71 / 169
Layer48 名前
しおりを挟む
「失礼しました」
自己紹介カードの再提出を終えて、俺は決まり文句のような挨拶をして職員室を出た。
今は面白くもなく、将来のなんの役にも立たなそうな授業を二時間受けた後の放課後だった。
そして、俺は姫石を教室で随分と待たせている状況だった。
自己紹介カードを再提出する相手であった担任の奈良先生が不在だったせいで、奈良先生が戻るまでかなり待たされてしまった。
そんなわけで、姫石の待つ教室へと俺は足早に向かった。
--------------------------
廊下も他の教室にも人はおらず、グラウンドでやっている部活動の声が遠くから聞こえる程度の静けさだった。
放課後になってからだいぶと時間が経っているから、残っている人がいないのも当然か。
「悪い遅くなった」
詫びを入れて教室に入ると、窓際に座る姫石以外には人はいなかった。
蛍光灯の白い光は窓から入る太陽の光にかき消され、教室全体が暖かいオレンジ色の光に包まれていた。
時折、心地良い風が窓に取り付けられているカーテンをふわりと靡かせていた。
俺の声に反応して姫石は振り返った。
姫石が振り返った時にちょうど良く風が吹き、肩に少しかかったセミロングの姫石の髪を優しく靡かせた。
太陽の光に当てられていたせいか、靡いた姫石の髪は透けてしまいそうなほど透明感があった。
儚いぐらいに美しくて綺麗だ。
俺はただただそう思った。
振り返った瞬間の姫石は、まるで写真で取られた一枚であるかのように俺の目には映った。
「大丈夫。良い感じに太陽が当たって暖かくて気持ち良かったから。だから、あたしを長く待たせたことは許してあげる」
気持ちよさそうに大きく伸びをして姫石は言った。
「許してもらえたなら良かったよ。確かに気持ちよさそうだな」
姫石の言う通り、教室はポカポカとしていて心が落ち着くような気持ちよさだった。
「でしょ! それにしてもやけに遅かったね。再提出するだけだったんでしょ? あ、もしかして再再提出になって書き直しをしていたから遅れたとか?」
「そんなわけないだろ! ちゃんと再提出でOKはもらえたよ。そうじゃなくて、単純に奈良先生が職員室に不在で戻ってくるのを待っていたら遅くなっただけだから」
俺だって再再提出になるほど自己紹介カードをまともに書けないわけじゃない。
「そういうことね。奈良先生からOKが出て良かったね。まぁ、普通は自己紹介カードなんかで再提出になったりはしないんだけどね」
「おい、それは言うなよ」
俺がばつが悪そうに言うと、姫石はさぞ可笑しそうに笑った。
「ごめんごめん。じゃあ、もう言わないでおいてあげる。ほら、そんなとこに立ってないで座ったら? 話があるんでしょ?」
あぁ、そうだった。
俺は姫石に話があるんだった。
こんな呑気な会話をするために姫石を教室で待たせていたわけではない。
「そ、そうだな」
俺は姫石が座っている席の前の席に近づいた。
そして、その席の椅子の向きを90度横に回転させて姫石と向かい合うようにして座った。
近い。
一つの机の上で向き合う姫石との顔の距離が妙に近い。
こんなに近くで姫石と顔を突き合わせることなんて今までにあっただろうかと思ってしまうほどに近く感じる。
……
どうしても沈黙の時間が流れてしまう。
だが、そろそろ頃合いだろう。
話を切り出さなければ。
「なぁ、姫石。俺が話したいことって言うのはさ――」
「ちょっ、ちょっと待って! ごめんなんだけど、やっぱりあたしの方から先に話したいことがあるの!」
俺が話を切り出そうとすると慌てたように姫石が話を遮ってきた。
「お、おう、わかった。姫石がそれで良いなら先に話してくれ」
てっきり、俺から言った方が姫石は嬉しいのかと思った。
「う、うん。ありがとう。その……えっとね……」
姫石は少しずつ言葉を続けようとしていた。
「あたしってさ、母子家庭でしょ? それであたしのお母さんがあたしを生む直前に離婚しているのは玉宮も知ってるよね?」
あれ?
