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第五話(4)
ひきこもり互いに癒し合う。
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「2024年7月13日
精神科医 鈴木 恵 先生へ
先生の期待に応えられるよう、いっしょうけんめい書きます。
私が集合的無意識の中で、初めて出会った仲間は、長谷川君という人です。お互い一瞬で、相手がひきこもりだとわかり、安心して会話を交わせるようになりました。お互い、ひきこもりになるまでのこととか今の気持ちとか、打ち明けあっていました。
そこへ、ふらりと、関屋君という人が現れました。関屋君は、皮肉っぽいところがある人ですが、地頭が良くて、周囲のことへの気づきが早く、いつも私達を教え、導いてくれる人です。
3人で、だべっていると、関屋君が言いました。
「ところでさ、おまえら、ここから上を見上げてみろよ。」
そう言われて、私と長谷川君は、視線を上に向けました。
最初は、ずいぶん高いところが、全体的にぼやあっと明るく見えるだけでしたが、意識を集中させて見ると、例えるなら夜空に無数の満月が、数えきれなくどこまでも、びっちり張り付いているように、視界を埋め尽くしていました。
「すげえ…」
私と長谷川君は驚きの声を上げました。
「おまえら、あれが何だと思う?」
関屋君が言いました。
私がひとつの満月に、意識を集中させると、満月の中に映像が見えてきました。
お母さんに抱かれた赤ちゃん。保育園で、キャッキャッと笑いながら遊ぶ幼児。ランドセルをしょって登校する女の子。先生に当てられて、本読みをする姿。ぶかぶかの中学生の制服を着て、バスに揺られる姿…
ひとりの女の子の成長の過程が、映像で保存されていました。
私は関屋君に言いました。
「この満月のひとつひとつが、一人の人の潜在意識だね。僕がここに降りてくる時にも、自分の思い出の中を通る。」
「ご明答。」
と、関屋君は言った後、言葉を続けました。
「オレ、こないださ、人の潜在意識をたくさん見上げていて、気付いたんだ。
オレ達ひきこもりの潜在意識は、そうでない人と比べて、濁っていることを。
おそらくだけどさ、オレ達の潜在意識の中に、解決ができていないことがらがあって、それが潜在意識をクリヤーにするのをさまたげているんじゃないかな。」
「…………………。」
私と長谷川君は、黙ってしまいました。
関屋君の言ったことを、自分の心の中でもうすうす感じておりながら、深く考えることは避けていて、人からはっきり言われたことが初めてだったからです。
「ま、そういうわけで…ここから見て、ひきこもりを見つけるのは易しいのさ。こうして野郎ばっかりでだべるのも飽きたから、ひきこもりの女の子を引っぱって来ようかな。」
「えっ、本気か?」
長谷川君が言った時には、関屋君は片ひざを立てて、上へ蹴ってあがるポーズをとっていました。そして勢いよく両足裏で自分がいた場所を蹴り、両腕を伸ばして、ロケットのように、垂直に昇ると、満月のひとつの中へ、吸い込まれてゆきました。
私と長谷川君は、心配から顔を見合わせました。
ところがしばらくすると、関屋君がパジャマ姿の女の子の手をひいて、上空から降りてきました。
関屋君と女の子は、私と長谷川君の前に立ち、女の子は、周りを見回しながら、感慨深そうに言いました。
「ここが集合的無意識というところなのね…身体から離れて、他の人に会える場所が、本当にあったのね…」
その女の子は、水口さんという名で、高校に通われなくなり、ひきこもっているということでした。
私も長谷川君も、リアルな世界では、女の子に話しかけることができませんが、ひきこもりという共通の経験があるので、水口さんとは話をすることができました。
それを見ていた関屋君は、また、別の女の子を引っぱって来ました。遠岡さんという人でした。水口さんも、他の女の子が来たことで、男のなかに一人いるより、リラックスして楽しそうな表情を見せるようになりました。
それからは関屋君が、どんどんどんどん、男女かまわず、ひきこもりを連れて来たので、短い期間で数十名のひきこもりが集まりました。
ここには、ひきこもりしかいないということがわかると、みんな閉ざしていた心を開き、自分の身の上話や気持ちを話しました。聞くほうの人も、自分ごととして話を受け止めることができたので、そのことだけでも、お互い心が癒やされました。
ここに集まって来る人の人数が、百名ほどになろうかというとき、関屋君が私に言いました。
「これからも、人数増えるだろうけど、一応、ひきこもりの会として立ち上げて、名簿くらいは作っていかんか?中光、マメそうだから頼むわ。」
人の頼みが断れない性格の私は、「全日本ひきこもり当事者の会 会長」になることになりました。しかしこれまで書いたように、私はお飾り会長みたいなもので、実際に人を動かしているのは、関屋君ですね。
