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第30話 罰ゲーム
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「おはよう、蒼司」
新しい朝が来て、いつも通りに蒼乃が俺の部屋へとやって来た。
あまり眠れなかったのだろうか、少し蒼乃の目が虚ろに見える。
それは俺も同じでほとんど眠れていないのだが。
「おはよう、蒼乃」
これでミッションは達成した。
しかし、もうミッションが無くなってもきっと俺たちはこの儀式を続けてしまうだろう。
一日の始めに蒼乃がやってきて俺の事を名前で呼ぶ。
兄と妹という関係でなく、蒼司と蒼乃という関係である事を意識して、そこが絶対変わってはいけない、踏み越えてはいけないラインであると明確に認識するための儀式となっていた。
「兄、今日のミッションはなんだろうね」
「さあ」
俺は蒼乃が来てもスマホを手にしなかった。
その理由は……。
「蒼乃。お前のスマホは電源切ってるよな?」
「え、うん。部屋に置いて充電器につないであるけど……」
「そっか」
できれば電池を全消費していて欲しかったが、伝える暇もなかったのだからしょうがない。
「蒼乃。俺は、このゲームから降りようと思う」
「え……?」
蒼乃はいぶかし気に眉を顰める。
それも当然のことだ。そもそもそんな方法が分かっているのであれば、最初からすればいい。
なのに俺はしなかった。理由は分かっている。俺は蒼乃ともっと触れ合いたかったのだ。
ゲームを理由にして蒼乃と触れ合って、一緒に居たかった。それが何よりも嬉しかったから。
でもそれももう終わりにしなければならない。
俺たちは踏み越えてはいけないラインを踏み越えてしまった。
きっとこのままゲームを続ければ、俺たちはどこまでも進んで行ってしまう。ゲームを理由にして、行くところまで行ってしまう。
その先に不幸しか待ち受けていないというのに。
「昨日、父さんに連絡したんだ。それで、父さんの住んでる所にある高校の資料を送ってもらう事になった」
「え……それって……」
「ああ、家を出る」
でもそれはゲームとは何も関係ない。
ゲームから降りた後の話だ。
「後な、色々とやってみたんだ。ゲーム機やパソコン使ってゲームにログインできないか試してみたり、俺に来たメールに返信してみたり、まあとにかく色々したんだ」
それで分かったことがある。
それらの機器を使ってゲームにログインすることはできなかった。そもそもゲーム自体がウェブ上に存在しなかったのだ。あれは、俺のスマホ上にしか存在しないゲームだった。
それからメール。あれは、俺のスマホから発信され、俺のスマホに届いていた。
全ての原因は俺のスマホだったのだ。
俺たちの行動が完全に筒抜けだったのも、俺がゲームの為にスマホを所持していたからで、スマホを通してゲームを仕掛けて来た誰かに盗聴なり盗撮なりされていたと考えるのが自然だ。
不幸は……さすがに原理が分からないが、たまたま起こった事をゲームのせいにした。つまりノーシーボ効果とすれば説明もつく。
「だから多分、俺のスマホを壊せば終わる」
ハッキングされている俺のスマホを壊せば、悪趣味なゲームを強要されることもないはずだ。
俺の個人情報が色々渡ってしまっているであろうことは怖いが、実害が出れば警察に届ければいい。
今、俺のスマホは全ての電力を消費しつくしている。
もうハッキングの心配はない。
「蒼乃、終わりにしよう。全てを忘れて普通の兄妹に戻ろう」
「…………」
蒼乃は何も言わず、ただ黙って俺を見つめていた。
それを了解と取った俺は、立ち上がり、机の上に置いてあったスマホを手に取る。
電源は、入らない。電力が無いのだから当たり前だ。
俺はスマホを高々と持ち上げ……。
「じゃあな」
思いきり床に叩きつけた。
更に何度も足で踏んで、手で折り曲げる。
