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第47話 本当に怖いのは…

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 セイラムの街からは馬車で5日もかかった。距離としては数百キロ程度は離れているだろう。

 そんな距離をどうやって移動するのか少々疑問に思ったのだが、答えは程なくして出た。

「俺はこう見えて、直線距離だけなら天使の中で1、2を争うほど速いんだよ」

「は?」

「吐くなよ」

 にぃっと不敵に歪むゼアルの口元に、今後の展開が読めてしまった俺は、少しだけ後悔してしまう。

 もう遅いし、後悔しても着いていく決心は変わらないが。

 腕をゼアルの背中で交差して、右手で左肩を、左手で右肩をしっかりとつかむ。胸と胸が密着して、俺の鼓動がゼアルに伝わり、彼女のぬくもりが俺に染み込んでくる。

 ゼアルの鼓動を一切感じ取れなかったことで、人間との差に気付いてしまうが、そんな事で彼女への信頼は小動こゆるぎもしなかった。

 ゼアルの腕が俺の腰に回され、俺たちの狭間は完全にゼロになり、俺の体を浮遊感が包み込む。

 気付けば俺の体はいつの間にか空高くに存在しており、俺の足元には守護の塔が親指の爪ほどのサイズになって存在していた。

 高度何百メートルとかいう世界なのだろうか。そんな上空に、ゼアルは瞬きするほどの時間で舞い上がってみせたのだ。これが天使の力。人間とは桁違いの存在であった。

「いくぞ」

 掛け声と共に、周囲に光の玉の様な物が俺たちを包む。

 そして――。

「うおっ」

 声すら後方に置いて行かれるほどの急加速がかかった。

 地上の景色が目に負えぬほどの速度で過ぎ去っていき、全身に鉛が付けられたと錯覚しそうなGが圧し掛かる。感じるGが驚くほど少ないのは、先ほどゼアルが施してくれた守護のお陰だろうか。

 感覚としてはちょっと早すぎるジェットコースターみたいなものだった。

「よしよし、吐いちゃいねえな」

「吐かねえよ。……ってゼアルが守ってくれなかったら吐くどころじゃないだろうけどな」

 俺はそう言いつつ、視線を前方へと向ける。

 前方に展開されている光の障壁には、目に見えない大気が激しくぶつかり、守護すら突き抜けて轟音が鳴り響いていた。この分では空気が圧縮されることによって生まれる熱の壁が生まれている事だろう。もし光の障壁が無ければ、今頃俺はこんがりといい具合に丸焼きになっているはずだ。

 これらの守護があるが故にゼアルの速度は天使たちの中で1、2を争うのだろう。……本人の言う通り、直線の場合だけだろうが。

「だいたい数分もあれば到着するだろうが、お前に言っておくことがある」

「ああ」

「今回の魔族は相当キレてるヤツでな。オレは何度も戦ったんだが、結局決着はつけられていないヤツだ」

 という事はイリアスではないのか。

 もしかしてと思ったが、きちんと大人しくして……くれてるといいなぁ。頼むからひょこひょこ顔を出したりしないでくれよ。というかそのヤバい奴を呼んだとかじゃないだろうな。

「13悪魔中、序列第5位。獄炎のイフリータ。奴の炎は広範囲を焼き尽くし、太陽すら焦がすと言われている」

「い……ドルグワントが序列8位って事はそれより強いって事か」

「連中にも得意不得意や、性格があるから一概には言えねえけどな」

 確かに、イリアスとそのイフリータって奴が直接戦えば、相性的にイリアスが勝ちそうだけど、目の前にある対象物を焼き払えとなるとイリアスの力ではイフリータに勝つことは不可能だろう。