精神科医 鈴木 恵 先生へ
先生の期待に応えられるよう、いっしょうけんめい書きます。
私が集合的無意識の中で、初めて出会った仲間は、長谷川君という人です。お互い一瞬で、相手がひきこもりだとわかり、安心して会話を交わせるようになりました。お互い、ひきこもりになるまでのこととか今の気持ちとか、打ち明けあっていました。
そこへ、ふらりと、関屋君という人が現れました。関屋君は、皮肉っぽいところがある人ですが、地頭が良くて、周囲のことへの気づきが早く、いつも私達を教え、導いてくれる人です。
3人で、だべっていると、関屋君が言いました。
「ところでさ、おまえら、ここから上を見上げてみろよ。」
そう言われて、私と長谷川君は、視線を上に向けました。
最初は、ずいぶん高いところが、全体的にぼやあっと明るく見えるだけでしたが、意識を集中させて見ると、例えるなら夜空に無数の満月が、数えきれなくどこまでも、びっちり張り付いているように、視界を埋め尽くしていました。
「すげえ…」
私と長谷川君は驚きの声を上げました。
「おまえら、あれが何だと思う?」
関屋君が言いました。
私がひとつの満月に、意識を集中させると、満月の中に映像が見えてきました。
お母さんに抱かれた赤ちゃん。保育園で、キャッキャッと笑いながら遊ぶ幼児。ランドセルをしょって登校する女の子。先生に当てられて、本読みをする姿。ぶかぶかの中学生の制服を着て、バスに揺られる姿…
ひとりの女の子の成長の過程が、映像で保存されていました。
私は関屋君に言いました。
「この満月のひとつひとつが、一人の人の潜在意識だね。僕がここに降りてくる時にも、自分の思い出の中を通る。」
「ご明答。」
と、関屋君は言った後、言葉を続けました。
「オレ、こないださ、人の潜在意識をたくさん見上げていて、気付いたんだ。
オレ達ひきこもりの潜在意識は、そうでない人と比べて、濁っていることを。
おそらくだけどさ、オレ達の潜在意識の中に、解決ができていないことがらがあって、それが潜在意識をクリヤーにするのをさまたげているんじゃないかな。」
「…………………。」
私と長谷川君は、黙ってしまいました。
関屋君の言ったことを、自分の心の中でもうすうす感じておりながら、深く考えることは避けていて、人からはっきり言われたことが初めてだったからです。
「ま、そういうわけで…ここから見て、ひきこもりを見つけるのは易しいのさ。こうして野郎ばっかりでだべるのも飽きたから、ひきこもりの女の子を引っぱって来ようかな。」
「えっ、本気か?」
長谷川君が言った時には、関屋君は片ひざを立てて、上へ蹴ってあがるポーズをとっていました。そして勢いよく両足裏で自分がいた場所を蹴り、両腕を伸ばして、ロケットのように、垂直に昇ると、満月のひとつの中へ、吸い込まれてゆきました。
私と長谷川君は、心配から顔を見合わせました。
ところがしばらくすると、関屋君がパジャマ姿の女の子の手をひいて、上空から降りてきました。
関屋君と女の子は、私と長谷川君の前に立ち、女の子は、周りを見回しながら、感慨深そうに言いました。
「ここが集合的無意識というところなのね…身体から離れて、他の人に会える場所が、本当にあったのね…」
その女の子は、水口さんという名で、高校に通われなくなり、ひきこもっているということでした。
私も長谷川君も、リアルな世界では、女の子に話しかけることができませんが、ひきこもりという共通の経験があるので、水口さんとは話をすることができました。
それを見ていた関屋君は、また、別の女の子を引っぱって来ました。遠岡さんという人でした。水口さんも、他の女の子が来たことで、男のなかに一人いるより、リラックスして楽しそうな表情を見せるようになりました。
それからは関屋君が、どんどんどんどん、男女かまわず、ひきこもりを連れて来たので、短い期間で数十名のひきこもりが集まりました。
ここには、ひきこもりしかいないということがわかると、みんな閉ざしていた心を開き、自分の身の上話や気持ちを話しました。聞くほうの人も、自分ごととして話を受け止めることができたので、そのことだけでも、お互い心が癒やされました。
ここに集まって来る人の人数が、百名ほどになろうかというとき、関屋君が私に言いました。
「これからも、人数増えるだろうけど、一応、ひきこもりの会として立ち上げて、名簿くらいは作っていかんか?中光、マメそうだから頼むわ。」
人の頼みが断れない性格の私は、「全日本ひきこもり当事者の会 会長」になることになりました。しかしこれまで書いたように、私はお飾り会長みたいなもので、実際に人を動かしているのは、関屋君ですね。
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