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彼氏にケーキを作るのです。

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「男の人ってどうしてこうもロマンチストなんでしょう? ときおりあたし女の子やめたくなります」
「やめないで奈桐ちゃん。仁嗣が悲しむから」

 泡だて器を片手に、奈桐が愚痴をこぼす。

「でも、不思議の国から飛び出してきたアリスみたいって口説き文句、おかしいですよ。まるでアリスが理想の女の子みたいな言い方してるんだもの」
「それで世界中の男性すべてをロマンチストだと定義するのもどうかと思うわよ」
「でもリョーコさん」
「奈桐ちゃん手が止まってる。それじゃあいつまでたっても硬いメレンゲができないわよ」

 尚も反論しようとする奈桐を、稜子が優しく咎める。止まっていた手を見て、慌てる奈桐。

「あ、はい」

 卵白三個とグラニュー糖、ボウルに入れて奈桐はかしゃかしゃかしゃかしゃ泡立てている。スポンジを膨らませるために、硬いメレンゲは必要不可欠だから。
 今まで料理すらまともにしたことがなかった奈桐は、仁嗣の女友達の稜子に助けを求めたのだ。稜子は快く応じてくれた。そして、奈桐のためにとケーキの材料を準備してくれたのだ。すべてがはじめてづくしの奈桐は、友人たちの助言に従って姉のような稜子に教わりながら、手順を一つ一つ踏んでいく。
 仁嗣が欲しがっている手作りのバースディケーキを作るために。

「電動泡だて器ないんですか?」
「そんなものにお金を費やすくらいなら画材を買った方が将来役立つ」
「はぁ」

 そういえば仁嗣もそんなこと言っていたような気がする。美大生の思考回路はよくわからないなぁと奈桐は苦笑する。

「そういう奈桐ちゃんは、仁嗣のどこが好きなの?」
「……え」

 そんなことを聞かれるなんて思っていなかったから、奈桐は稜子の言葉を聞き返す。

「仁嗣のすきなところ?」
「そう。仁嗣がちいさな奈桐ちゃんのこと大切にしているのはわかるんだけど、はっきりいって奈桐ちゃんがあんな親父みたいな奴を選ぶとは思えなくてさぁ」
「リョーコさんって平然と失礼なこと言いますよね」
「まぁね」

 卵白を十五分ほど泡立てて、やがて艶のあるメレンゲができあがる。

「明日絶対筋肉痛です」
「明日出るならまだ若い」

 スポンジを作る時点でぐったりしている奈桐を一瞥して、稜子が小麦粉を取り出す。

「次は粉をふるうよ」
「はいっ」

 なんだか体育会系のクラブみたいだなぁと場違いなことを思いながら、奈桐は粉ふるいを小刻みに振り始める。

「年の差とか身長差とか、気になりますか?」

 おそるおそる、奈桐が口を開く。

「仁嗣が中学生の女の子ひっかけたって聞いたときは驚いたわ。何考えてるんだろうって。でも」

 空気を含ませた小麦粉とベーキングパウダーが粉雪のようにボウルの中へ落ちてゆく。

「心配することは、ないみたいね」

 そう言った稜子は、どこか寂しそう。

「大丈夫ですよ」

 ボウルの中へ落ちてゆく粉を見つめながら、奈桐が確信に満ちた声で、応える。

「……仁嗣は、あたしのこと、わかってるから。あたしを、浄化してくれるから」
「浄化?」
「リョーコさんが言ってたじゃないですか。仁嗣の絵は浄化を描いているって。あたし、はじめて彼の絵を見て、感動したんです。ただの邪魔な飾り物って認識が、価値あるものへ翻ったんです。だから」

 あたしは、彼をすきになったんです。
 半分、潤んだような瞳で、奈桐が呟く。そんな奈桐をかわいいなと、稜子は微笑する。その微笑みが歪んでいるなんて、奈桐は気づかない。

「……立派に恋人同士してるじゃないの」

 ボウルにふるった粉類を木べらでさくさく混ぜて、スポンジケーキのスポンジ部分の生地が出来上がる。

「生地を型に入れて、余熱したオーブンに入れれば休憩できるから、あともうちょっと頑張れ」
「はーい」

 そして時間は過ぎてゆく。
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