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第二話
サタンの花嫁
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その若い女性は、診察室に入ると、Dr.Fridayこと鈴木医師に、軽く一礼してから、椅子に座り、そのとたんにポロポロ泣き始めた。
彼女の名前は、安野 裕子(あんの ゆうこ)、25才。
会社に勤めて事務職をしていたが、現在は休職中である。
小さい丸テーブルをはさんで、向かいあっている鈴木医師に、
「先生、助けてください!」
と、訴えた。
かわいらしい顔立ちが、泣き顔でくずれ、ハンカチを目にあてて、うつむく。
鈴木医師は彼女の訴えの内容と、そのことが起こった原因と思われる出来事について、彼女の両親とお姉さんから、事前にある程度、電話で聞き取りをしているが、あらためて、本人の口から話してもらうことが大切だ。
家族が知らない何かや、本人もまだ気づいていない、無意識に見逃していることがらがあるかもしれないからだ。
「あなたのちからになりますから、詳しいお話を、私に聞かせてください。」
鈴木医師は裕子にそう言いながら、テーブルの上に、ノートを広げた。
裕子は涙をふきながら、話しだした。
「サタンが私のところへやって来て、プロポーズをするのです。私…怖くて、怖くて…」
「サタンとは、キリスト教でいう悪魔、魔王のことですか?」
「そうです…」
鈴木医師はノートにペンを走らせて書きとめる。
このような話をすると、他人はもちろん、裕子さんの家族でも、彼女の妄想だと思うだろう。
しかし、妄想であったとしても、彼女にとってはまごうかたなき現実で、非常な恐怖なのだ。だから、決して、それは妄想です、などと言ってはならない。
「サタンはいつ、どのように来るのですか?」
鈴木医師はたずねる。
「初めてサタンが現れたのは、1ヶ月くらい前です。夕食と入浴を終えたあと、私が自分の部屋でくつろいでいた時に、現れました。」
裕子は涙をぬぐって続ける。
「私が鏡を見ながら、髪をといていると、その鏡に黒い影が映ったんです。なんだろう、と思って振りむいたら…」
裕子は身を震わせた。
「そこに…そこに…サタンが立っていたんです…」
鈴木医師は、さらにたずねる。
「語ることが苦しいとは思いますが、サタンに対抗するために、サタンの詳しい様子を教えてもらう必要があります。サタンの見た目や様子を教えてもらえますか?」
裕子は声をふるわせながら、
「人間の男性の1.5倍くらいの体格で、筋肉質な感じ。頭には大きな曲がった角が2本生えていて、背中には、大きなコウモリのような形をした羽根が折りたたまれているんです。」
「顔は?表情はあるのですか?」
「それが…顔と体、姿全体が、まっ黒な煙のようで、まわりの空間と切り離されていないような感じなんです…ですから顔の表情はわかりません…ただ…」
「ただ?」
鈴木医師は、ペンを止めて、裕子を見つめた。
「雷が鳴るような、うなり声を上げて、私に言いました。『わたしは地獄の王、サタン。お前に引き寄せられてここに来た。わたしと結婚しろ。さすれば、お前のどんな望みも叶えてやろう。』」
(お前のどんな望みも叶えてやろう。)
これは重要なワードだと、頭の中で復唱しながら、鈴木医師はノートに書き留めた。
「そう言われて、あなたはどうしたのですか?」
「その時は、怖くて体が凍りそうになりましたが、必死で首を横に振り続けました。そうしたら、煙が空中に広がって消えるように、姿がかき消えました。けれども…」
裕子は話し続けた。
「次の日の晩、サタンは私のベットの脇に現れたのです。私が横になって、ウトウトしかけた時、私の枕元に、黒い煙が集まってきて…やがて、サタンの姿になりました…」
鈴木医師は黙ってうなずく。
「そして、今度は、私の耳元でささやくのです。また同じ言葉を。『わたしと結婚しろ。さすれば、お前のどんな望みも叶えてやろう。』と。」
「その時も、私は必死で首を横に振りました。しばらくそうしていると、その時はあきらめたのか、また、煙がかき消えるように姿を消しました。」
「私が自分の部屋に、ひとりでいる時にサタンが現れるので、次の日の晩、私はリビングで一夜を明かそうと考えました。リビングのソファーの上で毛布をかぶって身を隠していれば、サタンに見つからないのではないかと思って。」
「家族がそれぞれ寝室に入ったあと、私は毛布を持って、1階のリビングに行き、頭から毛布をかぶってソファーの上で丸まりました。」
「この夜は、真夜中をすぎても何事もなく、サタンから逃れられたかと思った時、玄関のドアが開く音はしなかったのに、玄関のほうから、廊下をミシミシ歩いてリビングに近づいてくる足音が聞こえてきたのです。」
その時をよく思いだそうとしているのだろう、裕子は恐怖を浮かべた表情で、視線をうつろに漂わせた。
「家のリビングのドアは木のドアですが、
上半分に半透明のステンドグラスがはめ込まれているので、廊下を通る人影は見えるんです。私は毛布のすき間から、息をころして見ていると、ステンドグラスの向こうに角のある黒い人影がうつって…」
「サタンがリビングに入って来る!と思ったのと同時に、ドアと反対側にある階段から、トントンと、誰かが降りてくる足音がしました…」
「振りかえって階段を見ると、姉が降りてきているところで…真夜中にリビングで毛布をかぶっている私を見て、姉もびっくりしたのでしょう、『裕ちゃん何してるの?』って聞かれて…それで、私がもう一度、ドアのほうを見ると、サタンの影は消えていました。」
「姉は、その夜、寝つけないので、ココアでも作って飲もうかと、1階に降りてきたのだそうです。私の隣に座って、私の話を聞いてくれました。」
「私はおとといから、サタンが訪れてきて、怖くてたまらないと話しました。私が自分の部屋にいなければ、サタンをかわせるのではないかと考えて、リビングに隠れていたけれど、サタンはさっき、リビングのドアの前まで来ていたこと、姉がリビングに降りてくると、姿を消したと言いました。」
