極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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prologue

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 閉館して時間が経過した夜の美術館は、まるで時間を止めたかのようにしん、と静まり返っている。赤みがかった白い月明かりがステンドグラスを透かし、床に赤や黄色、緑や橙のコントラストが色鮮やかな模様を描いていた。
 太陽光で透かしたときよりも淡く幻想的な光を背に、透き通った黒い紗のマントを金魚の尾びれように優美になびかせ、猫の形をした黒い半面を顔につけた異質な人間が優雅な立ち振る舞いをしながら陰に紛れて忍び込んでいる。
 その静謐な盗人をいつしかひとはそれを怪盗キャリコ――夜闇を泳ぐ琉金――などと揶揄するようになっていた。

 霧島更紗きりしまさらさは息を潜め、手元の装置を操作する。鍵を一つずつ丁寧に解除し、警報システムを無効化する。指先に力を入れると、電子音が止まり、ケースが静かに開きだす。もう何度もシュミレーションしている。セキュリティ突破のシナリオ通り、更紗は猫面の怪盗キャリコになって、今夜も狙いのブツを取り返す。

「……カ、ン、ペ、キ」

 小さく呟き、彼女は帯留めに使用されていた宝石をそっと外し、もう片方の手で同じ大きさのものを配置する。
 その瞬間、監視モニターの赤い光がチカチカと点滅し、更紗がつけていた仮面をぼんやり映し出す。

「いけない!」

 更紗は音を立てないようシークレットブーツを履いている足の動きを止める。異常に気付いた警備員たちが動き出したのか、背後のモニターには自分ではない何者かが映り込んでいた。
 二人の目線が交わり、時間が止まる。見えない火花が散ったかのようにその場の空気が一瞬で凍りつく。
 見たことのない若い男だ。けれどこの場にいるということはきっと、彼もまた”因縁”の関係者なのだろう。
 言葉は交わさずとも、互いの存在を認め合った瞬間、更紗はクスリと笑う。
 だけどごめんなさい――母の悲願を胸に、彼女はまた一つ“奪われた記憶”を取り戻すべく、宝石をその手で包む。

「今宵も鍵小野宮家かぎおのみやけのお宝、いただきます」


   * * *


「怪しい動きを感知、か……」

 九条黎くじょうれいは、会社の監視室で座り込み、モニター越しに突如現れた黒い影を追っていた。
 彼の指がキーボードを軽く叩いていくと、誰もいないはずの展示室から不審な動きが散見する。単独犯とは思えない複雑なアルゴリズムが九条を阻む。
 改竄された警備システムの解析に集中しながらも、どこか懐かしい感情が胸に沸く。

「……これが、怪盗キャリコ」

 巷を騒がせる仮面の怪盗キャリコ。顔につけているのはヴェネツィアのカーニバルでお馴染みの煌びやかな猫の半面にも、日本の伝統的なお面のようにも見える。それよりも特徴的なのは仮面よりも身体を覆っている黒い透明感のあるマントである。薄いシルクの布地でできているのかひらひらと魚の尾びれのように夜闇を躍る姿はさながら名前の通り琉金のように優雅だ。
 ヒラヒラとはためくマントの影を認めた九条は心の中でつぶやく。

「猫というより女豹だな……」

 モニター越しに映っているというのに警戒することもなく軽やかに防犯装置を打ち破り、標的をすり替えては仕留めていく女怪盗。
 警備会社最大手であるKUJOの最新システムですら、彼女の手にかかれば赤子の手を捻るようなものなのだろう。そうはさせまいと九条は怪盗キャリコの足を止めようと自ら監視室を飛び出す。
 そして――心臓の高鳴りを感じながら、その場に立ち尽くす。立ち向かうべきだと理解しているものの、実際に対峙すると金縛りにあったかのように動けなくなる。美しい金魚の尾びれのように髪とマントが揺れ、シルエットがステンドグラス越しの光に浮かぶ。思っていたよりも背が高い。180cmある自分と同じくらいあるのではないだろうか。
 見た瞬間、心臓が跳ねた。まるで自らが芸術品であるかのようで……蒐集家としての九条が心の中で歓喜していた。

 ――欲しい。彼女が。

 微かな距離で、互いの呼吸が聞こえる。負けたくないと、九条は彼女を睨み付ける。捕らえなくてはいけない相手なのに、魅了されてしまった彼は判断を誤ってしまう。手を伸ばそうとして、足を滑らせる。その瞬間、展示室の警報の微かな振動が静寂を破る!

「九条どの?」
「……逃げられてしまったな」

 宝石を抱え、闇に身を潜めた怪盗はすでに姿を消していた。
 九条は監視モニターを見つめ、消えた彼女に想いを馳せる。
 闇夜を華麗に泳ぐ怪盗キャリコ。狙われるのは宝石や鉱物ばかりで、その価値はピンキリである。だが、彼女が奪った盗品には共通点があった。いまな亡き旧鍵小野宮家が所持していたとされる曰く付きのコレクションであるということ――さらに親族は死に絶えたはずなのに、奇妙なことに何者かが散り散りになったそれらを再収集しようとしているということ。

「警察に届け出は」
「必要ない」

 九条はきっぱりと言い放ち、彼女が残した物を指し示す。展示物だった帯留めには、使用されていた孔雀石マカライトよりも格上の翡翠ジェイドが煌めいていた。ふざけやがって、と九条はため息をつく。どういうわけかここの美術館のオーナーは警察嫌いで有名なのだ。こちらが騒いだところでこの程度でともみ消されてしまうのがオチだ。

「オーナーがアレだからな。お遊びにつきあうほど、警察も暇じゃないだろ? けど、騒ぎが大きくなるのはいただけないから俺たちが相手をするわけだ。まったく……」

 けれど実際に対峙した怪盗キャリコの姿は想像以上におおきく、美しかった。
 いつかその仮面を暴いてみたいと九条に興味を抱かせる分には充分で……。

「旧家の令嬢がお遊びでしているにしては、おいたがすぎるかな」

 その日も夜空にはおおきな赤みがかった月が、煌々と輝いていた。
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