『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

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第125話 不満は溜まり、怒りは牙をむく

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「てめえっ、ふざけんじゃねえ!」

「何度でも言ってやるよ、わりぃのは……!」

「それが逆恨みだってんだよ!」

 兵舎に怒鳴り合う声が響く。荒々しい息遣いや、加減することなく暴れているのか物の壊れる音も。

 私は掃除の手を止めて目の前の兵士たちに短く謝ると、部屋を飛び出して騒動の場所まで走って行く。

 最近兵士達もよく寝られないからか、こういう騒動がよく起きる。

 不安も相まってメンタルがぐちゃぐちゃになってしまっているのだろうが、むしろ良くもってくれている方かもしれない。

 たどり着いた場所では一人の兵士がもう一人の兵士を壁に押し付け、今にも殴り掛かろうと腕を振り上げている所であった。

「待ちなさいっ!!」

 私は駆けつけて早々、百メートル先にも届くと言われる自慢の大声を叩きつける。

 その爆音に、喧嘩中の二人ですら思わず顔をしかめて動きを止めた。

 ついでに私が仲裁に入ったことも周囲に理解してもらえたはずだ。

 私は腕組みをしつつ、なるべくしかつめらしい顔をして二人を睨みつけると、二人はバツが悪そうな顔をして互いに距離を取った。

「どうしたの? 喧嘩の原因は何か聞いたげるから話して」

 そう言っても二人は話そうとしない。一人は気まずそうに、もう一人は不満そうに私を睨みつけている。

 そこで気付く。ようやく来たか、と。むしろ今まで私の耳に入らずおかしいなと思っていたくらいだ。大方みんなが協力して私を守ってくれていたのだろう。

 不満を持つのが人間なのだから、私としてはそういう人が居てくれて安心すら覚えていた。

「私は喧嘩の内容で怒ったりしないし、罰を増やしたりもしない。もし怒ったら二人に恩赦をあげるわよ」

 周りに居た兵士に聞いた? と言質を取らせておく。

 あ~……周りの兵士達の顔にも逃げ出したいですって書いてある。ハイネの影響か、なんか私って必要以上に怖がられてたり崇められてたりするんだよね。

「はい、きちんと話す」

 宥めすかした事で、ようやく重い口を開いてくれたのだが……。

「……アンタの責任だろ。アンタのせいで戦争が起こったんだろ! なんで俺らがアンタのせいで死ななきゃなんないんだよ!」

 やはり、想像と直接言われるのでは胸の痛みが大分違った。

「お前……!」

 もう一人の兵士はどうやらそんな兵士を諫めてくれていたらしい。私の為に気色ばんでくれたのだが、私は手を上げてそれを止める。

「なるほど、ね」

 ここで違うと否定し、怒鳴りつけて営倉に叩き込むのは簡単だ。でもそれをすれば間違いなく火種として残るだろう。

 私が取るべき道はそんな道であってはいけない。

 敵は彼じゃない、カシミールなのだ。今ここで分裂してしまってはカシミールの思うつぼだろう。

 私は自分の話すべき内容を探り、組み立てていく。全てはこの国のために。

「この国の未来をきちんと考えてくれてるんだ、ありがとう」

 さすがに褒められるとまでは思っていなかったのだろう。不満を言っていた兵士は毒気を抜かれた様な表情を浮かべる。

 次に私はもう一人の、私の味方をしてくれた兵士へと向き直り、

「貴方は私を守ってくれたんだよね。ありがとう」

 そちらにもお礼を言う。

 とりあえずこれで新たな火種に引火するという最悪の事態は防げたのではないだろうか。

 私はもう一度、不満をくすぶらせている兵士へと向き直る。

「あなたの言っている事は一理あると思う。でもそれが全部ではないの。私が帝国に投降したところで戦争は終わらない。だって帝国の一番の目的は……」

 私は足元、私達が恩恵を受けているこの大地を指し示す。