「姉は、しばらく考えていましたが、こう言ってくれたんです。『私がリビングに降りてきたら、サタンが消えたのなら、裕ちゃんふとんを持って、私の部屋に来て寝たらいいよ。私がいればサタンは来れないかもしれないし、来ても、私が追い返してやるから。』」
「私は生まれてから一番、姉に感謝しました。さっそく2人で2階に上がり、私は自分の部屋から姉の部屋にふとんを運んで敷き、姉は自分のベットで、私は姉のベットの横でふとんに入りました。」
「そうしたら、姉の言ったとおり、サタンは現れずに朝をむかえられ、私は姉に抱きついて喜びました。子どもみたいですが、次の晩とその次の晩も、姉の部屋に泊めてもらいました。二晩続けてサタンは現れず、私はサタンから逃れられたのではないかと思い始めました…ところが…」
彼女の目から、また涙がもり上がり、したたった。
「サタンは何と、私の勤め先にまで現れたのです。」
「私が勤めている会社は、オフィスビルの7階にあります。私がパソコンで文書を作っていて、一段落ついたので、画面から目を離して、ふと、窓のほうに視線を向けると…」
「そこに…サタンが来ていたのです!コウモリの羽根を広げてはばたきながら、両手のひらを窓ガラスに押し付けて、真っ黒な姿で空中に留まって…」
さすがの鈴木医師も、裕子が話すサタンの様子を想像すると、背筋が寒くなった。
「そして、私に向かって言ったのです。『お前はお前の望みを叶えていない。わたしと結婚して、お前の望みを叶えよ。』と。」
「私は顔から血の気がひいて、体がガクガク震えだしました。その様子に気づいた隣のデスクの先輩が『大丈夫?気分が悪いんじゃないの?』と、聞いてくれて…先輩の顔を見て、再び窓のほうを見ると、サタンは消えていました…」
「その日はもう、私の気持ちと頭は、仕事どころではなくなって…体調が悪いからと届けて、会社を早退しましたが、家でも会社でもどこでも、どこに行ってもサタンから逃れられないことがわかって…もうどうしたらいいか…」
裕子は下を向き、両手で頭を抱えこんだ。
「今現在の生活は、どのように過ごしていますか?」
鈴木医師は、彼女の言葉をもらすことなく書き留めながら、たずねた。
「ほとんど家にいて、家族の誰かと同じ部屋にいるようにしています。平日は、主婦をしている母といっしょにいます。母が買物や用事に出かける時も、いっしょに外出します。家にひとりでいると、必ずサタンが来るでしょうから。夜は姉の部屋で眠らせてもらっています。そうして、サタンがつけ入る隙を作らないようにしているのですが、それでもふとした瞬間、私の影のとなりにサタンの影がうつったり、車のフロントガラスの前を、黒い影が横切ったりします。サタンはずっと私をつけ狙っているんです…」
ここで、裕子は鈴木医師に質問した。
「先生は、シューベルトの歌曲『魔王』の詩を知っていらっしゃいますか?」
鈴木医師は答える。
「ええ。詩の言葉全部は覚えていませんが、ストーリーは覚えています。昔から、義務教育の音楽で習いますからね。」
裕子は話した。
「あの歌曲の中で、魔王に魅入られた少年が命を落とすでしょう?私もあの少年と同じように、もし、サタンのプロポーズを退けられなくなると、死んでしまうのではないかと思って、とても怖いんです。私はまだ死にたくありません。家族を悲しませたくもありません。」
鈴木医師は、このことも、ノートに書き留めながら、チラリと腕時計を見た。
それを見た裕子は、自分の診療時間が終わりなのかと、そわそわし始めた。
裕子が椅子から腰を浮かしかけるのを、鈴木医師は手まねで制して、言った。
「今日聞いた、あなたのお話を基に、来週にはサタンへの対抗手段を出しましょう。それまでつらいでしょうが、持ちこたえていてください。あ、あとひとつ、聞かせてください。」
裕子は椅子から浮かしかけた腰をもどした。
鈴木医師はたずねた。
「あなたは、キリスト教の信者さんでいらっしゃいますか?」
裕子は答えた。
「いいえ、礼拝に行く教会があるというわけではありません。でも通った高校がミッション系の学校だったので、毎週1時間ずつ聖書の授業がありました…。」
鈴木医師は、このことも書き留めながら、
(なるほど、聖書の知識はあるわけだ…)
と、頭の中で考えた。
~~~
午後5時。
今日の最後の患者との面談が終わった後、鈴木医師は、ひとりで診察室に残り考えた。
椅子の背にもたれて、天井の木目を見ながら、今、担当している患者の顔を、ひとりひとり思い浮かべる。
そして決断した。今、一番、緊急性が高い患者は、安野 裕子さんだ。
実は、鈴木医師は、今日、裕子さんが話してくれたことと、事前にご家族から、電話で聞き取ったことがらから、裕子さんに、どうしてサタンが現れるようになったのか、およその見立てをたてていた。
裕子さんは話さなかったが、実は4ヶ月ほど前に、結婚の約束をしていた彼氏に突然ふられたのだそうだ。
このことは、裕子さんのお姉さんが詳しく話してくれた。
日曜日の朝、「デートに行ってくる。」とうれしそうに出かけて行った裕子さんが、夕刻、まるで夢遊病者のように、ぼんやりとして、ふらふら歩きながら、家に帰ってきた。
彼氏と何かあったのか?と、お姉さんや両親が心配してたずねても、本人は、ぼうっとして目の焦点も定まらず、何も答えられない様子なので、仕方なく、お姉さんが彼氏の番号に、電話をかけ、彼氏から事の次第を聞き出した。
彼氏は電話に出て、相手が裕子さんのお姉さんだと知ると、大きな声で、
「申し訳ありません。」
と、謝った。続けて、
「裕子さんとの結婚は、できなくなりました。今日、ご本人にお話ししましたが、すべて、私の一身上の理由で、裕子さんのせいではありません。裕子さんがショックを受けられたことはわかっています。私を憎んでくださっても、責めてくださっても当然です。本当に申し訳ありません。申し訳ありません。」
と、謝罪を繰り返すばかりだったという。
お姉さんと両親は、彼氏に何があったのかはわからないが、彼氏と裕子さんとの間で話をしたようだし、基本的に恋愛は、彼氏と裕子さんの間のことなので、彼氏が謝罪をしている以上、家族が彼氏を責め立てることもできまい、裕子さんはショック状態だが、家族で見守ってゆくしかあるまい、という結論に達したそうだ。