どうも俺が想像していたのとは違う話みたいだ。
「え? あぁ、まぁ何となくは姫石から聞いていたからな」
俺は拍子抜けしてしまい、イマイチ話の内容が頭に入ってこないでいた。
「そうだね。玉宮にだけは何度か話たことがあったね。けど、これからする話は玉宮にも他の誰にも話したことがないと思うの」
姫石の真剣な口調から話の重要性を感じた俺は急いで頭を切り替えた。
「あたしのお母さんが離婚した理由って玉宮は知ってる?」
「いや、知らないな」
「そっか。これは話してなかったみたいだね。理由と言っても、よくある話であたしのお父さんの浮気が発覚したことが離婚の原因なの」
離婚の原因でよく上位にあげられていそうな浮気が姫石の両親が離婚した原因だったらしい。
「そうだったのか。浮気か……よくある話かもしれないが、姫石がもうすぐ生まれるって時に浮気をするのは更にたちが悪いな」
「うん、それもそうなんでけど問題は他にもあるの」
「他にも?」
離婚したことによる経済的問題だろうか。
でも、姫石のお母さんはバリバリのキャリアウーマンだ。
経済的には全くもって問題ないほどのお金を稼いでいる。
「そう、あたしの名前のこと」
「名前って……姫石華っていう名前のことか?」
「姫石華だと氏名じゃない。名前なんだから『華』の部分が問題なの」
姫石に名前と氏名の違いを指摘されるとは思わなかった。
名前と聞かれてフルネームを答えることも間違いではないような気もするが。
「『華』という名前が問題? この名前のどこが問題なんだ?」
「実はね、『華』っていうのはあたしの本当の名前じゃないんだ」
「は?」
本当の名前じゃないって……姫石はずっと偽名を使って過ごしてきたってことか?
「あ~ごめん。言い方が悪かったかも。『華』っていう名前は間違いなくあたしの名前だよ。でも、本当の名前じゃないっていうか、戸籍上だけの名前っていうか……」
唖然とした俺を見て姫石は改めて言い直したが、どうにも歯切れが悪い。
「よくわからないが、姫石の言う本当の名前っていうのは何て言うんだ?」
「それは……」
言葉を切って、真っ直ぐと俺の目を見つめて姫石は言った。
「あたしの本当の名前は『真央』って言うの」
「……『真央』か、良い名前じゃないか」
俺は「姫石華」よりも「姫石真央」の方がなぜかしっくりとくるように感じた。
それに「姫石真央」の方が姫石に似合っている気がした。
「えへへへ、ありがとう」
姫石はよほど緊張していたのか安心したように笑った。
「それで、『真央』っていう名前が本当の名前というのはどういうことなんだ?」
姫石の本当の名前と姫石の両親の離婚がどう関係しているのだろう。
「えっとそれはね、この『真央』っていう名前はあたしのお母さんとお父さんの二人が考えた、あたしの名前になるはずだった名前なの」
なんだ?
このややこしい説明は?
「……つまり、本来だったら姫石の名前は、姫石の両親が考えた『真央』という名前だったってことか?」
「そう、そういうこと!」
それが言いたかったというばかりに姫石はうんうんと頷いていた。
「なら逆に、今の『華』っていう名前は何なんだよ?」
「……それはお父さんの浮気相手の人の名前なの」
「……」
姫石の口からその言葉を聞いて俺は絶句した。
「あたしが生まれる直前にお父さんの浮気が発覚してね。それであたしのお母さんは、たぶんお父さんに対する当てつけとして浮気相手の人の名前をあたしに付けたんだと思うの」
そんな……そんなことがあって良いのかよ!
親から子供に与える名前っていうのは、親が子供にこう育って欲しいとか、こんな人間になって欲しいとか、そういう願いを込めて付けるもんなんじゃないのか!
