『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第126話 結婚指輪

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 戦争は前線で戦うよりもそれ以外の事の方がやる事が多い。集団生活なのだから当たり前だが。

 今日も私は洗濯に精を出していた。力を込めて洗濯機のクランクを回す。

「っしゃー! 行くっすよ姉御!」

「ハイネは右腕怪我してるんだから無理しちゃダメだからね」

 ハイネの熱くなりやすい性格上、一応釘を刺しておく。

「うっす。さすがの自分でも洗濯ごときで右腕使ったりしないっすよ」

 だといいんだけど。

 私の心配を他所に、洗濯機は段々とスピードを上げ始め、キュラキュラと戦車みたいな音を出し始めた。

 それを聞いたハイネから満面の笑みがこぼれる。

「おお……、なんかこうテンション上がる音っすね!」

「そうなのっていうかやっぱりなんか無茶しそうな予感がするんだけど……」

 男ってやっぱりこういう機械とか歯車とか大好きだもんね。ハイネもその例にもれなかったかぁ。

 もう目がキラッキラしてる。

「ハイネって子どもの頃時計とか分解した?」

「したっすしたっす。そんで直せなくなって親父にぶん殴られたっす」

 わーお、ロイさん意外と過激な所あるんだ。

「そんで時計職人呼ぼうとしたっすけどここ町から遠いっすから……」

 などと無駄話をしながら一緒にクランクを回していると、

「すみませ~……あ、雲母さん」

 折よくピーターが姿を現した。

 この手回し洗濯機を作ってくれた彼だが時折顔を出して整備や改良を施してくれている。

 今回も整備をしにきてくれたのだろう。

「やほっ。元気してた、ピーター」

「うっす、久しぶりっす」

「う、うん。二人共久しぶり……ってすごい音してるね」

 先ほどから洗濯機が上げている唸り声は本来の用途にない昨日であったらしい。

 ピーターは未だ動きを止めない洗濯機を眺めながら点検していき、何か分かったのか、うんうん頷く。

「樽を支える歯車に油を刺せば音はしなくなると思う」

「え~」

 ハイネ、なんで残念そうなのよ。

「あんまり音鳴ってると熱持って壊れちゃうから……」

「へぇ~、詳しいっすねぇ。さすがっす」

 ハイネに褒められたピーターは、恥ずかしそうにポリポリと鼻の頭を掻いて顔を赤くしている。

 昔と比べて口調なんかはだいぶハキハキと喋れるようになっているのだが、内気な性分は相変わらずの様だ。

「ふへっ、ふへへへ……」

 ちょっとキモイ笑い方も変わっていない。

「じゃ、じゃあ油刺すから……」

「止めた方が良い?」

 ピーターは無言で首を振る。

 どうやら大丈夫みたいだったので、私は勢いに乗ったクランクを回し続けた。

 ピーターはちょいちょいっと留め金を外して歯車がいくつも詰め込まれて駆動している内部を露出させる。それに伴ってキュラキュラっという音も大きくなった。

「うおーー! スゲーっすスゲーっす!!」

「ハイネ、興奮しすぎ」

 ハイネは何とか覗き見ようとして左腕だけでクランクを回しながら首を伸ばす。

 そんな体勢でよく回せるなと苦笑しつつ、見やすいように少しだけ横にずれてやった。

 そうしている合間にもピーターの作業は続き、あっという間に作業を終えてしまう。今まで鳴り響いていた異音は収まり、石臼を挽くようなゴロンゴロンという音に変わっていた。

「む、こっちの音もなかなか……」

 どっちでもいいんかい。

 男の子のツボって分かんないなぁ。

 作業を終えたピーターは手早く道具を片付けたのだが、何故か帰ることなくその場にとどまっている。

「どしたの?」

「あ、いやその……ちょっと雲母さんに用事が……」

「今言ってくれてもいいよ」

 どうせ砂時計の砂が落ちきるまでの……残り七分くらいは無駄話しながらクランク回すしかないし。

 っていうかどうせなら手伝ってほしいなぁ。これ、慣れて来たけど結構重労働なのよね。

「いや……その……見て、貰いたいっていうか……」

「何を?」

「け……結婚指輪」

「ゆ、指輪ぁ!?」

 え、いやそのさぁ。結婚指輪の完成品を初めて見せられるのが洗い場で洗濯中ってどうなの?

 なんかもっとこう雰囲気のある場所でグラジオスと一緒に箱を開けてキャッキャウフフしたいじゃん?

 作ってくれたのはすっごく有難いんだけどさ。

「い、今ダメだった?」

「いや~、その~……」

 七分間お預けって……ちょっと凄い拷問じゃない? 私の結婚指輪だよ? 正直かなり見たいんだけどさ。

 で、でも途中で止めると洗濯物が……お湯が冷めるとだいぶ汚れの落ち方に差が出るんだよね……。

 仕方ない、腹をくくろう。

「まずは洗濯が終わってから。それまで楽しみに期待しとくから……」

「しとくから?」

 私はにっこりと笑みを浮かべる。

 その意味を正しく理解したピーターは、顔を引きつらせて硬直してしまう。

「お・て・つ・だ・い」

 というわけでピーターには悪いが強制的に洗濯機を回してもらったのだった。









「よし、終わりー」

 洗濯を終え、樽の栓を抜いて汚水を流す。

 流れ出た汚水は設置された下水管を通って部屋の外に配水される。

 後はバケツに洗濯物を移して洗い場まで持っていき、水で濯げば完了だが……。

「指輪見せて~」

 もう我慢の限界だった。というか七分間よく耐えた、私。

 私は両手を皿にしてピーターに差し出したのだが、肝心のピーターはクランクをちょこっと回しただけで体力の限界に来ており、昔よりもやしっぷりが酷くなったんじゃないかなってくらいの勢いでへばって床に伸びてしまっていた。