部品がはじけ飛び、バッテリーと思しきものがカバーから顔を覗かせる。
そうなっても更に俺は踏みつけて、粉々にしていった。
「お前の、お前のせいだ……!」
思わず俺の口から罵声が飛ぶ。
顔も知らないゲームを仕掛けたヤツが居なければ、俺たちはこんな絶望を味わう事なんてなかったのだ。
ただ、もう蒼乃を罵倒しなくて済むようになったのは感謝もしているが……。
ああそうだ、多分これは八つ当たりだ。
俺が蒼乃という決して手に入れる事の出来ない禁断の果実を、食べてしまえと唆した無責任なヤツへの怒りと恨みなのだ。
「兄、そのくらいで……。お母さん起きてきちゃうから」
「……そうだな」
俺は頷いてスマホの欠片……を通り越した残骸から足を退ける。力を籠め過ぎたのか、割れた破片が足に突き刺さって血がにじんでしまっていた。
そのかいあってか、スマホは完全に壊れ、もはやジャンクパーツとしてすら機能しないだろう。
「……せいせいした」
嘘だ。本当はもっと続けたかった。
蒼乃と触れ合いたかった。
だが、それは決してしてはいけない――。
『不正な方法によるゲームの離脱を試みたため、あなた方には罰ゲームが課せられます』
唐突に、音が聞こえた。
その発信源は、粉々になったスマホのマイクで……間違いなく電源などに繋がっていない。
「は? なんだこれ……」
俺が呆然としながらちぎれたコードの先にぶら下がっているマイクを拾い上げる。
「兄、見て!」
蒼乃の指さす方向を見て、更に驚愕する。
折れ曲がった液晶パネルに、あのデフォルメされた少女のキャラクターが浮かび上がっていた。
もちろん、電源になど繋がっていない。正真正銘、種も仕掛けもないただの壊れた液晶パネル……なはずだ。
『罰ゲームは……一番大切な人を奪われる事です』
その瞬間、
「きゃっ!」
悲鳴が上がった。
蒼乃の方へと目を向けると……。
「なんだよ、それっ!」
制服姿の蒼乃の体が、だんだんと消えていた。
足の先から透明なり、大気の中に紛れてその存在を失っていく。
ゲームは本物だった。信じられないが、本物だったのだ。
「兄! いやっ、いやぁっ!!」
「蒼乃!」
俺は蒼乃を取り戻そうと蒼乃に手を伸ばして――何も掴めず、その手は空を切る。
まるで映写機によって空間に投影された存在に手を伸ばしたかのように、完全に手ごたえが無かった。蒼乃は確かにそこに居るというのに。
「やめろっ! 蒼乃は……蒼乃だけは……!」
俺は躊躇なくその場にしゃがむと、画面のキャラクター目掛けて土下座をする。
「頼む……いや、お願いですっ。お願いしますっ。蒼乃だけは、蒼乃だけはやめてくださいっ!」
必死の訴えも虚しく、蒼乃の姿は段々と消えていき、その声も小さくなっていく。
蒼乃が必死に俺を呼びながら助けを求めて手を伸ばす。
その手をいくら掴もうとしても、ただ通り抜けるだけで触れる事すら敵わない。
「蒼乃っ、蒼乃ぉぉっ!!」
泣き叫ぶ俺の目の前で、蒼乃の姿は完全に消えてなくなってしまった。
これは俺の責任だ。俺がこんな方法でこのゲームから逃げようと、蒼乃から逃げようとしたから、こんな最悪の結果を招いてしまったのだ。
「くそぉぉぉぉぉっ!! 蒼乃! 蒼乃! 蒼乃ぉぉぉぉっ!!」
こんな魔法みたいな事が本当にあるのだという驚きよりも、俺は蒼乃を消されてしまった事実に対して怒りに打ち震えていた。
俺は拳を床に叩きつけ、未だ姿を現し続けているゲームのキャラへ、ありったけの憎悪を籠めて睨みつける。
「返せよっ! 蒼乃を返せっ! もしも返さないなら……お前を殺してやるっ! 何をしてでも絶対お前を見つけ出して殺してやるっ!!」
きっと相手はこんな事が出来る頂上の相手なのだ。
ハッキングとか盗聴とか、そんな生ぬるい手を使う存在じゃないのはよく分かっている。
それでも俺は諦めるつもりなどなかった。
最愛の女性を奪われて、安穏と生きて居られる様な人間ではないのだ。
『パートナーを取り返したいですか?』
「当たり前だっ!!」
『では――』
画面の中のキャラクターが大きく手を振りながら一礼する。
その演技めいた大仰な仕草に苛立ちが募るが、我慢して画面を凝視し続けた。
『――最後のゲームと参りましょう』
新しい朝が来て、いつも通りに蒼乃が俺の部屋へとやって来た。
あまり眠れなかったのだろうか、少し蒼乃の目が虚ろに見える。
それは俺も同じでほとんど眠れていないのだが。
「おはよう、蒼乃」
これでミッションは達成した。
しかし、もうミッションが無くなってもきっと俺たちはこの儀式を続けてしまうだろう。
一日の始めに蒼乃がやってきて俺の事を名前で呼ぶ。
兄と妹という関係でなく、蒼司と蒼乃という関係である事を意識して、そこが絶対変わってはいけない、踏み越えてはいけないラインであると明確に認識するための儀式となっていた。
「兄、今日のミッションはなんだろうね」
「さあ」
俺は蒼乃が来てもスマホを手にしなかった。
その理由は……。
「蒼乃。お前のスマホは電源切ってるよな?」
「え、うん。部屋に置いて充電器につないであるけど……」
「そっか」
できれば電池を全消費していて欲しかったが、伝える暇もなかったのだからしょうがない。
「蒼乃。俺は、このゲームから降りようと思う」
「え……?」
蒼乃はいぶかし気に眉を顰める。
それも当然のことだ。そもそもそんな方法が分かっているのであれば、最初からすればいい。
なのに俺はしなかった。理由は分かっている。俺は蒼乃ともっと触れ合いたかったのだ。
ゲームを理由にして蒼乃と触れ合って、一緒に居たかった。それが何よりも嬉しかったから。
でもそれももう終わりにしなければならない。
俺たちは踏み越えてはいけないラインを踏み越えてしまった。
きっとこのままゲームを続ければ、俺たちはどこまでも進んで行ってしまう。ゲームを理由にして、行くところまで行ってしまう。
その先に不幸しか待ち受けていないというのに。
「昨日、父さんに連絡したんだ。それで、父さんの住んでる所にある高校の資料を送ってもらう事になった」
「え……それって……」
「ああ、家を出る」
でもそれはゲームとは何も関係ない。
ゲームから降りた後の話だ。
「後な、色々とやってみたんだ。ゲーム機やパソコン使ってゲームにログインできないか試してみたり、俺に来たメールに返信してみたり、まあとにかく色々したんだ」
それで分かったことがある。
それらの機器を使ってゲームにログインすることはできなかった。そもそもゲーム自体がウェブ上に存在しなかったのだ。あれは、俺のスマホ上にしか存在しないゲームだった。
それからメール。あれは、俺のスマホから発信され、俺のスマホに届いていた。
全ての原因は俺のスマホだったのだ。
俺たちの行動が完全に筒抜けだったのも、俺がゲームの為にスマホを所持していたからで、スマホを通してゲームを仕掛けて来た誰かに盗聴なり盗撮なりされていたと考えるのが自然だ。
不幸は……さすがに原理が分からないが、たまたま起こった事をゲームのせいにした。つまりノーシーボ効果とすれば説明もつく。
「だから多分、俺のスマホを壊せば終わる」
ハッキングされている俺のスマホを壊せば、悪趣味なゲームを強要されることもないはずだ。
俺の個人情報が色々渡ってしまっているであろうことは怖いが、実害が出れば警察に届ければいい。
今、俺のスマホは全ての電力を消費しつくしている。
もうハッキングの心配はない。
「蒼乃、終わりにしよう。全てを忘れて普通の兄妹に戻ろう」
「…………」
蒼乃は何も言わず、ただ黙って俺を見つめていた。
それを了解と取った俺は、立ち上がり、机の上に置いてあったスマホを手に取る。
電源は、入らない。電力が無いのだから当たり前だ。
俺はスマホを高々と持ち上げ……。
「じゃあな」
思いきり床に叩きつけた。
更に何度も足で踏んで、手で折り曲げる。
部品がはじけ飛び、バッテリーと思しきものがカバーから顔を覗かせる。
そうなっても更に俺は踏みつけて、粉々にしていった。