それを……姫石のお母さんはこんな理由で姫石に名前を付けるなんて……
「ハハハ、マジか……」
俺の激高する思いとは裏腹に、俺はひどく乾いた笑い声と苦笑いをすることしかできなかった。
「そう、マジなの。このことを知った日から、あたしは『華』っていう名前が大嫌いになった。正直、こんなこと知りたくなかった。どうせなら、隠し通しておいて欲しかった! そしたら、『華』っていう名前を大嫌いにならずにすんだのに!」
姫石はだんだんと少し涙ぐんで上ずった声で言った。
「姫石……」
自分の名前がこんなひどい理由で付けられたと知ったら、誰だって自分の名前が大嫌いになるだろう。
「だからね、せめて……せめて玉宮にだけは……あたしのことを……『真央』って呼んで欲しいの!」
静かに涙を流しながら必死に訴える姫石を見て、俺は自然と姫石を優しく抱きしめていた。
「そんなの呼んでやるに決まってる! 姫石のことをそんな名前でなんかは絶対に呼ばない! 約束してやる! 俺はこの先ずっと何があっても姫石のことを……いや、『真央』のことを『真央』って呼んでやる!」
そう俺が叫ぶと真央は小さくゆっくりと優しく、でも強く、俺を抱きしめ返してきた。
「……ありがとう」
真央は俺の耳元で、名前という呪いから救われたような声で小さくささやいた。
この真央の声を聞いて、俺は今しかないと思った。
俺は抱きしめていた両手を真央の両肩に乗せ、お互いの顔がよく見えるようにした。
いきなり俺にこんなことをされた真央は、涙で赤くなった目を少し驚いた目にしていた。
「だから!」
心と体の準備に誤差があるせいで、どうしても俺はここで言葉を区切ってしまった。
それでも……俺はこの先の言葉を続ける!
「だから俺は! 『真央』のことが好きだ!」
真央のことが好き。
こんな言葉はいくらでも簡単に言うことができる。
それでも、この言葉を言うまでの段階を進めることはとても容易なことではない。
だからこそ、俺はこの言葉をしっかりと言えたことに問題はないと思っている。
俺の言葉を聞いて真央は一瞬フリーズしていた。
けれど、すぐに表情をほころばせ静かに涙を流した。
その涙は決して、さっき流した涙と同じ意味で流れたわけではないはずだ。
俺はそう信じている。
「あたしも玉宮のことが……『香六』のことが好き!」
そう言った真央の姿は狂おしいほどに愛しかった。
自己紹介カードの再提出を終えて、俺は決まり文句のような挨拶をして職員室を出た。
今は面白くもなく、将来のなんの役にも立たなそうな授業を二時間受けた後の放課後だった。
そして、俺は姫石を教室で随分と待たせている状況だった。
自己紹介カードを再提出する相手であった担任の奈良先生が不在だったせいで、奈良先生が戻るまでかなり待たされてしまった。
そんなわけで、姫石の待つ教室へと俺は足早に向かった。
--------------------------
廊下も他の教室にも人はおらず、グラウンドでやっている部活動の声が遠くから聞こえる程度の静けさだった。
放課後になってからだいぶと時間が経っているから、残っている人がいないのも当然か。
「悪い遅くなった」
詫びを入れて教室に入ると、窓際に座る姫石以外には人はいなかった。
蛍光灯の白い光は窓から入る太陽の光にかき消され、教室全体が暖かいオレンジ色の光に包まれていた。
時折、心地良い風が窓に取り付けられているカーテンをふわりと靡かせていた。
俺の声に反応して姫石は振り返った。
姫石が振り返った時にちょうど良く風が吹き、肩に少しかかったセミロングの姫石の髪を優しく靡かせた。
太陽の光に当てられていたせいか、靡いた姫石の髪は透けてしまいそうなほど透明感があった。
儚いぐらいに美しくて綺麗だ。
俺はただただそう思った。
振り返った瞬間の姫石は、まるで写真で取られた一枚であるかのように俺の目には映った。
「大丈夫。良い感じに太陽が当たって暖かくて気持ち良かったから。だから、あたしを長く待たせたことは許してあげる」
気持ちよさそうに大きく伸びをして姫石は言った。
「許してもらえたなら良かったよ。確かに気持ちよさそうだな」
姫石の言う通り、教室はポカポカとしていて心が落ち着くような気持ちよさだった。
「でしょ! それにしてもやけに遅かったね。再提出するだけだったんでしょ? あ、もしかして再再提出になって書き直しをしていたから遅れたとか?」
「そんなわけないだろ! ちゃんと再提出でOKはもらえたよ。そうじゃなくて、単純に奈良先生が職員室に不在で戻ってくるのを待っていたら遅くなっただけだから」
