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彼氏が彼女を見初めたきっかけは。
しおりを挟む少な目の墨を烏口に入れて、幾何学模様を無心になって描いた。パレットの前に準備されたアクリル絵の具はすべて原色で、描いている自分よりも見ている人間の方が気が狂うのではないかと心配してしまったのがつい最近のように感じられる。
なけなしの金で借りたアトリエ。視覚デザインを学ぶ有志数人のグループで行ったうちわだけで盛り上がる三日間の作品展。その、最終日にちいさな奈桐は現れた。
一緒に連れ立っている母親のコーディネートなのだろう、上品な白いレースに縁取られた黒のパフスリーブのワンピース、八重咲きのチューリップみたいに華麗に膨らんだスカート、その上に清楚なエプロン、白と黒のしましま模様のニーソックスの下を、厚底のストラップシューズが飾る。まるで不思議の国に迷い込んだアリスみたいな格好だ。
……そういや、不思議の国のアリスって原作じゃあ黄色いエプロンドレスを着てるんだよなぁ。
仁嗣はルイス・キャロルを思い出しながら、少女を見つめる。ディズニーのアリスは水色だが、原作は黄色なのだ。そして、今アトリエにいるアリスは、甘さを抑えた黒と白。
肩までのばしっぱなしの栗色の髪はやわらかなウェーブを描き、髪の毛と同じ色を持つ瞳が、きょろきょろと周囲を見回している。小学生にしては大人びているからたぶん十四、五歳くらいか。ニーソックスを履いて精一杯のお洒落をしているちいさな足とアンバランスなあどけない少女の表情は、仁嗣を惹きつけるには充分だった。
ーーあの愛らしい足に、ふれてみたい。
そう思った瞬間、目をそらすことができなくなった。
チェスボードのような白と黒が交錯した床の上に飾られた作品の数々を、ふらふらと渡り歩く姿は、まるで花の蜜を求めて蝶が飛び回るかのよう。と、仁嗣が見つめていると、おもむろに少女の動きが止まった。
足を止めた先には、仁嗣が描いた作品が展示されていて……
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