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第三章 奪還
第四十五話
しおりを挟む「メイリン、兵士達を全員置いてきたの?」
晧月の言葉に、メイリンは自信満々に頷いた。
「はい!お兄様。私達3人で、姫君方を救えると判断しました!」
メイリンには、自信があった。自分は、そんじょそこらの女よりは強い。それに、怪力で有名なザァブリオ。彼も普段は頼りない男ではあるが、戦場においては頼もしく強い男だ。何よりも、晧月がいる。異界からの姫君の血を色濃く継ぎ、優れた身体能力と、心を見通す瞳の力を持っている。その戦闘センスはなかなかのもので、まるで舞うように剣をふるい、素早い動きで敵を倒すのだ。
当初の予定では、数人の兵士も連れてくるつもりだったのだが……。晧月は、やれやれと肩を竦めた。
「ま、いっか。人数が少ない方が、逆に動きやすいかもしれないし」
血で濡れたクナイをハンカチで拭いて、ポイッと床に捨てると、晧月は目を光らせた。銀色の瞳がギラリと輝き、瞳孔が開く。その瞳は、近くにいるザァブリオ達の心の中を通り越していき、城にいる様々な人間の心を覗き込んだ。目の縁が突っ張るような感覚に、ビキビキと血管が浮かぶ。彼の頬を冷や汗が流れる。その瞳には、大量の情報が一気に流れ込んできていた。
見える光景と、心の声。それは、侍女達や兵士達のものだ。その日の晩御飯を思い浮かべるものや、仕事が嫌だと駄々を捏ねる心の声が、言葉となって見えてくる。その中に有益な情報は、無いのだろうかと、必死に目を見開いた。ふと、滝のように流れ落ちる映像の中から、市の顔を浮かべる人物の心を、覗き込むことに成功する。
「見つけた……!」
晧月の右目から、真っ赤な血が筋となって、頬を垂れた。
「お兄様、血が……!目の力を使い過ぎですわ……!」
止めようとするメイリンを制して、晧月はもっと深くまで覗き込む。すると見えてくる、市の居場所。彼女はこの城の奥深くの一室にいる。そして……晧月が転々と人の心を飛ぶ程、目に引き裂かれそうな痛みが走る。彼は、歯を食いしばって、固く拳を握り締めた。片目だけでなく、両方の瞳から血が流れ落ちた時、ついにエイサフの心の中を捉えた。
「……市」
低く呟かれた声に、ザァブリオがゾッとする。彼の毛という毛が逆立つ程の殺気が、晧月からブワリと発せられた。メイリンは、恐る恐る兄の名を口にしようと思うも、出来なかった。肌を突き刺す程の殺気が、痛い。晧月の銀髪が、ざわざわと揺れた。両目から流れた血を、ゆっくりと腕で拭い、無表情に呟く。
「あいつ……ぶっ殺してやる」
ザァブリオ達が、言葉を失う程の威圧感。気が付いた時に、晧月はその場から消えていた。否、消えたかのようなスピードで、走り去っていった。
「晧月っ!待て!どこへ行くんだ!?」
「きっと、市姫の所よ!お兄様の後を追いかけなくては!!」
ザァブリオの腕を捻りあげて、メイリンが晧月の後を追う。ザァブリオは、呻き声を上げた。別に、腕を捻りあげる必要はないのでは?と思うも、メイリンに口答えをする勇気などない。彼は心の中で泣きながら、彼女の後を追いかけるのだった。
薄暗い部屋には、暖かな火を灯す蝋燭が3つ。市の瞳に映る白い壁に、大きな男の影が揺れていた。彼女の頬には、涙の後が残り、目は赤く腫れている。枝のように細くなってしまった腕は、エイサフの腰紐によって拘束されていた。太ももにはエイサフの体重がのしかかり、ビクともしない。はだけた衣服により、彼女の胸元は乱れて、エイサフの瞳に淫らに映っていた。
痩せていても、つるりと手触りの良い市の頬を撫でて、エイサフは唇に笑みを乗せる。
「姫よ、あまり抵抗しなくなったな」
「……」
抵抗出来ないようにしているのは、エイサフだ。市は黙ったまま、彼の顔を睨み上げた。しかし、エイサフは愛おしそうに笑みを深めて、市の頬に唇を落とす。自身の頬に触れる、生暖かく湿った男の唇。嫌いな男の感触は、あまりに固く冷たかった。それはまるで、エイサフの心の冷たさを表しているかのようだ。
「……ふむ、今は従順でも、また舌を噛まれたら面倒だな。そんな事では、コトも進まぬ」
わざとらしく首を傾けて、エイサフは市の唇に布を突っ込んだ。苦しげな声を漏らす市を、優しく撫でるエイサフの手。初めて会った時は、まるで兄に撫でられているようだと思ったその手が、今となっては気持ちが悪くて堪らない。触れられる度に、嫌になる。消えてしまいたい思いにかられる。嫌だ。触るな。市の心の叫びなど、エイサフには届かない。
「さて……。その反抗的な瞳が、熱っぽく淫らに染まる様を見せてみよ……」
エイサフの瞳が、じわりと情欲に濡れる。目元を赤く染め、熱に浮かされたようなエイサフの顔からは、色香が滲み出ていた。熱く火照った男の大きな手が、市の肌を這う。エイサフの、獣のような欲望を詰め込んだ男の証である部分が、市の太ももにギュッと押し付けられた。
「……ひっ……!」
小さく悲鳴が漏れる。ウブな彼女でも、ソレが何であるのかよくわかった。まるで木の根っこのように硬くなったソレは、彼の体温よりも熱く、脈打っている。その僅かな動きを感じ、市の肌が粟立った。いよいよ、犯されてしまうのだという恐怖に、彼女の顔が青ざめる。唇を震わせ、肩を震わせ……瞳からは枯れてしまったかと思えた涙が、再び溢れ出した。
ーー嫌……嫌……っ!!晧月様……!!
ギュッと目を閉じた。エイサフの手が、彼女の胸の膨らみに触れる。その時ーーまるで、市の叫びを聞き届けたかのように扉が開いた。
「何奴!?」
鋭く飛んできたクナイを弾いて、エイサフが吠える。暗がりに浮かび上がる銀色。黒いチャイナ服に銀糸で施された龍が、ギロリとエイサフを睨み付けているように見えて、息を呑む。そんな、まさかーー。
「天使、助けに来たよ」
市は目を見開いた。その人物の姿を捉えて、ポタリと涙が滑り落ちる。焦がれてやまなかった銀色が、目の前にいる。再び、自分に笑いかけている。
ーー晧月、様……!
晧月は市に笑顔を見せると、エイサフに向き直って表情を変えた。一重だけれど大きな瞳が、服に施された龍のように鋭く吊り上がる。部屋の前を見張っていた兵士達の血で、真っ赤に染まった彼の剣から、ポタポタと血が滴り落ちた。
「貴様……生きていたのか」
エイサフは、声を絞り出した。ギリギリと唇を噛み締めて、腰に差していた剣を握る。確かに、殺したと思っていた。それなのに、何故。姫君の血を濃く継いだ男とは、運にも恵まれているというのか……!
スラリと剣を抜き、蝋燭の炎に照らされたエイサフの顔が、恐ろしいほど美しく浮かび上がる。彼は笑っていた。小さく肩を震わせて、笑っていた。
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