俺だって再再提出になるほど自己紹介カードをまともに書けないわけじゃない。
「そういうことね。奈良先生からOKが出て良かったね。まぁ、普通は自己紹介カードなんかで再提出になったりはしないんだけどね」
「おい、それは言うなよ」
俺がばつが悪そうに言うと、姫石はさぞ可笑しそうに笑った。
「ごめんごめん。じゃあ、もう言わないでおいてあげる。ほら、そんなとこに立ってないで座ったら? 話があるんでしょ?」
あぁ、そうだった。
俺は姫石に話があるんだった。
こんな呑気な会話をするために姫石を教室で待たせていたわけではない。
「そ、そうだな」
俺は姫石が座っている席の前の席に近づいた。
そして、その席の椅子の向きを90度横に回転させて姫石と向かい合うようにして座った。
近い。
一つの机の上で向き合う姫石との顔の距離が妙に近い。
こんなに近くで姫石と顔を突き合わせることなんて今までにあっただろうかと思ってしまうほどに近く感じる。
……
どうしても沈黙の時間が流れてしまう。
だが、そろそろ頃合いだろう。
話を切り出さなければ。
「なぁ、姫石。俺が話したいことって言うのはさ――」
「ちょっ、ちょっと待って! ごめんなんだけど、やっぱりあたしの方から先に話したいことがあるの!」
俺が話を切り出そうとすると慌てたように姫石が話を遮ってきた。
「お、おう、わかった。姫石がそれで良いなら先に話してくれ」
てっきり、俺から言った方が姫石は嬉しいのかと思った。
「う、うん。ありがとう。その……えっとね……」
姫石は少しずつ言葉を続けようとしていた。
「あたしってさ、母子家庭でしょ? それであたしのお母さんがあたしを生む直前に離婚しているのは玉宮も知ってるよね?」
あれ?
どうも俺が想像していたのとは違う話みたいだ。
「え? あぁ、まぁ何となくは姫石から聞いていたからな」
俺は拍子抜けしてしまい、イマイチ話の内容が頭に入ってこないでいた。
「そうだね。玉宮にだけは何度か話たことがあったね。けど、これからする話は玉宮にも他の誰にも話したことがないと思うの」
姫石の真剣な口調から話の重要性を感じた俺は急いで頭を切り替えた。
「あたしのお母さんが離婚した理由って玉宮は知ってる?」
「いや、知らないな」
「そっか。これは話してなかったみたいだね。理由と言っても、よくある話であたしのお父さんの浮気が発覚したことが離婚の原因なの」
離婚の原因でよく上位にあげられていそうな浮気が姫石の両親が離婚した原因だったらしい。
「そうだったのか。浮気か……よくある話かもしれないが、姫石がもうすぐ生まれるって時に浮気をするのは更にたちが悪いな」
「うん、それもそうなんでけど問題は他にもあるの」
「他にも?」
離婚したことによる経済的問題だろうか。
でも、姫石のお母さんはバリバリのキャリアウーマンだ。
経済的には全くもって問題ないほどのお金を稼いでいる。
「そう、あたしの名前のこと」
「名前って……姫石華っていう名前のことか?」
「姫石華だと氏名じゃない。名前なんだから『華』の部分が問題なの」
姫石に名前と氏名の違いを指摘されるとは思わなかった。
名前と聞かれてフルネームを答えることも間違いではないような気もするが。
「『華』という名前が問題? この名前のどこが問題なんだ?」
「実はね、『華』っていうのはあたしの本当の名前じゃないんだ」
「は?」
本当の名前じゃないって……姫石はずっと偽名を使って過ごしてきたってことか?
「あ~ごめん。言い方が悪かったかも。『華』っていう名前は間違いなくあたしの名前だよ。でも、本当の名前じゃないっていうか、戸籍上だけの名前っていうか……」
唖然とした俺を見て姫石は改めて言い直したが、どうにも歯切れが悪い。
「よくわからないが、姫石の言う本当の名前っていうのは何て言うんだ?」
「それは……」
言葉を切って、真っ直ぐと俺の目を見つめて姫石は言った。
「あたしの本当の名前は『真央』って言うの」
「……『真央』か、良い名前じゃないか」
俺は「姫石華」よりも「姫石真央」の方がなぜかしっくりとくるように感じた。
それに「姫石真央」の方が姫石に似合っている気がした。
「えへへへ、ありがとう」
姫石はよほど緊張していたのか安心したように笑った。
「それで、『真央』っていう名前が本当の名前というのはどういうことなんだ?」
姫石の本当の名前と姫石の両親の離婚がどう関係しているのだろう。
「えっとそれはね、この『真央』っていう名前はあたしのお母さんとお父さんの二人が考えた、あたしの名前になるはずだった名前なの」
なんだ?
