極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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04. 報告書 一




 業務報告書 第43号
 提出先:株式会社KUJO セキュリティ統括本部
 案件名:「森金連城関連展示施設」警備環境確認報告 概要二
 報告者:九条黎(取締役)


一、訪問概要

 本日午後、株式会社森鍵が運営する画廊“キィ・フォレスト”にて展示環境の確認を実施。
 対象案件は当画廊含む私設四大美術館にて開催中の「森金の子どもたち」展。展示品のうち、特に高額取引が想定される鉱物関連作品については、監視システムの再調整を依頼されたため現地対応を行った。

二、展示環境の確認事項

・特設展示室の温湿度・照度は基準範囲内(温度22.3℃/湿度51%/照度120lx)。
・ただし、作品「夜桜」における反射光が監視カメラの補正範囲を超過。
・光源角度を5度変更し、干渉を軽減。
・反射元は顔料内の鉱物層によるものと推定される。通常の蛍光鉱物とは異なる特性を示すため、後日、追加の分光分析を要す。

三、人的応対記録

 現場案内および立会いは霧島更紗氏(株式会社森鍵・学芸員)が担当。
 対応は丁寧かつ的確であり、展示物への理解度も高い。
 特筆すべきは、照度調整に際し「鉱石の光を閉じ込める層がある」との発言。
 これは画家・森金連城に関する研究資料にもしばしば見られる表現であるが、同氏の口調には単なる比喩を超えた確信の響きがあった。


   * * *


 ――ここまでは記録としての文。問題はここからだ。
 九条黎ははぁとため息をつきながら報告書の記載をつづける。

『九条さんは舞台のご経験が?』

 あの女――霧島更紗。
 初対面で九条の舞台経験を言い当ててきたのには驚いた。自分が照明や舞台のはなしを振ったからだろうが、発声から見抜いてきたことも意外だった。
 声といえば、彼女の方こそ雑音の感じられない滑らかな声をしていた。アナウンサーと言ってもいいくらい、言葉を選ぶ間の取り方も美しく、清楚でありながら華やかな顔立ちをしている。
 その一方で他人を拒むような壁があり、ふれるだけで崩れてしまいそうなどこか矛盾した静けさを抱えているのが印象的だった。

 展示室で「光を閉じ込める」と言ったとき、彼女の瞳はかすかに揺れていた。連城鉱石についての知識を持つ者ならば常識だろうが、九条のような人間に指摘されるとは思わなかったのだろう。一介の警備会社の人間ならばそれだけのことだ。けれど九条には事情がある。それゆえに気づいてしまった。

 ――あの反応は、何かを知っている者のそれだ。単なる学芸員ではない。なぜなら――……

 夜桜の絵を見上げる彼女の横顔を思い出す。
 あれは、光を守る者の目だった。
 だが――守る対象は本当に“絵”なのだろうか?


   * * *


四、補遺

 本日の確認結果をもって、当画廊展示環境は安全基準を満たしていると判断する。
 ただし、今後も夜間警備において不審な反応があれば速やかに報告を要する。
 内部関係者による情報流出の懸念もあるため、継続的に観察する必要がある。

 株式会社森鍵・附属画廊”キィ・フォレスト”現地確認を完了。
 展示室の構造・監視カメラ位置・非常口動線に問題なし。
 ただし、特設展示室における「森金連城」作品群の照度バランスは、現行のセンサー精度をわずかに超過。
 鉱物由来の反射光が検出値を攪乱する可能性あり。
 要、再調整。

 (記録追記)
 昨日の森鍵私設美術館侵入・窃盗事件に関して、内部からの情報流出の線が浮上。
 必要となれば警察介入も辞さないが、いまは報告のみに留める。
 代わりに森鍵創業者と旧鍵小野宮家との関連を再調査する旨を伝える。
 なお――怪盗“キャリコ”の動きは依然不明。宮家の末裔令嬢の線で調査は続行中とのこと。


   * * *


 報告書を閉じたあとも、ペン先が止まらなかった。
 紙の端に無意識で書きつけた名前が、九条を翻弄させる。

「霧島更紗……初対面のはずだよな?」

 取引先で出逢った学芸員の女性が気になって仕方がない。彼女の声のトーン、わずかに息を詰める仕草。どこかで見たことがある気がするそれらが、理屈では説明できない既視感デジャ・ヴを呼び覚ます。
 展示作品を前にしたときの彼女の目。九条が怪盗キャリコと向き合ったときに感じた眼差しに似ていた。
 けれど対象を盗もうとするものではなく、何かを封じている者の静かな覚悟を帯びているようで……。

「が――怪盗キャリコではない、よな」

 かつて鍵小野宮が蒐集したとされる鉱石ばかりを狙う女怪盗。あのとき目視した女は、九条よりも背が高かった。ほんの一瞬だったから正確な高さはわからないが、今日隣を歩いた霧島更紗と比べると、二十センチちかく差があるのではなかろうか。猫の半面を被った大柄で俊敏な動きをする女怪盗。キャリコという名は三毛猫の品種とも金魚の品種とも囁かれている。猫というよりも女豹だと、九条は思い返す。
 たしかに九条はあの夜の闇のなかで、仮面越しに光を宿した瞳と対峙した。色濃い夜の気配とともに。あのときに感じた視線の重なりを思い出そうとするが、すでに記憶は朧気なものへと変容している。
 謎多き森鍵の依頼を遂行するためには怪盗を捕まえる必要がある。そのために九条は現場をまわっているといっても過言ではない。
 呪われた鉱石とは何なのか。なぜ警察を関わらせようとしないで警備会社が、さして実績もない社長の息子である自分が責任者として適任と判断されたのか。わからないことばかりである。
 はあ、とため息をつきながら九条は夜闇に滲む光のような報告書の赤文字に斜線を引く。

 霧島更紗――要、監視。
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