その後、裕子さんは、数日、会社を休んだが、やがて自分から、
「仕事をしているほうが、気がまぎれるから出勤する。」
と言い、会社に行き始めたので、家族もほっとし、日にちがたてば、元彼のことは、裕子さんの心から、薄れてゆくだろう、また新しい彼氏ができたら応援してあげようと、思っていたところ、「サタンが来る!」
と言い出したのだという。
ちなみに家族は誰も、サタンの姿を目撃していない。
鈴木医師は、ノートを繰って、お姉さんからの聞き取りを書いたページを出し、
(彼氏とどんな別れ方をしたのか、深掘りしてみる必要がある。)
と思いながら、彼氏と別れたことを、書き留めた部分を、右手のひとさし指でなぞった。
鈴木医師には、いくつかの、他の人にはない能力がある。これは生まれつきあったというよりも、精神科医になって、患者さんの心の痛み、苦しみに、寄り添ううちに、自然と開花してきた。初めは鈴木医師自身、こんなことがあるのかと驚いたが、今では患者さんの治療のために、積極的に生かしている。
現在フリースクールに通いながら、治療にも通って来ている、山崎トオルくんの時に使ったのは、彼の心の中を映像化して見せる能力だったが、今回使うのは、情報の断片から、その情報の全体像を見る能力だ。
目を閉じた鈴木医師のまぶたの裏に、情景が映しだされてきた…
…おしゃれなカフェの店内に、若い男性が座っている。清潔な服装をして、髪もきれいに短くカットしている。営業職の男性に、よくいるタイプだ。
「おまたせ~」
明るい笑顔で、そう言いながら、裕子さんが店内に入って来た。彼がいるテーブルへ、小走りに近づいて座る。
彼も顔を上げて、くちびるの端でほほえんだが、目には暗い色が浮かんでいる。
裕子さんが席に着くと、すぐにウェイトレスが来て、注文を聞いた。
彼と向かい合っている裕子さんは、ウェイトレスが去ると、ひざにのせたバックから、雑誌を取り出して、テーブルの上に広げた。ウェディング情報誌だ。
彼の暗い表情に、気づかない裕子さんは、
「この雑誌で式場を比べてみたのだけど、私はチャペルが好きだから…」
と、話しだした。
男性が突然、
「裕子ちゃん、ゴメン!」
と、言いながら、額がテーブルにつくほど頭を下げた。
「おれ、裕子ちゃんと結婚できなくなった。」
彼の言うことがのみこめない裕子さんは、うろたえて、言葉が出なかった。
「おれ、ソウルメイト(魂の片割れ)としか思えない女性と出会ってしまったんだ。だから、裕子ちゃんとは結婚できなくなった。」
「おれのこと、最低なヤツって思ってくれていいよ。裕子ちゃんは魅力があるから、おれよりいい男と出会って、幸せになってほしい。」
ガタンッ…
裕子さんは立ち上がると、雑誌をテーブルに残したまま、バックを抱えて、店から走り出ていった。
ウェイトレスが飲み物を運んでいる前を、裕子さんが横切ったので、ウェイトレスさんが、
「あっ、あの、お客様!」
と呼びかけたが、彼氏が、
「彼女の飲み物の代金は、私が払いますから。」
と言って、ウェイトレスさんから伝票を受け取り、裕子さんの後を追うことはしなかった。
なるほど…
鈴木医師は、この情景を見て、自分の見立てで間違いないと確信を深めた。
人の心は、大まかに、顕在意識と潜在意識とに分かれる。
このふたつの意識は、よく氷山に例えられる。氷山の海面から上に出ている、目に見える部分が、顕在意識で、海面下に隠れている、膨大で目には見えない氷の塊が、潜在意識だ。
顕在意識は、自覚することができ、自分でコントロールすることができるが、潜在意識は、自覚もできず、自分でコントロールできない。よく人が「無意識のうちに(何かの行動を)してしまった」と言うことがあるが、これは、潜在意識の中にある何かの気持ちがきっかけとなって、行動に現れる例で、本人も、自覚がないままの行動として誰でも経験があるだろう。
そして、人間はさまざまな感情を、潜在意識の中に溜め込んでしまいやすい。
それが本人にとって、プラスに働く感情なら良いが、マイナスに働く、負の感情の場合はやっかいだ。
安野 裕子さんの場合、結婚直前で彼氏にふられたのだから、彼氏に対する怒りや憎しみ、ふられたことへの悲しみ、誰かはわからないが、彼氏の心を奪った女性への嫉妬の感情が生まれるのは、人間として当然のことだ。
これらの感情を言葉にして、彼氏にぶつけるか、彼氏本人でなくても、家族や信頼できる友人などに、話をして、感情をはきだすか、をすれば、潜在意識に負の感情を溜め込まずに昇華してゆくことができたのだが、裕子さんの場合、おとなしい性格と、家族を含め、人に自分の苦しい感情を話して、心配をかけてはいけないという、思いやりの心が強すぎて、自分の感情を外に出さないままになっていた。
潜在意識に溜め込まれた負の感情は、本人も自覚できないのだから、いったんは、消えてしまったように見える。
しかし、時間がたってから、必ず何らかの他の形となって現れてきてしまう。
現れ方は、人それぞれで、身体の病気という形で現れる人もいるし、裕子さんのように、幻視、幻聴という形で現れる人もいる。
サタンの言葉『お前のどんな望みも叶えてやろう、わたしと結婚しろ』という意味は、『彼氏への怒りや憎しみの感情を、わたし(サタン)が代弁してやる、その代償として、お前(裕子さん)はサタンとの結婚(サタンのような、負の感情の権化となること)を求める』ということである。
心やさしく、負の感情を認めたくない裕子さんは、サタンは自身の負の感情から、自身が生み出した幻影だと気づいていない。
(さて、ここまでは、わかったものの、裕子さんをサタンから解放してあげるためには、どうすればいいかな…)
鈴木医師はしばらく考え、
(そういえば、以前にキリスト教徒の患者さんを診察した時に、彼の考え方のベースを知るため、聖書と何冊かの神学書に目を通して勉強したな…あのとき、変わった解釈が書いてある神学書があったが、あれが使えるかも…)
~~~
日曜日、鈴木医師は都内の図書館の、宗教書が並ぶ本棚の前にいた。
(前には確か、このあたりにあったはずだが…あっ、よかった!あった!)