「この国そのものだから」

 私は語り始める。私の知っている事全てを。

 本来ならば、一兵卒が知る必要などないと判断された情報までも。

 帝国の目的と、描いている未来を。

 それを二人は、周りの兵士達はじっと聞いていた。

「そしてカシミールだけど、傭兵や帝国軍にとある報酬を約束をしているの。なんだと思う?」

 今カシミールは何の財産も持っていないだろう。それが後から払うと口約束をしたところで説得力は皆無だ。なら……。

「王都とお義父……オーギュスト伯爵の所領に置いて、一週間の自由を許すと宣言したそうよ。捕らえた敵兵全員が口にしていたから、疑うなら聞きに言ってみるといいわ。私が許可を出すから」

 自由。それは地球で言うところの自由とはかけ離れた意味を持つ。

 何をしても罰されない。何をしても許される。そういう自由だ。

 財産を奪っても、女を犯しても、人を殺しても、家に火を放っても。何をしても決して咎めないという事。

 それが侵略されるという事なのだ。正義の名のもとに、勝者が敗者を蹂躙しつくす。いつの世も、どんな世界でもそういうものなのだ。

 それが戦争に負けた者の末路。

 だから何をしても決して負けてはいけない。負けた瞬間、全てが終わってしまうから。

 その為には詭弁だって使うし論点ずらしだって使う。

 ちょうど今みたいに。

「敵は私欲しいの。あなたの持っているもの欲しいの。敵の目的は私達全てなの」

 私は兵士の手を取り、まっすぐに視線を合わせる。

「私だけで事が済むのなら、私が帝国に行っても構わない。嫌だけど、これ以上人が死ぬのなんてもっと嫌だから。でもそれだけじゃ終わらないの。むしろ私を差し出した事で更に奪えると踏んで、まだ足りないからもっと寄越せって言ってくるだけなの」

 それが敗者の未来だ。一度奪われたら奪われ続ける。それが嫌なら戦うしかない。

 戦って勝つ以外路は無いのだ。

 そのためには目の前の兵士の力が必要だった。たった一人であっても決して粗末には出来ない。

「お願い、力を貸して。奪われないために、あなたの協力が必要なの」

 兵士は、動かない。

「それともあなたは家族を差し出す? 奥さんを差し出して敵に嬲られるのを指を咥えて見てる? あなたの両親が戯れに斬り殺されている横で愛想笑いを浮かべながらお見事って手を叩く?」

 兵士は答えない。

 だがその手は震えていた。肩は荒く繰り返される息で激しく動き、唇は悔しさで引き結ばれている。

 悔しいだろう。怒りを感じているだろう。

 そうだ。その感情は本来敵に対して向けられていたのだ。

 それが難しくなったから、代わりに私に向いただけ。

 本当の方向を思い出したのならそれでいい。

「答えて。あなたはどうしたいの?」

「……分かったよ。悪かったよ」

 兵士は憮然とした様子で瞳を逸らすとそう毒づく。

「違う。今はあなたがどうしたいか聞いてるの。敵に降参して全てを差し出したいの? それとも戦う?」

「戦うさ! 俺だって大切な土地を余所者に踏み荒らされたくねえよ!」

「じゃあよしっ。これであなたの事は全て解決したっ」

 それでいい? と喧嘩した二人に視線だけで確認する……というより押し付けて終わらせる。

 不満が私に向いたままより敵に向いた状態で抱えて貰った方がまだマシだろう。

 私は兵士から手を離すと二人の間に立って腰に手を当てて仁王立ちする。

「喧嘩した者は一日営倉入り。自分たちで行けるよね?」

 営倉というか、普通の牢屋だけど。

 そういえば私もグラジオスと一緒に入ったなぁ。

「はい」

「……ああ」

 一人は納得顔で、一人はまだ少し不服そうに応える。

「声が小さいっ!」

『はいっ!』

 私の声に負けないくらいの大声で返事をさせてから送り出す。

 彼らの背中を嘆息混じりに見送りながら、温かい毛布でも差し入れてやろうかなと思うのだった。
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