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第48話 殺す手段を思いついてもそれは不幸な事でしかないから

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 ゼアルと共に降り立った場所は、一面の焼け野原だった。

 土は真っ黒に焼けこげ、そこら中に岩塊が転がっている。

「……ここは俺の記憶が確かなら山があったはずなんだけどな」

 その場所は、魔族であるイリアスの力を使って生み出された戦闘体ドルグワントと戦った場所の筈であったのだが、今は実に見晴らしのいい平地というか、クレーターが広がっていた。

 それを為したのは――。

「イフリータ、よくもやってくれたな」

 俺たちの正面に立つ、炎が波打って長い髪を形作り、赤色の肌を持ち、武人然とした凛々しい顔つきをした長身の女性……のような姿をしている魔族だった。

 ゼアルは因縁の相手を強く睨みつけ、闘志を剥き出しにして魔族たち・・と対峙する。

「何かと思えばカメか」

「うるせぇ、この花火ヤロウ! オレに変なあだ名付けてんじゃねえ!」

 ……カメって守備しかできないからかな。

 ゼアルの胸が甲羅みたいにぺったんことかそういう意味じゃないよな?

 こう見えても一応多少あるんだぞ。イフリータのセレナさんを越える山脈と比べれば無いに等しいけど。

「おい、ナオヤ。なんか変な事考えちゃ居ねえだろうな」

「ないない」

 アウロラといいなんでこうも勘が鋭いかな、女性って。

「あ~、ナオヤさん。やらしいこと考えてる顔だぁ~」

「…………」

 ……あえて無視してたのに話しかけてくんなよ。

 俺はそう胸中で毒づきながら、イフリータの隣で立っている、光加減によっては白っぽく見える色素の薄い金髪で、性格に反して鋭い目つきの女性へと声をかけた。

「で、イリアスは何してるんだ」

 人間に害をなさないという約束を俺と結んでいたはずだが、ここに居るって事はイフリータに協力しているのだろうか。

「私はこの魔族に連れてこられただけ。ドルグワントの位置はどこだって」

「お魔の人形なぞどうでもいい」

 即行で否定されてんじゃねえか……。

「そうよねぇ。大切なのはドルグワントが持っている――」

 イリアスの笑みが深くなる。それは人間の顔でなされた笑いだというのに、何故かイリアスが魔に属する存在である事を、強く思い出させる笑みであった。

「魔王様の御魂」

「なっ」

 ゼアルが声を震わせる。

 初めて彼女の恐怖というものを感じた気がしたのだが、つまりはそれほどの存在という訳だ。

 俺には全く凄さが分からないのでイマイチ実感し辛いのだが。

 とにかくイフリータの目的は、地中深くに埋まってしまったドルグワントの体内に納められている魔王の魂を回収することらしかった。

「貴様に魔王様の魂をお守りする責は少々重すぎたようだがな」

「だってナオヤさんってばすっごく強かったから仕方ないと思わない?」

 今も封印されちゃったしと言いつつ俺が付けた腕輪型の魔力を阻害する力を持った魔具をイフリータに見せつける。

 これによってドルグワントという、力のほとんどを使って創り上げた戦闘体を失ったイリアスは、更に弱体化してしまっていた。

 弱体化したところで人間にして比べ物にならないほど強靭な体と巨大な魔力を持っているのだが。

「ちょっと待て、ナオヤ。さっきから親し気に話してるが、あいつはなんだ? 魔族にしてはずいぶん魔力が弱い気がするんだが」

「あいつは……」

「私はナオヤさんの性奴隷よ」

「人聞きの悪い嘘をつくなっ!」

 どうやらあの人形の性格は、イリアスの素であったらしい。

 子どものように無邪気な言動で、こちらの調子を狂わせて来る。

「一応言っておくが、守秘義務違反じゃないからな。お前がゼアルの前に出て来た事が悪いんだからな」

「え~~」