このややこしい説明は?
「……つまり、本来だったら姫石の名前は、姫石の両親が考えた『真央』という名前だったってことか?」
「そう、そういうこと!」
それが言いたかったというばかりに姫石はうんうんと頷いていた。
「なら逆に、今の『華』っていう名前は何なんだよ?」
「……それはお父さんの浮気相手の人の名前なの」
「……」
姫石の口からその言葉を聞いて俺は絶句した。
「あたしが生まれる直前にお父さんの浮気が発覚してね。それであたしのお母さんは、たぶんお父さんに対する当てつけとして浮気相手の人の名前をあたしに付けたんだと思うの」
そんな……そんなことがあって良いのかよ!
親から子供に与える名前っていうのは、親が子供にこう育って欲しいとか、こんな人間になって欲しいとか、そういう願いを込めて付けるもんなんじゃないのか!
それを……姫石のお母さんはこんな理由で姫石に名前を付けるなんて……
「ハハハ、マジか……」
俺の激高する思いとは裏腹に、俺はひどく乾いた笑い声と苦笑いをすることしかできなかった。
「そう、マジなの。このことを知った日から、あたしは『華』っていう名前が大嫌いになった。正直、こんなこと知りたくなかった。どうせなら、隠し通しておいて欲しかった! そしたら、『華』っていう名前を大嫌いにならずにすんだのに!」
姫石はだんだんと少し涙ぐんで上ずった声で言った。
「姫石……」
自分の名前がこんなひどい理由で付けられたと知ったら、誰だって自分の名前が大嫌いになるだろう。
「だからね、せめて……せめて玉宮にだけは……あたしのことを……『真央』って呼んで欲しいの!」
静かに涙を流しながら必死に訴える姫石を見て、俺は自然と姫石を優しく抱きしめていた。
「そんなの呼んでやるに決まってる! 姫石のことをそんな名前でなんかは絶対に呼ばない! 約束してやる! 俺はこの先ずっと何があっても姫石のことを……いや、『真央』のことを『真央』って呼んでやる!」
そう俺が叫ぶと真央は小さくゆっくりと優しく、でも強く、俺を抱きしめ返してきた。
「……ありがとう」
真央は俺の耳元で、名前という呪いから救われたような声で小さくささやいた。
この真央の声を聞いて、俺は今しかないと思った。
俺は抱きしめていた両手を真央の両肩に乗せ、お互いの顔がよく見えるようにした。
いきなり俺にこんなことをされた真央は、涙で赤くなった目を少し驚いた目にしていた。
「だから!」
心と体の準備に誤差があるせいで、どうしても俺はここで言葉を区切ってしまった。
それでも……俺はこの先の言葉を続ける!
「だから俺は! 『真央』のことが好きだ!」
真央のことが好き。
こんな言葉はいくらでも簡単に言うことができる。
それでも、この言葉を言うまでの段階を進めることはとても容易なことではない。
だからこそ、俺はこの言葉をしっかりと言えたことに問題はないと思っている。
俺の言葉を聞いて真央は一瞬フリーズしていた。
けれど、すぐに表情をほころばせ静かに涙を流した。
その涙は決して、さっき流した涙と同じ意味で流れたわけではないはずだ。
俺はそう信じている。
「あたしも玉宮のことが……『香六』のことが好き!」
そう言った真央の姿は狂おしいほどに愛しかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
学校1のイケメン♀️から逃げ出した先には地獄しかありませんでした
山田空
ライト文芸
ハーレムを目指していた主人公は転校してきたイケメンによってその計画を壊される。
そして、イケメンが実は女の子でありヤンデレであったことを知り逃げる。
逃げた途中でむかし付き合った彼女たちとの過去を思い出していく。
それは忘れたくても忘れられない悲しき記憶
この物語はヒロインと出会いそして別れるを繰り返す出会いと別れの物語だ。
そして、旅の最後に見つける大切で当たり前なものとは
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる