葉じゃあこの気持ちは表しきれない。私はもう…。
「雲母」
私の頬が大きく温かい指の腹で拭われる。
ぼやけていた視界が一瞬だけクリアになって、また涙のカーテンで覆われてしまう。グラジオスの顔を見ていたいのに、私自身がそれを邪魔している。
本当に、私って我慢できない弱い人間なんだなぁ。
私は手探りでグラジオスの左手を手繰り寄せると、その薬指に誓いを結んだ。
「グラジオス……グラジオス……」
私はうわごとのように彼の名前を呼び、グラジオスは私を掻き抱いて……。
「雲母っ!」
何度も何度も貪るように口づける。
「好きだ。愛してるっ」
「私も、私もだよ」
口に、頬に、口づけの雨を降らせていく。
私の頬を濡らす涙は私のだろうか、それともグラジオスの物だろうか。
分からないけれど、それでいい。私達は今まさに溶けてひとつになろうとしているのだから。
「ずっとお前が欲しかった。お前だけが欲しかった」
「私もグラジオスが欲しい。私の全てを貰って欲しい、知って欲しい。あげる。私の全部をあげるから……」
「ああ、ずっと一緒に居よう。ずっと、ずっと……」
そして私達はひとつになった。
私はまだ薬を飲んでどんな場合でも強制的に休むことが出来たが、グラジオスはそうもいかない。いつでも、どんな状況でも報告に叩き起こされてしまう。
もう限界だった。
「グラジオス、寄り添うようにしてもたれかかって。兵の見てる前では倒れたくないでしょ」
私はグラジオスの隣に立つと、彼の腰に手を回して体を支える。
グラジオスはもはや気力だけで立っている様な状態だった。
「ああ、ありがとう」
そうやって抱き合うふりをしながら戦場を後にする。兵士達にはもう気付かれているかもしれないが、それでも折れていない姿を見せる事には意味があるはずだった。
私はグラジオスの装備を外してからベッドに寝かしつけ、自分の部屋に戻る。
そして――決意した。
この戦争はいずれ敗北してしまうだろう。
この国は蹂躙され、何もかもを奪われ、空の王座には操り人形が座る。
そんな未来しか残っていない。
そんなの嫌だ。
嫌だから……私が変える。
そう、決意した。
私は準備を整えた後、グラジオスの私室に向かう。
荷物を手にして何も言わずに扉を開けて――。
「グラジオスっ、何してるの!?」
既に起き出して手紙を認めているグラジオスの姿を見て悲鳴を上げてしまう。
本当に、自分の事をもっと考えて欲しい。
「グラジオスが休める様に、今から丸一日は誰も近寄らせないでってお義父さんに頼んで来たのっ」
私はグラジオスの下へと走り寄り、書きかけの手紙とペンをひったくると壁に向かって放り投げる。
インクが飛んで壁に黒い線を描くがそんな事よりも大事なのはグラジオスの体調なのだ。
「休むのっ」
グラジオスの腕を掴んで引っ張り、ベッドまで連れて行くと……押し倒した。
「少なくとも半日は寝て。いい?」
「だがな……」
「だがじゃないのっ!」
私はこんなにグラジオスを心配してるのに、なんで分かってくれないのっ、バカぁ。
グラジオスが壊れていくところなんて絶対に見たくないのに……それなのに……。
「雲母。頼む、やらせてくれ」
手紙の続きを書きたいのだろう。あて先はどこかの王か貴族か。何らかの助力を願う内容なのだろう。分かっている。だって今まで何枚も何枚も書いて……その全てから返事など来ていない。
私達は、見捨てられている。
それでもグラジオスは諦めずに居るのだ。
全ては――。
「俺はお前を失いたくないんだ」
グラジオスが組み伏せられた体勢のままそっと腕を伸ばし、私の頬に触れる。
その指先にはペンダコが出来てゴツゴツしており、彼の苦労がそれだけで伝わって来てしまう。
私が大事だから、ここまでしてくれているのだ。でも――。
「……その前にグラジオスが壊れちゃうよ」
それじゃあ意味がない。私は、私達は、二人で居られることを望んでいるのだから。
「頼む、雲母」
きっとグラジオスはその未来を今でも信じている。
明るい未来を、二人で過ごす未来を。
――私と違って。
「ねえ、グラジオス。一日が難しかったら半日でいいの」
私は私の頬に添えられたグラジオスの手に私の手を重ね、グラジオスのまっすぐな視線に、私の視線を絡ませる。
「あなたの半日を、私にちょうだい」
はしたないなんて思わないで欲しい。
こんな時に、なんて考えないで欲しい。
今この場所に居るのは私とグラジオスだけ。
好き合って、愛し合っている二人だけ。
私達にはもう、今しかない。この時この場所しか残されていないのだ。
「お、おま……」
