悪女は毒花を食む

oro

文字の大きさ
8 / 13

8

しおりを挟む
「ッは…。」

今まさに意識が途絶ようとする瞬間、私の口の中で執拗に暴れていたライアンお兄様の舌が引き抜かれました。
私は突然解放された口から反射的に酸素を取り込むと、段々と意識がはっきりしてきます。
どうやら死は免れたようですわ。
生理的な涙のせいで揺らぐ視界には、先程よりも遥かに官能的に笑う彼の顔が写っています。

「きっとお前は、これも親愛とでも思うのだろうな。」

「…ぁ…?」

ライアンお兄様の言葉に答えるべく放った声は思った以上にか細くて、最早言葉ですらありませんでした。
口の中に充満する鉄錆の香りが、段々と脳髄を侵食していくのを感じます。
嗚呼、もしかしてこれがフグが自分の毒にあたるという状態なのでしょうか。
段々と手が痺れてきましたわね…。
このままではいけませんわ。ブラックロペス公爵家の娘が自分の毒にあてられるなんて醜態、家族や使用人に見られる訳にはいきませんもの。

「ライアンお兄様。そこをどいて下さいませんか?」

あまりこの手は使いたくありませんでしたが…。
私は上目遣いで怯えたように彼のことを見上げました。教師からも計算し尽くされた完璧な庇護欲をそそる表情であると絶賛されています。
まぁきっと彼には通用しないでしょうが。

案の定ライアンお兄様は私の表情を見て鼻で笑うと、目尻に溜まった涙を舐めとって立ち上がりました。どうやらそのまま部屋を出ていくようでしたので、私は起き上がってベットサイドに腰掛けました。
やはり彼に媚びるような誘惑は全く効かなかったようですが、願いは聞いてくれました。
嗚呼、毒性を強めた副作用のせいもあるのか、随分と体が重く感じますわ。
それになんだか…

ゴフッ

突然込み上げてきたも不快感は、私の口から血となって溢れ出てきました。
嗚呼、きっと毒の副作用ですわね。せっかくのドレスも汚れてしまいましたわ。

「おい。」

「ガフッ…お見苦しいところをお見せ致しましたわ。どうぞライアンお兄様は自室へお戻り下さい。」

そう言うとライアンお兄様は私の元へ近寄る歩みを止め、少し沈黙をおいてから部屋を出ていかれました。

「はぁ…。」

わざわざ着替えるのも面倒ですわね。
クラクラと眩暈のする体を起こすと、着替えをするためにテーブルに置かれたベルを鳴らしてメイドを呼びました。

「お呼びでしょうか。」

「ドレスが汚れてしまいましたので新しいドレスを着せて下さる?」

直ぐに部屋に入ってきたメイドは私の姿を見て少しだけ眉を顰めると、静かに一礼して私のドレスを脱がし始めました。

「私はライアンお兄様に嫌われているのかしら。」

今朝といい先程といい、ライアンお兄様の考えが私には分かりませんわ。
ライアンお兄様に嫌われるようなことをした覚えはないのですけれど…。
もしかして、私の存在自体が気に入らないのでしょうか。だとしたら困りましたわ。
この家で会わないように過ごすことは出来ても、私の命は公爵家当主であるお父様のもの。私は先程のように身内に殺されるのは光栄ですけれど、きっとお父様は彼の行いを許しませんわ。

「僭越ながら申し上げますと、ライアン様の行いはライラ様への嫌悪感からくるものでは無いと思われます。」

「あら、そうなのかしら。」

ドレスを脱がせる手を休めることなく淡々とそう告げたメイドに、私は首を傾げます。
では嫌悪感では無いとしたら…何なのかしら。
さっぱり分かりませんわ。
私はメイドに手渡されたタオルで口元の血を拭うと、黒を基調に深紅の刺繍が施された新しいドレスに袖を通しました。
我が家の家紋が黒い狼ということもあり、家族も皆黒やその他の暗い色の服を身にまとっています。
まぁ第一の理由は返り血が目立たないからなのですけれど。

ドレスが着終わると私はドレッサーの前に腰掛けました。
後ろからメイドが乱れた髪を梳いてくれます。
鏡に映るのは気味が悪い程に白い肌をした私。
その肌のせいか、お父様譲りの猫のような深紅の の瞳が嫌に目を引きます。
残念ながら髪色はお母様譲りの淡い金色ですけれど、毛先は毒の副作用で紫色になってしまいました。まぁテオやお父様も褒めて下さいますし、嫌いではありませんわね。

「当主様から皆執務室に集まるようにとの連絡が入っております。」

「まぁ、分かりましたわ。」

今日は随分と早いお帰りですわね。
それにしても子供を皆集めるなんて…なにか重要な話なのでしょうか。

「ライラ様…。出過ぎたことを申しますが、現在ライラ様のお体は毒の副作用に侵されています。本日は部屋で安静にするべきかと。」

普段は人形の様に無表情なメイドが、今は何だかとても感情的です。
嗚呼、先程も私の身を案じてくれていたのですね。
彼女は私が幼い時から専属メイドとして付き添ってくれていましたから、何かしらの情を抱いているのでしょう。残念ながら、私は彼女の名前を存じませんけれど。

「ふふ、メイドにまで心配して貰えるなんて、私は幸せ者ですわ。」

メイドが髪を梳き終えたのを確認すると、私は立ち上がってメイドの頬に触れました。

「心配してくれてありがとうございます。私の身を案じてくれる貴女が傍にいるから、私は大丈夫ですわ。貴女だけは…これからも私の傍にいてくれるかしら?」

囁くように、官能的に。
相手が求めている言葉を紡ぎ、その欲を満たしてあげれば…

「はい。私は何があろうともライラ様のお傍におります。」

ほぉら。
簡単ですわね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

王子の逆鱗に触れ消された女の話~執着王子が見せた異常の片鱗~

犬の下僕
恋愛
美貌の王子様に一目惚れしたとある公爵令嬢が、王子の妃の座を夢見て破滅してしまうお話です。

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...