一冊の、かなり出版年が古そうな、キリスト教神学の邦訳書を、手を伸ばして取り出した。
パラパラとページを繰り、探している理論が書いてあるところを開き、目を通す。この理論は異端と言われている理論ではあるが、裕子さんには役に立ちそうな内容を含んでいる。
(よし。これなら使える。)
裕子さんの治療に、この本が役立つと、自信を持った鈴木医師は、貸し出しカウンターへと急いだ。
~~~
次の金曜日。
裕子さんは、予約の時間に来院した。
先週と同じく、鈴木医師に軽く一礼し、椅子に座った。先週よりも、いくらか落ち着いている様子だ。
「この一週間、サタンは現れましたか?」
鈴木医師は質問する。
「この一週間は、気配はあっても、直接、姿を見せることはありませんでした。私がひとりになる時間を、作らないようにしていたせいも、あるとは思いますが…」
裕子さんが答えた。
(うん、良い傾向だ。)
鈴木医師は心の中で、つぶやき、そして切り出した。
「私もサタンについて、本で調べていました。そして、サタンは、唯一神ヤハウェに存在を許されていることを知りました。」
「ヤハウェに存在を許されている…?神様が悪魔を許しているんですか?」
裕子さんは、目をぱちくりと見開いた。
「これは、18世紀のイギリスの神学者、ジャン・ジャック・オールトが書いた、神学書を日本語訳した本です。」
鈴木医師は図書館から借りてきた本を開いて、本の上部を自分へ向けて置き、裕子さんが読めるように、丸テーブルの上に広げた。
「ここからを、声にだして読んでください。」
鈴木医師は、右手のひとさし指で、行を指した。
「サタンは堕天使として、イエスの敵と見なされているが、唯一神ヤハウェは、サタンの存在をも許しておられる。イエスが公に布教活動を始める前に、荒野でサタンが現れ、三つの試みを与えた。イエスはサタンの試みに打ち勝った。この手本のように、人の子も、サタンの試みを通して、魂を向上させることができる。その役目がために、サタンは存在しているのである。」
裕子さんは、小声で読み上げた。
鈴木医師はページを繰って、さきほどとは他の部分の行を指さし、また声にだして読むようにと言った。
「サタンがヘビに姿を変え、エデンの園に住んでいたイブをそそのかし、知恵の木の実を食べさせた。そしてさらに、イブがアダムに実を食べさせたため、二人は楽園追放となった。」
「しかし、エデンの園のように、食と住に恵まれ、何不自由ないところにいて、人は魂を向上させることができるであろうか?否である。人は力を合わせて作物を育て、あるいは、神から与えられた食物を収穫し、それらを分けあう暮らしをする中で、それぞれの役割を務め、魂を向上させることが可能になる。」
「ゆえに、唯一神ヤハウェは、サタンの行動、イブの行動、アダムの行動を、アダムとイブを創造された時から、見越しておられたのであり、人の魂の向上を計画して、サタンのそそのかしを許しておられるのである。」
読みおわった裕子さんは、視線を本に落としたまま、考え込んだ。
やがて、半分納得、半分信じられないというような表情で、ポツリ、ポツリと自分の言葉を語りはじめた。
「神様が…サタンを許しておられるとは……知りませんでした…」
「でも…確かに…、ここに書かれているとおりですよね。イエスもサタンの試みを通して、さらに向上されたわけですし…」
「私のところに来たサタンも…私の魂の向上のために…神様に許されて…来たのですね…」
このあと、鈴木医師は、裕子さんが、自分の体験を、今、読んだ神学書に照らし合わせながら考えているのを、黙って見守った。
やがて、裕子さんの診療時間が終わり、裕子さんは、静かに立ち上がって、入って来た時と同じく、軽く一礼をして、出て行った……
~~~
翌週の金曜日。
診察室に現れた裕子さんは、最初の診察日とは別人のように、にこやかだった。
鈴木医師に一礼して、椅子に腰かけると、落ち着いた口調で話しはじめた。
「先週、読ませていただいた神学書の内容と、私のところに来たサタンの言葉と、私の本当の、深いところにある気持ちについて、自分でよく考えてみました。」
「ええ。」
鈴木医師はあいづちをうつ。
「私は神様が、サタンの存在を許しておられる、というところが、最初はショックでしたが、自分の心や、これまでの人生で出会ってきた人達の言動を、よく掘り下げて考えると、自分の心の中にも、他の人の心の中にも、サタン的なところが、やむをえず存在するということに、気がつきました。」
「そうですか。」
「サタンが私に、『結婚』という言葉を使ったのは、私の心の中にあるサタン的なところに気づけ。そして認めろ。という意味だったのではないかと考えました。神様がサタンの存在を許しておられるのに、私がサタンの存在を許さないなんて、おかしいことですもの。」
「そして、サタンが言った『お前の望みを叶える』というのは、私の心の中にある、サタン的なところの感情を外に出せ。という意味なのではないかと考えました。」
「先生には、お話してなかったのですが、私の心の中には、元、付き合っていた彼氏を恨む気持ちがありました。」
「ひとりで、よく、洞察できましたね。」
鈴木医師は感心した。
「でも、恨む気持ちがある一方で、恨み続けるのは苦しいから、早く解放されたい、という気持ちも強くありました。」
「それで『恨みを浄化する方法』で検索をかけて、探してみました。いくつか方法がでてきましたが、『恨みの内容を紙に文章で書いて燃やす』というのが、すっきりしそうで気に入ったので、キッチンテーブルにレポート用紙とボールペンを持ってきて書き始めました。」
「テメーからアプローチして来たくせに、テメーからフルなんて、サイテーなヤツ!ヒトを何だと思ってるんだ!とか、感情にまかせて、心の中を全部吐き出すつもりで書きなぐりました。」
鈴木医師は心の中で、クスリと笑いながら、
(私に話せるようになったから、かなり大丈夫だな。)
と思った。
「書き終ったレポート用紙をビリビリに破いて小さくして、フライパンの中に入れて燃やしました。炎を上げながら、紙が焼けてゆく様子は、小さな煉獄(れんごく· カトリック教でいう、天国と地獄の間にある浄化の場所)みたいだと思いました。」
「フライパンに残った灰を、水で流してフライパンをきれいにしていた時、気づいたんです。テーブルで、野菜の下ごしらえをしているものとばかり、思っていた母が、私が書いている間に、庭仕事にでていたのです。私はキッチンに2、3時間もひとりでいたのに、サタンは現れなかったのです!それが火曜日のことです。そのあとは、サタンは姿を見せないのはもちろん、気配も消えました。私はサタンのストーカーから解放されました!」
「それは良かった!」
鈴木医師も、思わず喜びの声を上げた。同時に心の底から、ほっとした。
しかし、裕子さんは、まだ伝えたいことがあるようだ。
「私、この機会に、私って心の深いところでは、何を思っているんだろうか、とよくよく考えてみたのです。私は大学を選ぶ時も、特にその大学に行きたかったわけではなく、自分の学力で合格できるところ、という理由で選んでいたし、就職する時も、希望の職種があったわけではなく、事務職が無難だから、という理由で就職したし、元彼との出会いと別れも、女性の友人に、誘われた合コンで、彼のほうから声をかけてきたので、なんとなくつきあい始めて、つきあいが長くなったから、そろそろ結婚か、という流れになったわけで、私はいつも、自分の意思ではなくて、周囲や他の人に流される人生になっていた、と思い至りました。」
うんうん、と鈴木医師はうなずいた。
「だから、これからは、自分が主体的になって、本当は何をしたいのか、どんな人生を歩みたいのか、自分で考えてゆきたいと思うのです。」
「それは素晴らしい。自分で自分のしたいことを、主体的になしている人は、案外少ないのですよ。」
診察時間が終わり、裕子さんが診察室から出てゆく時、鈴木医師は、
(短い期間で、はやくも自分軸になられたな。これからの彼女の人生が楽しみだ。)
と、心の中で、つぶやいた。
カレンダーはちょうど「啓蟄(けいちつ)」。
暖かくなり、地面の下で冬ごもりしていた虫たちが出てくるように、裕子さんも、隠していた本当の心を外の世界に現し、周囲に流されない自分の人生を 、歩み始めたところなのだ。
裕子さんに幸あれ!
(了)
※この小説におけるキリスト教の解釈はフィクションであり、特定の宗派や団体とは関係ありません。
(第三話へと続きます。続いてお楽しみください。)
彼女の名前は、安野 裕子(あんの ゆうこ)、25才。
会社に勤めて事務職をしていたが、現在は休職中である。
小さい丸テーブルをはさんで、向かいあっている鈴木医師に、
「先生、助けてください!」
と、訴えた。
かわいらしい顔立ちが、泣き顔でくずれ、ハンカチを目にあてて、うつむく。
鈴木医師は彼女の訴えの内容と、そのことが起こった原因と思われる出来事について、彼女の両親とお姉さんから、事前にある程度、電話で聞き取りをしているが、あらためて、本人の口から話してもらうことが大切だ。
家族が知らない何かや、本人もまだ気づいていない、無意識に見逃していることがらがあるかもしれないからだ。
「あなたのちからになりますから、詳しいお話を、私に聞かせてください。」
鈴木医師は裕子にそう言いながら、テーブルの上に、ノートを広げた。
裕子は涙をふきながら、話しだした。
「サタンが私のところへやって来て、プロポーズをするのです。私…怖くて、怖くて…」
「サタンとは、キリスト教でいう悪魔、魔王のことですか?」
「そうです…」
鈴木医師はノートにペンを走らせて書きとめる。
このような話をすると、他人はもちろん、裕子さんの家族でも、彼女の妄想だと思うだろう。
しかし、妄想であったとしても、彼女にとってはまごうかたなき現実で、非常な恐怖なのだ。だから、決して、それは妄想です、などと言ってはならない。
「サタンはいつ、どのように来るのですか?」
鈴木医師はたずねる。
「初めてサタンが現れたのは、1ヶ月くらい前です。夕食と入浴を終えたあと、私が自分の部屋でくつろいでいた時に、現れました。」
裕子は涙をぬぐって続ける。
「私が鏡を見ながら、髪をといていると、その鏡に黒い影が映ったんです。なんだろう、と思って振りむいたら…」
裕子は身を震わせた。
「そこに…そこに…サタンが立っていたんです…」
鈴木医師は、さらにたずねる。
「語ることが苦しいとは思いますが、サタンに対抗するために、サタンの詳しい様子を教えてもらう必要があります。サタンの見た目や様子を教えてもらえますか?」
裕子は声をふるわせながら、
「人間の男性の1.5倍くらいの体格で、筋肉質な感じ。頭には大きな曲がった角が2本生えていて、背中には、大きなコウモリのような形をした羽根が折りたたまれているんです。」
「顔は?表情はあるのですか?」
「それが…顔と体、姿全体が、まっ黒な煙のようで、まわりの空間と切り離されていないような感じなんです…ですから顔の表情はわかりません…ただ…」
「ただ?」
鈴木医師は、ペンを止めて、裕子を見つめた。
「雷が鳴るような、うなり声を上げて、私に言いました。『わたしは地獄の王、サタン。お前に引き寄せられてここに来た。わたしと結婚しろ。さすれば、お前のどんな望みも叶えてやろう。』」
(お前のどんな望みも叶えてやろう。)
これは重要なワードだと、頭の中で復唱しながら、鈴木医師はノートに書き留めた。
「そう言われて、あなたはどうしたのですか?」
「その時は、怖くて体が凍りそうになりましたが、必死で首を横に振り続けました。そうしたら、煙が空中に広がって消えるように、姿がかき消えました。けれども…」
裕子は話し続けた。
「次の日の晩、サタンは私のベットの脇に現れたのです。私が横になって、ウトウトしかけた時、私の枕元に、黒い煙が集まってきて…やがて、サタンの姿になりました…」
鈴木医師は黙ってうなずく。
「そして、今度は、私の耳元でささやくのです。また同じ言葉を。『わたしと結婚しろ。さすれば、お前のどんな望みも叶えてやろう。』と。」
「その時も、私は必死で首を横に振りました。しばらくそうしていると、その時はあきらめたのか、また、煙がかき消えるように姿を消しました。」
「私が自分の部屋に、ひとりでいる時にサタンが現れるので、次の日の晩、私はリビングで一夜を明かそうと考えました。リビングのソファーの上で毛布をかぶって身を隠していれば、サタンに見つからないのではないかと思って。」
「家族がそれぞれ寝室に入ったあと、私は毛布を持って、1階のリビングに行き、頭から毛布をかぶってソファーの上で丸まりました。」
「この夜は、真夜中をすぎても何事もなく、サタンから逃れられたかと思った時、玄関のドアが開く音はしなかったのに、玄関のほうから、廊下をミシミシ歩いてリビングに近づいてくる足音が聞こえてきたのです。」
その時をよく思いだそうとしているのだろう、裕子は恐怖を浮かべた表情で、視線をうつろに漂わせた。
「家のリビングのドアは木のドアですが、
上半分に半透明のステンドグラスがはめ込まれているので、廊下を通る人影は見えるんです。私は毛布のすき間から、息をころして見ていると、ステンドグラスの向こうに角のある黒い人影がうつって…」
「サタンがリビングに入って来る!と思ったのと同時に、ドアと反対側にある階段から、トントンと、誰かが降りてくる足音がしました…」
「振りかえって階段を見ると、姉が降りてきているところで…真夜中にリビングで毛布をかぶっている私を見て、姉もびっくりしたのでしょう、『裕ちゃん何してるの?』って聞かれて…それで、私がもう一度、ドアのほうを見ると、サタンの影は消えていました。」
「姉は、その夜、寝つけないので、ココアでも作って飲もうかと、1階に降りてきたのだそうです。私の隣に座って、私の話を聞いてくれました。」
「私はおとといから、サタンが訪れてきて、怖くてたまらないと話しました。私が自分の部屋にいなければ、サタンをかわせるのではないかと考えて、リビングに隠れていたけれど、サタンはさっき、リビングのドアの前まで来ていたこと、姉がリビングに降りてくると、姿を消したと言いました。」
「姉は、しばらく考えていましたが、こう言ってくれたんです。『私がリビングに降りてきたら、サタンが消えたのなら、裕ちゃんふとんを持って、私の部屋に来て寝たらいいよ。私がいればサタンは来れないかもしれないし、来ても、私が追い返してやるから。』」
