『歌い手』の私が異世界でアニソンを歌ったら、何故か世紀の歌姫になっちゃいました

駆威命(元・駆逐ライフ)

文字の大きさ
125 / 140

第124話 物事に分かりやすい理由などない

しおりを挟む
 あれから敵軍はまともに戦う事もせず退いていった。彼らの目的は恐らく示威行為。

 地球の歴史上はこうした行為の方が多く、実際にぶつかり合う事の方が稀だったというが、すでにぶつかっている途中でこういう事が起こるのは稀だろう。

 オーギュスト伯爵の推測によれば、傭兵として雇い入れた各貴族たちがあまり兵士を傷つけたくなかったからではないかとの事だった。







 執務室代わりの私室で、グラジオスの怒鳴り声が響く。

「くそっ、何が傭兵だ! 明らかに侵略行為だ、これは!」

 グラジオスが苛立たしそうに拳を机に叩きつける。どうやら密使の持って帰って来た返事があまり芳しいものではなかったらしい。

 私はそっと傍によると、震えているグラジオスの手に私の手を重ねる。

「落ち着いて、グラジオス。ね?」

「雲母……」

 グラジオスが首だけ動かして私を見る。

 その瞳はとても辛そうで、思わず胸が締め付けられるような気がした。

 私の事、死んでいく兵士達の事。色んな責任が、恨みが、様々な苦痛がグラジオス一人の肩にのしかかっているのだ。

 少しでいいから代わってあげたい。でもそれは無理だ。

 私はグラジオスにはなれないのだから。

「大丈夫、大丈夫だよ」

 根拠のない言葉を何度も呪文のように囁く。そんな事だけしか出来ない無力な私に嫌気がさしてしまうが、私がそんな事を言ってしまえばグラジオスが本当につぶれてしまうだろう。空元気であっても安らぎになってあげたかった。

「雲母、ありがとう」

 グラジオスの瞳には少しだけ落ち着きが戻ってきていた。

「ううん、どういたしまして」

 グラジオスが少し顔を傾ける。きっとキスして欲しいのだろう。

 本当に調子がいいんだから。

 心の中で悪態をついてみても悪い気はしなかった。

 私は少し首を伸ばしてついばむ様なキスをする。ちゅっという艶めかしい音が響き、何とも言えない気恥しさが増す。

 婚約してから何度もこういう触れ合いをしたが、何度やっても飽きる事は無かい。

 むしろ、もっとしたい、もっともっと触れ合いたい、そんな想いが強くなっていた。

「陛下」

 居心地の悪そうな咳払いによって私達は現実に引き戻されてしまう。

 机の前にはオーギュスト伯爵が難しい顔をして立っていた。

 ……ごめんなさい、お義父さん。

「とにかく、国としての対処は期待できない事が予想される返事だ。傭兵家業をして小遣いを稼ぐ貴族を罰することは出来ない、という事だな。どれだけの小遣いを積まれたのか……」

「その事に関してですが、探りを入れさせましたところ帝国と不可侵条約を結べるのではないかという噂が立っておりました。恐らくはわが国を生贄に差し出せば攻めないとでも言われているのでしょう」

 ガイザル帝国は北方に位置する帝国であるため、土地が痩せていて食料も満足に手に入らない。そのため肥沃な大地を求めて頻繁に南方への進出しようとしていて、それが国是となっている。今回アルザルド王国を属国にすることが出来ればその悲願が叶うと言ってもいいだろう。

 そうなればもう戦争はしなくてもいい、だから周辺国は侵略しないという寸法だ。そう上手くいくのかは分からないが、周辺国はそれで納得したのだろう。

 私達を助けないのがその証左だ。

 この世界は正義で成り立っているわけではないと分かっているが、何とも歯がゆいものである。

「ならば余計、負けるわけにはいかないな……」

 もし負けてしまえば、アルザルド王国はガイザル帝国の為に食料を作り続けるか、肥沃な大地を奪われて極寒の地で働かされるという過酷な未来が待つだろう。そんな未来は絶対に受け入れるわけにはいかなかった。

「もう、私だけの問題じゃないんだね……」

 この戦争が始まった当初なら、私が投降するだけで終わったかもしれない。

 ルドルフさまは私だけが欲しくてこの戦争を始めたのだから。

 しかし今は違う。名分であった、南の土地を手に入れなければおさまりが付かない状況にまでなってしまった。

 そこまで大きな被害を帝国に与えてしまったのだ。

「ああ、この戦争で人が死に過ぎた。雲母だけを奪って撤退などすれば、反乱が起きかねないだろう」

 こちらの死者はまだ千人とちょっとだが、ガイザル帝国はその十倍以上は死んでいる。

 なんの手柄もなく戻ればルドルフさまは間違いなく失墜することだろう。

「唯一終わらせられる手段は……」

「カシミールの殺害、か」

 オーギュスト伯爵の言葉をグラジオスが継ぐ。

 カシミールこそが内戦と帝国が言い張る根拠である。それを無くしてしまえば帝国の侵略でしかないので、全ての連合王国が条約に従って参戦してくれる。

 そうなれば補給線の伸び切った帝国軍は一気に瓦解するだろうが……。

「それが分かっててもどうしようもないんだよねぇ……」

 カシミールは基本、軍の奥底に引っ込んでいて戦場に出てこない。故に戦場で倒すことなど不可能だろう。

 暗殺などの方法も考えられるが、戦場に出てこず警戒している相手を暗殺するなど相当難しいのではないだろうか。

「この前、俺がもっと早くに命令を下していれば……」

「それは難しいでしょうな。あれだけの距離、しかも山から不規則に風が吹き下ろしてきますからな。狙って射殺すなど神業の腕前があっても不可能でしょう」

 グラジオスが捕まった時に逃がさず処刑していれば。

 私がルドルフさまに期待を持たせるような行動をしていなければ。

 あの時ああしていれば、などと言い出したらきりがないのだ。私達は今を生きるしかないのだから。

「これからどうすればいいか。そこを考えよ」

「……そうだな」

 私達はそうして思考を切り替えたのだが……その後もあまり建設的な考えが生まれる事は無かった。









 それからの帝国は明らかに戦い方が変わった。

 まず夜中に警鐘が鳴り響くことが多くなった。

 これは弓に対する防衛のためだろう。夜中であれば無駄射ちも増える。

 戦闘回数も格段に増えた。一日に四度五度の戦闘が起こるのは当たり前。酷い時には撤退したと思った瞬間に違う部隊が攻め寄せてくるということまであった。

 一回一回の戦闘で攻めて来る人数は少なく、積極的に攻めるというよりは守りを固め、出来る限り被害を抑えてこちらの消耗を誘う作戦に出た様に見える。

 私達は一度も負けなかったが、少しずつ少しずつ、物資が、体力が、精神がすり減っていった。

 始まった当初は三か月耐え抜けば終わると言われていた戦争が、二カ月過ぎたところで出口の見えない蟻地獄へと変化してしまった様だ。

 それでも私達に、戦う以外の選択肢は残されていなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス
恋愛
前世で日本の文房具好き書店員だった記憶を持つ伯爵令嬢ミリアンヌは、父との約束で、絶対に身分を明かさないことを条件に、変装してオリジナル文具を扱うお店《ことのは堂》を開店することに。  文具の販売はもちろん、手紙の代筆や添削を通して、ささやかながら誰かの想いを届ける手助けをしていた。  そんなある日、イケメン騎士レイが突然来店し、ミリアンヌにいきなり愛の告白!? 聞けば、以前ミリアンヌが代筆したラブレターに感動し、本当の筆者である彼女を探して、告白しに来たのだとか。  もちろんキッパリ断りましたが、それ以来、彼は毎日ミリアンヌ宛ての恋文を抱えてやって来るようになりまして。 「あなた宛の恋文の、添削お願いします!」  ......って言われましても、ねぇ?  レイの一途なアプローチに振り回されつつも、大好きな文房具に囲まれ、店主としての仕事を楽しむ日々。  お客様の相談にのったり、前世の知識を活かして、この世界にはない文房具を開発したり。  気づけば店は、騎士達から、果ては王城の使者までが買いに来る人気店に。お願いだから、身バレだけは勘弁してほしい!!  しかしついに、ミリアンヌの正体を知る者が、店にやって来て......!?  恋文から始まる、秘密だらけの恋とお仕事。果たしてその結末は!? ※ほかサイトで投稿していたものを、少し修正して投稿しています。

ブラック企業に勤めていた私、深夜帰宅途中にトラックにはねられ異世界転生、転生先がホワイト貴族すぎて困惑しております

さくら
恋愛
ブラック企業で心身をすり減らしていた私。 深夜残業の帰り道、トラックにはねられて目覚めた先は――まさかの異世界。 しかも転生先は「ホワイト貴族の領地」!? 毎日が定時退社、三食昼寝つき、村人たちは優しく、領主様はとんでもなくイケメンで……。 「働きすぎて倒れる世界」しか知らなかった私には、甘すぎる環境にただただ困惑するばかり。 けれど、領主レオンハルトはまっすぐに告げる。 「あなたを守りたい。隣に立ってほしい」 血筋も財産もない庶民の私が、彼に選ばれるなんてあり得ない――そう思っていたのに。 やがて王都の舞踏会、王や王妃との対面、数々の試練を経て、私たちは互いの覚悟を誓う。 社畜人生から一転、異世界で見つけたのは「愛されて生きる喜び」。 ――これは、ブラックからホワイトへ、過労死寸前OLが掴む異世界恋愛譚。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...