不思議系 精神科医Dr.Friday〜自分におびえる男〜(ドッペルゲンガーか二重人格か?ドキドキの四話目完結)

むめ

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第四話(2)

地獄に仏

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「翌日、私は入社式以来のスーツ姿で、設計部とは違うフロアにある、営業部に行きました。私が来ることは、まだ営業部員には知らされていなかったようです。先に来ていた営業部員の人達は、(なんだ?新入りか?)という表情で私を見て、話しかけてはきませんでした。

始業時まで居心地の悪い時間を過ごし、始業を知らせるチャイムの音と同時に、営業部長が室内に入って来ました。

営業部員は全員、サッと立ち上がり、営業部長と向き合いました。

営業部長は、私が立っているのを見つけると、
「内村君、前へ出て。」
と、私を手招きしながら言いました。

私は営業部長の隣へ行って立ち、部長は言いました。

「彼は、内村優也くん。所属は設計部だが、しばらくここで営業部の仕事をしてもらう。かねてから問題になっていた、うちの家のデザインがシンプルすぎて、お客様の心をつかめないことについて、直にお客様に触れることを通して、うちの家の改善点を、設計部の目線からあぶりだしてもらうために、社長の提案で来てもらうことになった。みんな、内村君をよろしくたのむ。さっ、内村君からも自己紹介を。」

営業部長にそうふられ、私も言いました。
「内村優也です。入社して一年あまり、設計部で働いていました。先ほど営業部長が話された理由で、今日から営業部でお世話になることになりました。どうぞよろしくお願いします。」

私はそう言って、一礼をしました。

頭を上げた時に、目に入ってきた、営業部の面々の表情は忘れられません。

(こいつに営業が出来るのか?)
(どうせ長くはもたんだろう。)
(すぐ逃げ帰るのが関の山さ。)

そう思っているとしか感じられない、冷たい視線や皮肉っぽい笑い顔が並んでいたからです。

そんな彼らの後ろにいて、顔が見えなかった営業部員のひとりが、一歩、前に出てくると、

「部長。」

と言い、発言を求めました。

黒縁メガネで小太りのその人は、人懐っこい笑顔で言いました。

「その、内村さんは、営業のことは知らないと思いますから、しばらくの間、わたしがつき添って、教えてもいいでしょうか?わたしも設計のほうの人から、聞いてみたいこともありますし。」

営業部長は答えました。

「ああ、秋本君が、そうしてくれるか。まかせるよ。」

地獄に仏、とはまさにこのこと、と私は感じ、ひとまずホッとしました。そうして朝礼は終わり、営業部員は、それぞれの用事にとりかかりました。

秋本さんは、私に近づくと、右手を差し出して握手を求めました。

「僕は秋本克己(あきもとかつみ)、この会社に入って三年くらいだ。その前は二年くらい、お土産物のお菓子の営業をしていた。どうぞよろしく。」

「あっ…はい。よろしくお願いします。」

私は秋本先輩の手を握りながら言いました。

秋本先輩は、けっこう厚みのある資料を渡してくれました。我が社専用の営業マニュアルでした。

営業にマニュアルがあったんだ…

秋本先輩と並んで椅子にすわり、要点を教えてもらいました。

「ほかの住宅メーカーと共同でやっている住宅展示場に行ったことはあるよね。」

「はい、入社してすぐに連れていかれました。」

「営業は、あの住宅展示場を、見にこられたお客様を訪問してゆくので、飛び込み営業というわけではないんだ。」

「そうなんですか。知りませんでした。」

「お客様は、もう家を買うと決めているか、今決めてはないけど、いずれそのうち、と考えている人達なので、セールスお断り、と追い返されることはめったにない。」

しかし、秋本先輩はある疑問を口にしました。

「ところがね、最近、お客様を訪ねると、“うちはA社の家に決めているから、おたくの会社の家は買いませんよ”と言われることが増えてきたんだ。」 

私も疑問に感じました。

「A社の家に、なぜ人気が集まっているんだろう?」

秋本先輩は、机の上のラックから、一冊のカタログを取り出しながら言いました。

「これは、僕が手に入れてきたA社のカタログなんだが…」

フルカラーで、きれいな写真が満載の、A社のカタログをめくりながら、文章のいち箇所を指差して、

「ほら、ここ。震度7の地震にも耐えられます。と、書いてあるだろう?」

「えっ!震度7の地震に耐えられる、と、言っている家は、以前はうちの会社の家だけだったのに!」

私は驚いて、つい大きな声になりました。

秋本先輩は言いました。

「そう、うちの会社の家は、構造そのものが強くて、実際に、家の軸組を国立大学の実験室に持ち込んで、震度7相当で揺らして、耐えられることを確認しているだろう?でも、A社のカタログには、実験で確認したとも、実験の写真も掲載してないのに、耐えられる、と書き始めたんだよ。設計部員としてはどう思う?」

私は先輩の手からカタログを受け取り、ページをめくって見てみました。うちの会社の家よりも、バラエティーにとんで凝ったデザインの家が並び、一見、魅力的に見えました。

私は答えました。

「これほどのバリエーションがあって、耐震性も備えているというなら、たぶん、だけど、うちの家みたいに軸組そのものが強いんじゃなくて、基礎に免震装置を付けているんだと思う。」

「免震装置?」

「うん、都会の大きなビルの鉄骨の柱は、基礎部分を見ると、巨大で分厚いゴムの上に柱が載せてあって、地震で揺れても、ゴムが揺れを吸収し、ビルは倒れないようになっているところが多いんだ。A社はその小型版を、家の柱に取り付けているんじゃないかな。」

それを聞いた秋本先輩は言いました。

「それならその部分の写真を掲載すればいいのに。他社に隠しているのかな?」

「う~ん。確かなことはわからないけど、震度7に耐えられるというのは、理論上の計算値で、実験で実証したわけではないのかも。免震装置を付けたさまざまなデザインの家を、実験室に持ち込んで、実際に試験するのは、お金も時間もかかるから、していないのかもしれないな。」

秋本先輩は、少し憤慨して言いました。

「うちの家みたいに、実験で実証していないのに、同じ表現で書かれたら、お客様から見たら、同じ性能だと思われるじゃないか。近頃、A社がシェアを伸ばして、うちの会社がジリ貧になっているのは、このせいなんじゃないか?」

「そうかも。」

「内村君に聞いてみて良かった。お客様から見たら、同じ程度の耐震性能なら、見た目に凝っているA社の家を選ぼうとなっていたんだな。これは、のんびりしてはいられない。内村君、出かけるぞ。」

「えっ、どこへ?」

「お客様のところへだよ。車の運転は僕がするから。」

そう言って、秋本先輩は私を引っぱるようにして、営業用の軽自動車が止めてある、地下駐車場へとむかいました。」
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