「私は生まれてから一番、姉に感謝しました。さっそく2人で2階に上がり、私は自分の部屋から姉の部屋にふとんを運んで敷き、姉は自分のベットで、私は姉のベットの横でふとんに入りました。」
「そうしたら、姉の言ったとおり、サタンは現れずに朝をむかえられ、私は姉に抱きついて喜びました。子どもみたいですが、次の晩とその次の晩も、姉の部屋に泊めてもらいました。二晩続けてサタンは現れず、私はサタンから逃れられたのではないかと思い始めました…ところが…」
彼女の目から、また涙がもり上がり、したたった。
「サタンは何と、私の勤め先にまで現れたのです。」
「私が勤めている会社は、オフィスビルの7階にあります。私がパソコンで文書を作っていて、一段落ついたので、画面から目を離して、ふと、窓のほうに視線を向けると…」
「そこに…サタンが来ていたのです!コウモリの羽根を広げてはばたきながら、両手のひらを窓ガラスに押し付けて、真っ黒な姿で空中に留まって…」
さすがの鈴木医師も、裕子が話すサタンの様子を想像すると、背筋が寒くなった。
「そして、私に向かって言ったのです。『お前はお前の望みを叶えていない。わたしと結婚して、お前の望みを叶えよ。』と。」
「私は顔から血の気がひいて、体がガクガク震えだしました。その様子に気づいた隣のデスクの先輩が『大丈夫?気分が悪いんじゃないの?』と、聞いてくれて…先輩の顔を見て、再び窓のほうを見ると、サタンは消えていました…」
「その日はもう、私の気持ちと頭は、仕事どころではなくなって…体調が悪いからと届けて、会社を早退しましたが、家でも会社でもどこでも、どこに行ってもサタンから逃れられないことがわかって…もうどうしたらいいか…」
裕子は下を向き、両手で頭を抱えこんだ。
「今現在の生活は、どのように過ごしていますか?」
鈴木医師は、彼女の言葉をもらすことなく書き留めながら、たずねた。
「ほとんど家にいて、家族の誰かと同じ部屋にいるようにしています。平日は、主婦をしている母といっしょにいます。母が買物や用事に出かける時も、いっしょに外出します。家にひとりでいると、必ずサタンが来るでしょうから。夜は姉の部屋で眠らせてもらっています。そうして、サタンがつけ入る隙を作らないようにしているのですが、それでもふとした瞬間、私の影のとなりにサタンの影がうつったり、車のフロントガラスの前を、黒い影が横切ったりします。サタンはずっと私をつけ狙っているんです…」
ここで、裕子は鈴木医師に質問した。
「先生は、シューベルトの歌曲『魔王』の詩を知っていらっしゃいますか?」
鈴木医師は答える。
「ええ。詩の言葉全部は覚えていませんが、ストーリーは覚えています。昔から、義務教育の音楽で習いますからね。」
裕子は話した。
「あの歌曲の中で、魔王に魅入られた少年が命を落とすでしょう?私もあの少年と同じように、もし、サタンのプロポーズを退けられなくなると、死んでしまうのではないかと思って、とても怖いんです。私はまだ死にたくありません。家族を悲しませたくもありません。」
鈴木医師は、このことも、ノートに書き留めながら、チラリと腕時計を見た。
それを見た裕子は、自分の診療時間が終わりなのかと、そわそわし始めた。
裕子が椅子から腰を浮かしかけるのを、鈴木医師は手まねで制して、言った。
「今日聞いた、あなたのお話を基に、来週にはサタンへの対抗手段を出しましょう。それまでつらいでしょうが、持ちこたえていてください。あ、あとひとつ、聞かせてください。」
裕子は椅子から浮かしかけた腰をもどした。
鈴木医師はたずねた。
「あなたは、キリスト教の信者さんでいらっしゃいますか?」
裕子は答えた。
「いいえ、礼拝に行く教会があるというわけではありません。でも通った高校がミッション系の学校だったので、毎週1時間ずつ聖書の授業がありました…。」
鈴木医師は、このことも書き留めながら、
(なるほど、聖書の知識はあるわけだ…)
と、頭の中で考えた。
~~~
午後5時。
今日の最後の患者との面談が終わった後、鈴木医師は、ひとりで診察室に残り考えた。
椅子の背にもたれて、天井の木目を見ながら、今、担当している患者の顔を、ひとりひとり思い浮かべる。
そして決断した。今、一番、緊急性が高い患者は、安野 裕子さんだ。
実は、鈴木医師は、今日、裕子さんが話してくれたことと、事前にご家族から、電話で聞き取ったことがらから、裕子さんに、どうしてサタンが現れるようになったのか、およその見立てをたてていた。
裕子さんは話さなかったが、実は4ヶ月ほど前に、結婚の約束をしていた彼氏に突然ふられたのだそうだ。
このことは、裕子さんのお姉さんが詳しく話してくれた。
日曜日の朝、「デートに行ってくる。」とうれしそうに出かけて行った裕子さんが、夕刻、まるで夢遊病者のように、ぼんやりとして、ふらふら歩きながら、家に帰ってきた。
彼氏と何かあったのか?と、お姉さんや両親が心配してたずねても、本人は、ぼうっとして目の焦点も定まらず、何も答えられない様子なので、仕方なく、お姉さんが彼氏の番号に、電話をかけ、彼氏から事の次第を聞き出した。
彼氏は電話に出て、相手が裕子さんのお姉さんだと知ると、大きな声で、
「申し訳ありません。」
と、謝った。続けて、
「裕子さんとの結婚は、できなくなりました。今日、ご本人にお話ししましたが、すべて、私の一身上の理由で、裕子さんのせいではありません。裕子さんがショックを受けられたことはわかっています。私を憎んでくださっても、責めてくださっても当然です。本当に申し訳ありません。申し訳ありません。」
と、謝罪を繰り返すばかりだったという。
お姉さんと両親は、彼氏に何があったのかはわからないが、彼氏と裕子さんとの間で話をしたようだし、基本的に恋愛は、彼氏と裕子さんの間のことなので、彼氏が謝罪をしている以上、家族が彼氏を責め立てることもできまい、裕子さんはショック状態だが、家族で見守ってゆくしかあるまい、という結論に達したそうだ。
その後、裕子さんは、数日、会社を休んだが、やがて自分から、
「仕事をしているほうが、気がまぎれるから出勤する。」
と言い、会社に行き始めたので、家族もほっとし、日にちがたてば、元彼のことは、裕子さんの心から、薄れてゆくだろう、また新しい彼氏ができたら応援してあげようと、思っていたところ、「サタンが来る!」
と言い出したのだという。
ちなみに家族は誰も、サタンの姿を目撃していない。
鈴木医師は、ノートを繰って、お姉さんからの聞き取りを書いたページを出し、
(彼氏とどんな別れ方をしたのか、深掘りしてみる必要がある。)
と思いながら、彼氏と別れたことを、書き留めた部分を、右手のひとさし指でなぞった。
鈴木医師には、いくつかの、他の人にはない能力がある。これは生まれつきあったというよりも、精神科医になって、患者さんの心の痛み、苦しみに、寄り添ううちに、自然と開花してきた。初めは鈴木医師自身、こんなことがあるのかと驚いたが、今では患者さんの治療のために、積極的に生かしている。
現在フリースクールに通いながら、治療にも通って来ている、山崎トオルくんの時に使ったのは、彼の心の中を映像化して見せる能力だったが、今回使うのは、情報の断片から、その情報の全体像を見る能力だ。
目を閉じた鈴木医師のまぶたの裏に、情景が映しだされてきた…
…おしゃれなカフェの店内に、若い男性が座っている。清潔な服装をして、髪もきれいに短くカットしている。営業職の男性に、よくいるタイプだ。
「おまたせ~」
明るい笑顔で、そう言いながら、裕子さんが店内に入って来た。彼がいるテーブルへ、小走りに近づいて座る。
彼も顔を上げて、くちびるの端でほほえんだが、目には暗い色が浮かんでいる。
裕子さんが席に着くと、すぐにウェイトレスが来て、注文を聞いた。
彼と向かい合っている裕子さんは、ウェイトレスが去ると、ひざにのせたバックから、雑誌を取り出して、テーブルの上に広げた。ウェディング情報誌だ。
彼の暗い表情に、気づかない裕子さんは、
「この雑誌で式場を比べてみたのだけど、私はチャペルが好きだから…」
と、話しだした。
男性が突然、
「裕子ちゃん、ゴメン!」
と、言いながら、額がテーブルにつくほど頭を下げた。
「おれ、裕子ちゃんと結婚できなくなった。」
彼の言うことがのみこめない裕子さんは、うろたえて、言葉が出なかった。
「おれ、ソウルメイト(魂の片割れ)としか思えない女性と出会ってしまったんだ。だから、裕子ちゃんとは結婚できなくなった。」
「おれのこと、最低なヤツって思ってくれていいよ。裕子ちゃんは魅力があるから、おれよりいい男と出会って、幸せになってほしい。」
ガタンッ…
裕子さんは立ち上がると、雑誌をテーブルに残したまま、バックを抱えて、店から走り出ていった。
ウェイトレスが飲み物を運んでいる前を、裕子さんが横切ったので、ウェイトレスさんが、
「あっ、あの、お客様!」
と呼びかけたが、彼氏が、
「彼女の飲み物の代金は、私が払いますから。」
と言って、ウェイトレスさんから伝票を受け取り、裕子さんの後を追うことはしなかった。
なるほど…
鈴木医師は、この情景を見て、自分の見立てで間違いないと確信を深めた。
人の心は、大まかに、顕在意識と潜在意識とに分かれる。
このふたつの意識は、よく氷山に例えられる。氷山の海面から上に出ている、目に見える部分が、顕在意識で、海面下に隠れている、膨大で目には見えない氷の塊が、潜在意識だ。
顕在意識は、自覚することができ、自分でコントロールすることができるが、潜在意識は、自覚もできず、自分でコントロールできない。よく人が「無意識のうちに(何かの行動を)してしまった」と言うことがあるが、これは、潜在意識の中にある何かの気持ちがきっかけとなって、行動に現れる例で、本人も、自覚がないままの行動として誰でも経験があるだろう。
そして、人間はさまざまな感情を、潜在意識の中に溜め込んでしまいやすい。
それが本人にとって、プラスに働く感情なら良いが、マイナスに働く、負の感情の場合はやっかいだ。
安野 裕子さんの場合、結婚直前で彼氏にふられたのだから、彼氏に対する怒りや憎しみ、ふられたことへの悲しみ、誰かはわからないが、彼氏の心を奪った女性への嫉妬の感情が生まれるのは、人間として当然のことだ。
これらの感情を言葉にして、彼氏にぶつけるか、彼氏本人でなくても、家族や信頼できる友人などに、話をして、感情をはきだすか、をすれば、潜在意識に負の感情を溜め込まずに昇華してゆくことができたのだが、裕子さんの場合、おとなしい性格と、家族を含め、人に自分の苦しい感情を話して、心配をかけてはいけないという、思いやりの心が強すぎて、自分の感情を外に出さないままになっていた。
潜在意識に溜め込まれた負の感情は、本人も自覚できないのだから、いったんは、消えてしまったように見える。
しかし、時間がたってから、必ず何らかの他の形となって現れてきてしまう。
現れ方は、人それぞれで、身体の病気という形で現れる人もいるし、裕子さんのように、幻視、幻聴という形で現れる人もいる。
サタンの言葉『お前のどんな望みも叶えてやろう、わたしと結婚しろ』という意味は、『彼氏への怒りや憎しみの感情を、わたし(サタン)が代弁してやる、その代償として、お前(裕子さん)はサタンとの結婚(サタンのような、負の感情の権化となること)を求める』ということである。
心やさしく、負の感情を認めたくない裕子さんは、サタンは自身の負の感情から、自身が生み出した幻影だと気づいていない。
(さて、ここまでは、わかったものの、裕子さんをサタンから解放してあげるためには、どうすればいいかな…)
鈴木医師はしばらく考え、
(そういえば、以前にキリスト教徒の患者さんを診察した時に、彼の考え方のベースを知るため、聖書と何冊かの神学書に目を通して勉強したな…あのとき、変わった解釈が書いてある神学書があったが、あれが使えるかも…)
~~~
日曜日、鈴木医師は都内の図書館の、宗教書が並ぶ本棚の前にいた。
(前には確か、このあたりにあったはずだが…あっ、よかった!あった!)