 だとすれば人間にとってより危険度が高いのはイフリータになるか。

「まあだから、ナオヤには街の住民を避難させて欲しい」

「は?」

「俺には届かなくても、奴の炎を完全に防ぎきるのは厳しいんだ。セイラムの街が燃やされるかもしれねえ」

 その声には明らかな屈辱の色が混じっていた。

 思わず体を離してゼアルの顔を覗き込むと、ふいっと顔を背ける。守護の天使が人間を守りきれないなんて、どれほどの屈辱を感じ、どれほどの苦悩を覚えているのだろう。

 俺には想像もできなかった。

「……分かった。逃げるように知らせる」

「助かる」

「でも、それが終われば俺も戦う。いいな?」

「ダメだ。わりいが天使と魔族の戦いに、人間が割って入っても死ぬだけだ。邪魔なんだよ」

 確かにそうかもしれない。

 俺はまともに魔族の攻撃を防ぐことも出来ないただの人間だ。イリアスの時には近接破壊力特化のタイプであり、単に相性と運が良かっただけなのだろう。

 俺が参加しても大した力にならないどころかゼアルの足を引っ張ってしまう事も十分にあり得た。だが――。

「……もし、必勝の策を思いついたとしたらどうする?」

「そんなに甘い相手じゃねえよ。そんな方法が簡単に見つかるなら、俺たちがとっくの昔に倒してる」

「俺は異世界から来た人間だ。ゼアル達とは違う視点で見られるかもしれないだろ。実際、それがあったからドルグワントを倒せた。違うか?」

「それは……そうだが……」

「倒したくないか? いい加減決着をつけたいと思わないか?」

 ゼアルの瞳がこちらを向く。その瞳は怒りの炎に燃えていた。

 言葉を聞かなくても分かる。

 当たり前だと。倒したいと。そう彼女の瞳は主張していた。

 だがゼアルはそれを口に出来ない。それは現実を知っているからだ。

 彼女の適正は守護。この国全土どころか周辺国を含む、大陸の半分に点在する都市すべてに結界を張るほどの力を有していても、相手を倒す力ではない。どれだけ悔しくとも、望んでも、彼女は耐える事しか出来ないのだ。

「ゼアル、俺を信じてくれ。倒せると言ったら倒せる。倒してやる」

「倒せないって思ったらどうすんだよ」

「それは倒せないな」

 売り言葉に買い言葉で倒せるなんて無茶は言わない。

 きちんと倒すための方法が思いつき、確信が無ければそもそも手を出すべきではないのだ。

「ぷはっ、なんだそりゃ」

 俺の答えがツボにはまったのか、ゼアルが思わずといった感じで吹き出す。

 ……つば飛ばすな、この。美少女の唾液ならいくらでもウェルカムなんて言えるほど変態じゃないんだよ、俺は。

「倒せないと思ってるのに倒せるなんて言い出すのは味方殺しだ。そんな事言うべきじゃない」

「だから信じろ……か」

 少しだけ楽しそうにゼアルが笑う。

 そこに先ほどまでの屈辱は見当たらず、昨夜散々見た、澄み渡る青空の様に快活で明るい笑顔が浮かんでいた。

「……期待だけはしといてやるよ」

「そうしてくれ」

 期待は裏切らないようにしないとな。

「とばすぞっ!」

 だからもっと強く掴まれって?

 女の子特有の体みたいで、こう柔らかくって恥ずかしいんだよなぁ……。文句言ってる暇なんてないだろうけど。

「あ、そういえばアウロラに何も言ってない」

「あ~」

「料理が出来るまでに帰らないと怒られるな。アウロラ怒らせると怖いんだよなぁ」

「……お前な。魔族のが怖いだろ、普通はよ」

「それは見解の相違だな。アウロラを怒らせると色々怖いんだ」

 ぷんぷん頬を膨らませて拗ねるから空気が痛いのなんの。あれは一緒に居る人にしか分からないね。

「いいから掴まれ、バカ野郎」

「ああ」

 こつんと軽い頭突きをされた俺は、両手に力を入れると更に体を密着させたのだった。

 
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