この体勢と状況から、私の言っている意味を正しく理解してくれたグラジオスは、動揺を隠せないのか戸惑いを隠せず二の句が継げていない。
それでも彼の瞳は私を捕らえて放さなかった。
「グラジオス、これ見て」
私はポケットから小さな麻袋を取り出すと、グラジオスのお腹の上に中身を落とす。
「これは……」
「うん、結婚指輪」
誰のかなんて言う必要はない。
これで私達は夫婦になれる。本当は書類の方が正式なのだろうけど、私はそっちよりもグラジオスとの誓いの方が思い出に、強い絆になると信じられるから……。
「これ凄いんだよ」
私は二つの指輪を指先でつまみ上げると、重ね合わせて一つの指輪を形作った。
「私達は一つになって離れないの。ずっと一つになれる。素敵でしょ」
「……ああ」
グラジオスも金と銀が絡み合う指輪の精緻さに思わず感嘆の吐息をもらす。どうやら気に入ってくれたみたいだった。
私は指輪を二つに分けると、径の小さい方をグラジオスに。大きい方を私が持つ。
そして……。
「病める時も健やかなる時も……」
口ずさむ。
うろ覚えの誓いの言葉を。
不思議な事に、思っていたよりも緊張も胸の高鳴りも無かった。
もう私達は強く結びついてしまっていて、わざわざこうして宣言し直すほど特別な事じゃなかったからかもしれない。
「死が二人を別かつとも、私、井伊谷雲母……じゃなかった。雲母・ローレンは、グラジオス・アルザルドを愛することを誓います」
次はグラジオスだよ、と視線だけで告げる。
……いきなりすぎないか、なんて気分盛り下げるような事言わないの。も~。
でも……こういう方が私達らしいかも、なんて思ってしまい、少しだけ笑いがこみ上げてきてしまう。
グラジオスも笑い返してくれて……その微笑みが消えぬままに、
「神と父祖の名の下に置いて、グラジオス・アルザルドは雲母・ローレンを妻とし、幸せも、苦難も、共に育み、共に耐え、共に生きる事を誓う」
誓いをくれる。
じゃあ指輪を交換かな、と思ったら……。
「待ってくれ。さすがにこの体勢ではやり辛い」
なんて水を差されてしまい、なんかもう、おかしくてたまらなくなってしまった。
私は笑う。
グラジオスのお腹の上に馬乗りになった状態で、声を上げて笑う。
グラジオスも楽しくて仕方がないといったように笑ってくれる。
久しぶりだった。こんなに心の底から自然に笑えたのは。
嬉しくて楽しくて、二人で額をくっつけあい、頬を寄せ合って笑い合った。
「あ~、おかし……ふふっ」
「だな」
「これが結婚式なの? って言われちゃうかも」
「だが、これが一番俺たちらしい」
グラジオスもそう思ってくれるんだ。
同じことを考えてくれてて、とっても嬉しい。
よっ、という掛け声と共に、座布団にしていたグラジオスが起き上がる。
自然と私の位置もずれてグラジオスの膝の上にちょこんっと座った。
私とグラジオス。二人の胸と胸の間にある小さな空間の中で、私達は手を取り合う。
まずはグラジオスが私の左手薬指に指輪を通してくれる。
この世界でもそういう所は変わらないんだなってちょっと感心して……、
「はっ、あ……やっと……やっと……」
変わらないと思っていたのに、それは心の奥底に溜まっていただけだった。
私の中で爆発的に膨れ上がった感情が、涙となってあふれ出す。
嬉しい、大好き、そんな言葉じゃあこの気持ちは表しきれない。私はもう…。
「雲母」
私の頬が大きく温かい指の腹で拭われる。
ぼやけていた視界が一瞬だけクリアになって、また涙のカーテンで覆われてしまう。グラジオスの顔を見ていたいのに、私自身がそれを邪魔している。
本当に、私って我慢できない弱い人間なんだなぁ。
私は手探りでグラジオスの左手を手繰り寄せると、その薬指に誓いを結んだ。
「グラジオス……グラジオス……」
私はうわごとのように彼の名前を呼び、グラジオスは私を掻き抱いて……。
「雲母っ!」
何度も何度も貪るように口づける。
「好きだ。愛してるっ」
「私も、私もだよ」
口に、頬に、口づけの雨を降らせていく。
私の頬を濡らす涙は私のだろうか、それともグラジオスの物だろうか。
分からないけれど、それでいい。私達は今まさに溶けてひとつになろうとしているのだから。
「ずっとお前が欲しかった。お前だけが欲しかった」
「私もグラジオスが欲しい。私の全てを貰って欲しい、知って欲しい。あげる。私の全部をあげるから……」
「ああ、ずっと一緒に居よう。ずっと、ずっと……」
そして私達はひとつになった。
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