一冊の、かなり出版年が古そうな、キリスト教神学の邦訳書を、手を伸ばして取り出した。
パラパラとページを繰り、探している理論が書いてあるところを開き、目を通す。この理論は異端と言われている理論ではあるが、裕子さんには役に立ちそうな内容を含んでいる。
(よし。これなら使える。)
裕子さんの治療に、この本が役立つと、自信を持った鈴木医師は、貸し出しカウンターへと急いだ。
~~~
次の金曜日。
裕子さんは、予約の時間に来院した。
先週と同じく、鈴木医師に軽く一礼し、椅子に座った。先週よりも、いくらか落ち着いている様子だ。
「この一週間、サタンは現れましたか?」
鈴木医師は質問する。
「この一週間は、気配はあっても、直接、姿を見せることはありませんでした。私がひとりになる時間を、作らないようにしていたせいも、あるとは思いますが…」
裕子さんが答えた。
(うん、良い傾向だ。)
鈴木医師は心の中で、つぶやき、そして切り出した。
「私もサタンについて、本で調べていました。そして、サタンは、唯一神ヤハウェに存在を許されていることを知りました。」
「ヤハウェに存在を許されている…?神様が悪魔を許しているんですか?」
裕子さんは、目をぱちくりと見開いた。
「これは、18世紀のイギリスの神学者、ジャン・ジャック・オールトが書いた、神学書を日本語訳した本です。」
鈴木医師は図書館から借りてきた本を開いて、本の上部を自分へ向けて置き、裕子さんが読めるように、丸テーブルの上に広げた。
「ここからを、声にだして読んでください。」
鈴木医師は、右手のひとさし指で、行を指した。
「サタンは堕天使として、イエスの敵と見なされているが、唯一神ヤハウェは、サタンの存在をも許しておられる。イエスが公に布教活動を始める前に、荒野でサタンが現れ、三つの試みを与えた。イエスはサタンの試みに打ち勝った。この手本のように、人の子も、サタンの試みを通して、魂を向上させることができる。その役目がために、サタンは存在しているのである。」
裕子さんは、小声で読み上げた。
鈴木医師はページを繰って、さきほどとは他の部分の行を指さし、また声にだして読むようにと言った。
「サタンがヘビに姿を変え、エデンの園に住んでいたイブをそそのかし、知恵の木の実を食べさせた。そしてさらに、イブがアダムに実を食べさせたため、二人は楽園追放となった。」
「しかし、エデンの園のように、食と住に恵まれ、何不自由ないところにいて、人は魂を向上させることができるであろうか?否である。人は力を合わせて作物を育て、あるいは、神から与えられた食物を収穫し、それらを分けあう暮らしをする中で、それぞれの役割を務め、魂を向上させることが可能になる。」
「ゆえに、唯一神ヤハウェは、サタンの行動、イブの行動、アダムの行動を、アダムとイブを創造された時から、見越しておられたのであり、人の魂の向上を計画して、サタンのそそのかしを許しておられるのである。」
読みおわった裕子さんは、視線を本に落としたまま、考え込んだ。
やがて、半分納得、半分信じられないというような表情で、ポツリ、ポツリと自分の言葉を語りはじめた。
「神様が…サタンを許しておられるとは……知りませんでした…」
「でも…確かに…、ここに書かれているとおりですよね。イエスもサタンの試みを通して、さらに向上されたわけですし…」
「私のところに来たサタンも…私の魂の向上のために…神様に許されて…来たのですね…」
このあと、鈴木医師は、裕子さんが、自分の体験を、今、読んだ神学書に照らし合わせながら考えているのを、黙って見守った。
やがて、裕子さんの診療時間が終わり、裕子さんは、静かに立ち上がって、入って来た時と同じく、軽く一礼をして、出て行った……
~~~
翌週の金曜日。
診察室に現れた裕子さんは、最初の診察日とは別人のように、にこやかだった。
鈴木医師に一礼して、椅子に腰かけると、落ち着いた口調で話しはじめた。
「先週、読ませていただいた神学書の内容と、私のところに来たサタンの言葉と、私の本当の、深いところにある気持ちについて、自分でよく考えてみました。」
「ええ。」
鈴木医師はあいづちをうつ。
「私は神様が、サタンの存在を許しておられる、というところが、最初はショックでしたが、自分の心や、これまでの人生で出会ってきた人達の言動を、よく掘り下げて考えると、自分の心の中にも、他の人の心の中にも、サタン的なところが、やむをえず存在するということに、気がつきました。」
「そうですか。」
「サタンが私に、『結婚』という言葉を使ったのは、私の心の中にあるサタン的なところに気づけ。そして認めろ。という意味だったのではないかと考えました。神様がサタンの存在を許しておられるのに、私がサタンの存在を許さないなんて、おかしいことですもの。」
「そして、サタンが言った『お前の望みを叶える』というのは、私の心の中にある、サタン的なところの感情を外に出せ。という意味なのではないかと考えました。」
「先生には、お話してなかったのですが、私の心の中には、元、付き合っていた彼氏を恨む気持ちがありました。」
「ひとりで、よく、洞察できましたね。」
鈴木医師は感心した。
「でも、恨む気持ちがある一方で、恨み続けるのは苦しいから、早く解放されたい、という気持ちも強くありました。」
「それで『恨みを浄化する方法』で検索をかけて、探してみました。いくつか方法がでてきましたが、『恨みの内容を紙に文章で書いて燃やす』というのが、すっきりしそうで気に入ったので、キッチンテーブルにレポート用紙とボールペンを持ってきて書き始めました。」
「テメーからアプローチして来たくせに、テメーからフルなんて、サイテーなヤツ!ヒトを何だと思ってるんだ!とか、感情にまかせて、心の中を全部吐き出すつもりで書きなぐりました。」
鈴木医師は心の中で、クスリと笑いながら、
(私に話せるようになったから、かなり大丈夫だな。)
と思った。
「書き終ったレポート用紙をビリビリに破いて小さくして、フライパンの中に入れて燃やしました。炎を上げながら、紙が焼けてゆく様子は、小さな煉獄(れんごく· カトリック教でいう、天国と地獄の間にある浄化の場所)みたいだと思いました。」
「フライパンに残った灰を、水で流してフライパンをきれいにしていた時、気づいたんです。テーブルで、野菜の下ごしらえをしているものとばかり、思っていた母が、私が書いている間に、庭仕事にでていたのです。私はキッチンに2、3時間もひとりでいたのに、サタンは現れなかったのです!それが火曜日のことです。そのあとは、サタンは姿を見せないのはもちろん、気配も消えました。私はサタンのストーカーから解放されました!」
「それは良かった!」
鈴木医師も、思わず喜びの声を上げた。同時に心の底から、ほっとした。
しかし、裕子さんは、まだ伝えたいことがあるようだ。
「私、この機会に、私って心の深いところでは、何を思っているんだろうか、とよくよく考えてみたのです。私は大学を選ぶ時も、特にその大学に行きたかったわけではなく、自分の学力で合格できるところ、という理由で選んでいたし、就職する時も、希望の職種があったわけではなく、事務職が無難だから、という理由で就職したし、元彼との出会いと別れも、女性の友人に、誘われた合コンで、彼のほうから声をかけてきたので、なんとなくつきあい始めて、つきあいが長くなったから、そろそろ結婚か、という流れになったわけで、私はいつも、自分の意思ではなくて、周囲や他の人に流される人生になっていた、と思い至りました。」
うんうん、と鈴木医師はうなずいた。
「だから、これからは、自分が主体的になって、本当は何をしたいのか、どんな人生を歩みたいのか、自分で考えてゆきたいと思うのです。」
「それは素晴らしい。自分で自分のしたいことを、主体的になしている人は、案外少ないのですよ。」
診察時間が終わり、裕子さんが診察室から出てゆく時、鈴木医師は、
(短い期間で、はやくも自分軸になられたな。これからの彼女の人生が楽しみだ。)
と、心の中で、つぶやいた。
カレンダーはちょうど「啓蟄(けいちつ)」。
暖かくなり、地面の下で冬ごもりしていた虫たちが出てくるように、裕子さんも、隠していた本当の心を外の世界に現し、周囲に流されない自分の人生を 、歩み始めたところなのだ。
裕子さんに幸あれ!
(了)
※この小説におけるキリスト教の解釈はフィクションであり、特定の宗派や団体とは関係ありません。
(第三話へと続きます。続いてお楽しみください。)
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