極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

文字の大きさ
9 / 41
chapter,2

04. 不穏な予告状




 準備を終えたあとも、九条は展示室の隅で黙々と作業を続けていた。動線の確認、ガラス面の指紋、備品リストの照合。
 一つひとつを淡々とこなし、誰よりも静かに、誰よりも丁寧に目を配っている。
 その姿を見ていると、更紗はどうしても胸の奥がすこしだけ落ち着かなくなる。

 ――この展示会で”虹”が出品されるのは八月の末だったはず。キャリコとして盗みに入るなら、会期中よりもその前に偽物とすり替えた方がいい。だけど……彼を欺くことは可能だろうか?

 旧鍵小野家の宝飾品に紛れ込んで飾られていた鉱石を盗んだのは常設展示だったこともあり、侵入も容易かった。
 だが、ふだん非公開の宝物が表に出るとなると、警備もさらに手ごわくなる。前回の解析コードは使えないだろう。更紗はじぃっと九条を凝視する。
 警備会社の社員として当然のことなのに、彼の動きにはどこか“品”があった。不用意に音を立てない歩き方をはじめ、来客への短い会釈、スタッフの指示を聞くときの真剣な横顔……それらすべてが「彼」を形作っている。

 ――あんなに無駄がない人がいるなんて。

 自分も職業柄、作品の扱いには人一倍神経を使っている。だからこそ、同じ空気の中にいる彼の挙動を見ていると、心強いと感じてしまうし……警戒もする。

「九条さん、もうお昼ですよ。休憩されなくていいんですか?」
「え? ……ああ、そうですね。つい確認が長引いてしまって」

 彼が腕時計を見てわずかに笑う。
 更紗はその表情を初めて見た気がした。

「熱心なんですね」
「仕事ですから」

 矢のようにきっぱりと言い放たれたその言葉がまっすぐに響く。
 お世辞でも謙遜でもない。本当に、本心からそう思っている声だった。
 きっと、真面目な彼は怪盗キャリコの件でこのプロジェクトに引き抜かれてしまったのだろう。なんせ彼なら不可思議な怪盗キャリコを捕まえられるのではないかと思われるだけの妙な説得力がある。KUJOの方が本腰を入れてきたのか、彼を雇った森鍵新蔵になんらかの思惑があるのかはわからないが。

 ――まあ、そう簡単に捕まるつもりはないけどね。

 更紗は外の自販機で自分で飲もうと思って購入したストレートティーの冷えたペットボトルを差し出して、九条に渡す。

「よければこれ、どうぞ。展示室は乾燥しますから」
「ありがとうございます」

 九条が受け取る手を見て、彼女は思う。
 冷たくて硬そうなのに、すこし優しい指をしている。彼の繊細な指先は更紗と違って美術品を守るためのもののはず。なのに彼はペットボトルを受け取った手とは異なる手で、更紗の指を撫でてきた。ゾクリ、と身体に震えが走る。ほんの一瞬のふれあいにも関わらず、熱が灯ったような錯覚に陥る。
 けれど次の瞬間には、彼はさっと手を放し、元の無表情に戻って更紗の前から姿を消してしまった。
 彼自身が展示室の一部に溶けこんでしまったみたいで、取り残された更紗は困惑を隠せない。

「霧島さん、第二企画室の方に……」

 呆然としていた更紗を正気に戻したのはインカム越しに耳に入ってきたスタッフの声だった。
 ひどく焦りをみせている声音にただごとではないと急いで駆けつけると、そこには厳しい表情を浮かべた九条も立っている。

「何があったんですか」
「これが、宅配便の荷物に紛れていたみたいなんです」

 郵便物を回収してきたスタッフの手にはひときわ目立つ封筒が混ざっていた。差出人のわからない、黒地に金色の魚のシルエットが浮かび上がるシンプルな封筒、が。

「……どなたが受け取ったんですか?」

 中には封筒と同じ紙質の黒いカードが一枚。
 そして艶やかな銀のインクで、ただ一行。

“虹の記憶をいただきに参上します。——Calico”

 文面を見た瞬間、更紗の背筋が凍りついた。“虹”――それは森金連城が遺した鉱石の”呪われたもの”。
 一般には展示予定すら知られていないはずのものだというのに。

 ――どうして、その名を?

「……怪盗キャリコ、ですか」
「ご存知なんですか?」
「警備関係者の間では有名です。高価な美術品を狙う“美意識の週末怪盗”と呼ばれている」

 週末怪盗とか月末怪盗とか一部の人間が面白がってつけていることは更紗も知っていたが九条もそのことを知っているらしい。
 五月に別の美術館で対峙したときは、まさかこのような形で展示会に携わって来るとは思わなかった。やはり彼――彼らは今回の展示会で怪盗キャリコが動くと考えているのだろう。だが、九条の声にはわずかな緊張と、もうひとつ別の感情が混じっていた。
 それが何なのか、更紗にはわからない。
 ただ、彼の目の奥が鋭い光を見せている。

「この件、こちらの方で処理しておきます。いまはまだ館の外には漏らさないでください」
「わかりました。でも……」

 言いかけた更紗の声を、九条が遮る。

「――霧島さん、あなたは普段どおりでいてください」
「え?」
「狙われているのは“虹”だけじゃないかもしれません」

 その言葉の意味を問う前に、彼は立ち去った。
 残された更紗の手には、銀の文字が刻まれたカード。
 光を受けてきらりと輝くそれが、まるで何かの合図のようにも見えた。
感想 2

あなたにおすすめの小説

ひとつ屋根の下

瑞原唯子
恋愛
橘財閥の御曹司である遥は、両親のせいで孤児となった少女を引き取った。 純粋に責任を感じてのことだったが、いつしか彼女に惹かれていき――。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

4番目の許婚候補

富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

溺愛社長の欲求からは逃れられない

鳴宮鶉子
恋愛
溺愛社長の欲求からは逃れられない

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389