 まったく、だらしのない。

 息も絶え絶えな状態のピーターは、ここから勝手に取ってくれとでも言わんばかりに、太もも辺りに取り付けられたポーチを叩く。

「開けるよ? いい?」

 一応断ってからポーチのボタンを外し、中に在った小さい麻袋を取り出した。

 この中に私の結婚指輪が入っているとなると少し緊張する。このまま見ずにグラジオスの所に持って行って一緒に見ようかな、とも思ったが、これ以上好奇心が抑えきれる自信が無かったので諦めた。

 一緒に開けるのも面白そうだが私が見せびらかすのも面白そうだと心の中で言い訳をしつつ……袋を手のひらの上で逆さにする。

 途端、コロンッと二つのリングが転がり出て来た。

「うわっ……綺麗……」

「凄いっす……こう厳かというかなんというか……ここまで手の込んだ結婚指輪は初めて見るっす」

 リングは金と銀の棒を混ぜることなく合わせた後、捻りを入れながら輪っかにしたような造りでありながら、実にシンプルでありながら細やかな彫刻が施された見事な一品であった。

 それぞれのリングの内側には雲母とグラジオス、それぞれの名前が彫られている。きちんと漢字なのも嬉しいポイントだ。

「えっと……それ、二つ、重ねて……」

 まだ息を荒らげているピーターの指示に従って、二つの指はを重ね合わせると……。

「わっ、凄い。これ一つの指輪になるんだ」

 施された小さな装飾が噛み合って、ぴったり一つの指輪を形成する。しかもそうすることで指輪の内側にはアルザルド王家の紋章が現れた。

 なんとも憎い設計である。

「ありがと~~っ! すっごいすっごい、嬉しいっ! こんな素敵な指輪を作ってくれるなんてホント感激っ」

 私は大興奮しながらピーターを褒め称える。

 ちょっと涙だって出ていたかもしれない。そのぐらい嬉しかった。

 ハイネだって指輪の精緻さにほぉ~っと感嘆のため息をもらしていたのだが……。

「ごめん、実は急いで作ったからちょっと不満がある出来なんだ」

 かくいうピーターはそこまで嬉しそうではない。

 ここまでの逸品を作っておいてまだ足りないとかなかなか職人気質なのだな、なんて考えは……違っていた。

「私とグラジオスの結婚式はまだ先だから、そんな急がなくてもいいのに」

 ピーターは無言で首を横に振る。

「矢じりの材料が足りなくなってきたんだ」

「え、でもそれは奪った剣や鎧なんかを削って……」

「もうほとんどない。だから石を使って矢じりを作る事になって、材料を取りにいかなきゃならないんだ」

 矢じりにとなると、その辺の石を適当に付けるのではだめだろう。そこそこの頑丈さを持っていなければ殺傷力を持たせることなど出来ない。

 そういった特殊な石を採取してこようというのなら、当然山の中を行かなければならないだろう。そうなれば危険もあるだろうし、下手すれば敵と遭遇してしまう事もあるかもしれない。

 私はモンターギュ侯爵の顔が頭をよぎった。

 彼は、そうして亡くなってしまったのだから。

 行くなと命令することは簡単だった。でもそうすれば、矢を大量に射る事で何とか優位を保っている私達は間違いなく苦境に立たされるだろう。

「何の作品も遺せずに死ぬのは嫌だから……」

 ピーターは死を覚悟してこの指輪を作ってくれたのだ。

 その魂が籠められているからこの指輪はここまでの迫力を持っているのかもしれない。

「ごめんなさい、ピー……」

「謝らないでっ」

 ピーターが珍しく強気な態度で私の言葉を遮る。

「雲母さんが居なければ僕は二年前に死んでただろうし、雲母さんが助けてくれたからこそ僕は師匠に会えて彫金師になれたんだ。だから謝る必要ないよ」

「でも……」

 せっかく掴めた夢を、私のせいで失ってしまうかもしれないのは違えようのない事実だ。

 本当に、私はどれだけの人の人生を狂わせれば気が済むのだろう。

 私は……。

「それにまだ死ぬと決まったわけじゃないっすしね。自分が護衛につくっす。というかこのこと兄貴……陛下たちは知ってるっすか?」

「うん、報告したから知ってらっしゃる。護衛もつけてくださる手筈になってる。だから大丈夫だとは思うけど……一応ね」

 人生はいつだって死が隣り合わせだ。特に戦争中の今はそれが近くなっている。

 戦争で父親を亡くし、自身も食い扶持が無くなって死に直面したピーターはよく分かっていた。

 だから、いつ死んでも悔いの残らない様に指輪を作ってくれたのだ。

 エマといいピーターといい、いつもは弱く見えるのにいざという時とんでもなく強くなる人が、何故こんなにも周りに居るのだろう。

 私は何故、こんなに弱いのだろう。

 人を犠牲にしてグラジオスと一緒に生きたいと望む私は、なんて醜いのだろう。

 私は……。

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