 不満そうなイリアスは放置して、ゼアルにかいつまんでイリアスとの関係を説明する。

 魔族と契約を結び、あまつさえ見逃したというのに、ゼアルは不敵に笑いながら「お前らしいな」との一言で済ませてくれた。

 ただ、弱体化した魔族よりも先に対処すべき相手を優先すべきとの判断もあったのだろう。

「お前らの目的は分かったが、俺たちにとって迷惑でしかない。ここから出て行け、イフリータ」

「そう言って聞くと思うか?」

「だよな」

 二人の間で闘気がぐんぐん高まっていく。

 無意識に発せられた魔力が渦を巻き、まだ形を成していないというのにも関わらず、俺の肌を震わせるほどの圧力を生む。

 この二つの台風に巻き込まれれば、俺なんて形も残らず消滅してしまうだろう。

 俺はポケットに手を入れてスマホのスリープを解除する。

 そのままジリジリと横へ移動し、ゼアルから離れていく。俺にはまずやらなければならない事があった。

「ゼアル、すぐ戻る」

「ああ」

 そう言い残すと俺は彼女達に背を向けて走り出した。







 セイラムの番兵に魔族が来ている事、ゼアルが逃げろと命じたことを伝え、すぐさまとって返す。

 俺に奴が倒せるのか。それとも無理なのかを判断しなければならなかった。

 だというのに……。

「ナオヤさん、どう?」

 必死に走っている俺の横を、イリアスはふよふよと併走というか飛行している。

 しかも何故かワクワクした視線を俺に向けて居るのだから何とも居心地が悪い。

 ……というか魔力を乱して魔法を使いにくくする腕輪を填めているというのにこれだけの魔法を行使できるとか嫌になるくらい強大な存在なのだと改めて理解する。

 いやホント、俺よくこんなのに勝てたな。

「どうって何がだ?」

「イフリータを倒せそう?」

「……お前は仲間を倒されて嬉しいのか?」

「目的は同じ魔王様の復活だけれど、別に仲間でも何でもないわよ」

 イフリータがイリアスの事を仲間と思っているかは分からないが、少なくとも彼女が誰の事も仲間だと思っていない事は確かだった。

 全てを透過する魔法を最も得意とするイリアスは、誰からも触れられることなく孤立して、この世界の全てから隔離される。実に彼女らしい特質と言えるだろう。

 ……少し、寂しい気もするけれど。

「倒せるなら倒してもいいんだな?」

 倒せる、なんて甘い言葉を使っているけれど、本質は違う。

 イリアスの場合はたまたま倒せる方法が見つかっただけ。普通は――殺す、だ。

 その事は、俺に生殺与奪を握られたイリアスが一番よく知っている筈だった。

「ええ、もちろんよ」

「なんでそんな事が言える?」

 一応、聞いたところによれば魔族は魔王から生まれたのだから、イリアスとイフリータは姉妹の様なもののはずだ。対極に位置するゼアルは、他の天使に対してある程度の情があるらしいから、それと比べればかなり冷たく感じてしまう。

 イリアスだからと言えばそれまでだが……。

「だって、人間が魔族を倒すのよ? あなた達の感覚なら、蟻が街ひとつを破壊する感じかしら。それがどれだけ面白い事か分かる?」

「分かんねえよ」

 どちらかと言うと分かりたくないの方が正解だ。

 サッカーなんかで弱いチームが強いチームに勝つのは最高に盛り上がるが、それを人の生き死ににまで適用したいとは思わない。

「あら残念」

 残念とは正反対の顔でイリアスはそう言うと、直の事目を輝かせる。

 そして――。

「ねえ、倒す方法は思いついてるんでしょう?」

 多分それがイリアスの聞きたかったことだろう。

 俺はそれをずっとはぐらかしていたのだ。だって……。

「だいたいは、な。もっと観察しないと正確な所は分からないけど」

「そぉなんだぁ~。うふふふふっ」

 俺が思いついたのは倒すための手段ではなく、何かの命を奪うための手段なんだから、自慢できるわけがないじゃないか。

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