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第二章 始動
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しおりを挟むエカチェリーナは、思わず頬笑みを浮かべたまま固まってしまった。
目の前には、イヴァンが連れて来た、例の平民出身の侍女。その横で、イヴァンがほら見ろとばかりに、エカチェリーナを見て肩をすくめる。
女は挨拶をする為に、一歩エカチェリーナに近付いた。ズシンと重たげな音がしそうな、大きな足。重量のあるお尻により、ぶわりと広がったエプロンドレス。
「初めまして……」
どんよりとした空気を纏い、女は頭を上げた。ボサっとした真っ黒な髪の毛が、ぶわんと揺れ、個性的な顔が現れる。
四角い大きな顔に、コインのような黒い目玉が二つ。ピーマンのような鼻は上を向いており、豆がすっぽりと入りそうな穴が見える。その下に、ソーセージが二本重なったような唇が、ででん!と存在を主張していた。
「イエティム・デカ・プリオワと申します」
ボソボソと小さな声で話す女……イエティム。
エカチェリーナは、名前も強烈だなと思った。イエティムだなんて、イエティを連想させる。外見も相まって、イエティにしか見えない。そう考えて、ハッと首を横に振る。
ーーわたくしったら……!失礼な事を考えてはダメよ!
今日からお試しで、エカチェリーナ付きの侍女になってもらうのだ。いい関係が築けたらいいなと、エカチェリーナは笑みを浮かべた。
「よろしくね」
「……はぃ」
どよーんとした空気を纏い、イエティは吐息のような返事を返した。今にも死にそうな声をしている。声だけではない。何だか全体的に、暗い。大人しいと聞いてはいたが、大人しいと言うよりは陰気なのでは……?エカチェリーナは、上手くやっていけるか不安になった。
だが彼女はそれはもう、よく働く女性だった。
エカチェリーナの毎朝の紅茶には、虫なんて入っていないし、何より紅茶の煮出し加減が絶妙だ。気が利く上に、部屋の掃除も丁寧で完璧。着替えの手伝いも、手早く済ませて、色々な髪型にアレンジをしてくれた。ただ髪をとかすだけだったアンナと、大違いだ。
エカチェリーナは、イエティムの事を気に入り始めた。このまま専属になってもらおうかと思うも、イエティムはあまり喋らないので、打ち解けた気になれない。どうせなら、仲良くなりたい。そう考えたエカチェリーナは、毎日笑顔で話しかけるのだが、話が弾む事はなかった。
そんなある日のこと。
体調が元通りに回復したエカチェリーナは、イエティムを連れて皇城の庭へ向かっていた。そこで待っていたのが、ヴァルヴァラとエヴァだ。エカチェリーナは、お茶会に誘われたのだ。
「ごきげんよう。皇妃様、エヴァ様」
腰を折って挨拶をしたエカチェリーナに、ヴァルヴァラが鼻を鳴らす。その隣で、エヴァが「ごきげんよう、エカチェリーナ様」と微笑んでいた。
その二人を睨み上げるように、エカチェリーナはじっと見つめた。
久しぶりに会った彼女達は、相変わらずエカチェリーナのことが嫌いで堪らないらしい。思いっきり嫌悪をあらわにするヴァルヴァラと、微笑んでいるものの目は笑っていないエヴァ。
ーーお二人共、お変わりないようで何よりだわ。
そう心中で呟いて、エカチェリーナは席に着いた。
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