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Layer32 静電気

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静電気。
姫石とぶつかった時に静電気が起きていた。
たったそれだけのことを俺は八雲に走って伝えに来た。
静電気が起きていた、だからなんだと普段の俺ならそう思っていたに違いない。
だが、今回は違った。
このことは必ず俺と姫石が元の体に戻るための何かになる、そう確信していた。
なぜ、ここまで確信しているのかは俺にもわからない。
勘だとか第六感だとか、そういうものとは少し違う気がする。
どちらかというと、静電気がこの入れ替わりの現象を解決する糸口だと誰かに言われているようなそんな感覚だ。
ゆっくりと向けた視線の先には八雲がいた。
俺が次に発する言葉に期待しているのかどうかは読み取れない八雲の目がこちらを真っ直ぐと見ていた。

「静電気……」

俺が一言ポツリと言った。
そして八雲がその一言にピクリと反応した。

「姫石と入れ替わった時のことについて一つ思い出したことがあったんだ。姫石の額と俺の額がぶつかった時にゴッン! という音と共にバチッ! って音がしたんだ。ぶつかった時の衝撃とか痛みとかですっかり忘れていたんだが、ついさっき姫石の家で静電気が起きてやっと思い出した。化学室で聞かれた時に思い出せなくて悪かったな」

「……それが玉宮香六が私に伝えたかったことなのか? 」

少しの沈黙のあとに八雲が言った。

「そ、そうだ」

あれ?
もしかして静電気が起きたことって全然解決に繋がる糸口とかじゃなかった感じか?
あれだけ確信があるとか思っていた手前、解決の糸口とは全く関係なかったとかだったらめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。

「い、いや、なんかあれだよな。こんな時期に直近で二回も静電気が起こるなんて珍しいよな」

あまりの恥ずかしさに自然と誤魔化しの文句を言っていた。

「……」

八雲、無言はやめてくれ。
せめて何か言ってくれ。
相づちでも反論でも何でもいいから。
何か言ってくれないと俺のハートがメンタルブレイクしそうだから。

「あの~八雲? せめて何か言ってくれないか? ……八雲? 」

八雲に助けを求めるかのように訴えかけていた時、俺は八雲の口元がわずかに動いてることに気が付いた。
耳を澄ましてみると何やらつぶやいているようだった。
上手く聞き取れないので俺は八雲の口元に耳を近づけた。

「強い衝撃と一緒に静電気が発生していた……だから接触点が前頭葉のあたりだったにも関わらず後頭葉が混乱するほどのエネルギーが伝達されたのか。つまり、玉宮香六と姫石華の双方に伝わったエネルギーは後頭葉に伝わるまでにエネルギーが減少しても後頭葉が混乱するほどのエネルギーがあったわけではなく、静電気を媒介にエネルギー伝達時に生じるエネルギー減少を限りなくゼロに近い形でエネルギー伝達が行われたということか……人間の脳は脳細胞、言わば神経細胞によって構成されている。その神経細胞は電気信号を発生させることによってお互いに情報を伝達し合っている。電気信号が伝わるとシナプスにある小胞から神経伝達物質がシナプス間隙に分泌される。神経伝達物質が次のニューロンの細胞膜にある受容体に結合すると、また新たな電気信号が生まれ情報が伝達される。このシナプス間隙の伝達にかかる時間は、約0.1~0.2ミリ秒程度だ。ここに位置エネルギーと運動エネルギーによる衝撃と静電気が介入する。……人間が感じ取れる静電気の電圧は最も低くても1㎸以上。軽い痛みを感じる静電気の電圧は3㎸程度。脳でやりとりされている電気信号の電圧は50㎶程度。静電気は脳の電気信号よりも少なくとも2000万倍の電圧がある。それだけの電圧が脳の電気信号に介入したとなると眼内閃光どころか脳内で行われている情報伝達が正常にできなくなり、多大なる影響を及ぼすだろう。また、玉宮香六と姫石華が接触した箇所はほぼ同じだ。そのため双方とも同じような景色を見ていることになり、視覚の共有が行われていると言っても構わないはずだ。これは視覚にかぎった話ではない。人間の五感である視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚を共有していたことになるはずだ。さらに、そこに激しい痛覚による刺激と静電気による脳の電気信号への介入が起こる。これら全てが完全に近い形で同時に発生していたと考えると……」

八雲が何をブツブツと言っているのかを聞き取れたところまでは良かった。
だが、聞き取れるのと内容を理解するのではまるで話が違う。

「駄目だ……全然何を言ってんのかわからん」

思わずそう言ってしまうほどに何を言ってるのかがわからなかった。
というか、ブツブツ言うことにしては長すぎないか!?
あまりの長さに途中から意識が飛びそうになったぞ。
まるで意味のわからないお経を聞かされているような気分だった。

「……いける」

八雲がようやくブツブツとつぶやくのをやめて、はっきりと俺にでも理解できる内容で言った。
そう言った八雲の顔は人間が犯してはいけない禁忌を犯したような、それでいて希望に溢れた神秘的な、そんな表情をしていた。
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