「お前の、お前のせいだ……!」
思わず俺の口から罵声が飛ぶ。
顔も知らないゲームを仕掛けたヤツが居なければ、俺たちはこんな絶望を味わう事なんてなかったのだ。
ただ、もう蒼乃を罵倒しなくて済むようになったのは感謝もしているが……。
ああそうだ、多分これは八つ当たりだ。
俺が蒼乃という決して手に入れる事の出来ない禁断の果実を、食べてしまえと唆した無責任なヤツへの怒りと恨みなのだ。
「兄、そのくらいで……。お母さん起きてきちゃうから」
「……そうだな」
俺は頷いてスマホの欠片……を通り越した残骸から足を退ける。力を籠め過ぎたのか、割れた破片が足に突き刺さって血がにじんでしまっていた。
そのかいあってか、スマホは完全に壊れ、もはやジャンクパーツとしてすら機能しないだろう。
「……せいせいした」
嘘だ。本当はもっと続けたかった。
蒼乃と触れ合いたかった。
だが、それは決してしてはいけない――。
『不正な方法によるゲームの離脱を試みたため、あなた方には罰ゲームが課せられます』
唐突に、音が聞こえた。
その発信源は、粉々になったスマホのマイクで……間違いなく電源などに繋がっていない。
「は? なんだこれ……」
俺が呆然としながらちぎれたコードの先にぶら下がっているマイクを拾い上げる。
「兄、見て!」
蒼乃の指さす方向を見て、更に驚愕する。
折れ曲がった液晶パネルに、あのデフォルメされた少女のキャラクターが浮かび上がっていた。
もちろん、電源になど繋がっていない。正真正銘、種も仕掛けもないただの壊れた液晶パネル……なはずだ。
『罰ゲームは……一番大切な人を奪われる事です』
その瞬間、
「きゃっ!」
悲鳴が上がった。
蒼乃の方へと目を向けると……。
「なんだよ、それっ!」
制服姿の蒼乃の体が、だんだんと消えていた。
足の先から透明なり、大気の中に紛れてその存在を失っていく。
ゲームは本物だった。信じられないが、本物だったのだ。
「兄! いやっ、いやぁっ!!」
「蒼乃!」
俺は蒼乃を取り戻そうと蒼乃に手を伸ばして――何も掴めず、その手は空を切る。
まるで映写機によって空間に投影された存在に手を伸ばしたかのように、完全に手ごたえが無かった。蒼乃は確かにそこに居るというのに。
「やめろっ! 蒼乃は……蒼乃だけは……!」
俺は躊躇なくその場にしゃがむと、画面のキャラクター目掛けて土下座をする。
「頼む……いや、お願いですっ。お願いしますっ。蒼乃だけは、蒼乃だけはやめてくださいっ!」
必死の訴えも虚しく、蒼乃の姿は段々と消えていき、その声も小さくなっていく。
蒼乃が必死に俺を呼びながら助けを求めて手を伸ばす。
その手をいくら掴もうとしても、ただ通り抜けるだけで触れる事すら敵わない。
「蒼乃っ、蒼乃ぉぉっ!!」
泣き叫ぶ俺の目の前で、蒼乃の姿は完全に消えてなくなってしまった。
これは俺の責任だ。俺がこんな方法でこのゲームから逃げようと、蒼乃から逃げようとしたから、こんな最悪の結果を招いてしまったのだ。
「くそぉぉぉぉぉっ!! 蒼乃! 蒼乃! 蒼乃ぉぉぉぉっ!!」
こんな魔法みたいな事が本当にあるのだという驚きよりも、俺は蒼乃を消されてしまった事実に対して怒りに打ち震えていた。
俺は拳を床に叩きつけ、未だ姿を現し続けているゲームのキャラへ、ありったけの憎悪を籠めて睨みつける。
「返せよっ! 蒼乃を返せっ! もしも返さないなら……お前を殺してやるっ! 何をしてでも絶対お前を見つけ出して殺してやるっ!!」
きっと相手はこんな事が出来る頂上の相手なのだ。
ハッキングとか盗聴とか、そんな生ぬるい手を使う存在じゃないのはよく分かっている。
それでも俺は諦めるつもりなどなかった。
最愛の女性を奪われて、安穏と生きて居られる様な人間ではないのだ。
『パートナーを取り返したいですか?』
「当たり前だっ!!」
『では――』
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