極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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chapter,3

01. 予告状の影

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「――やっぱり、寝ていなかったか」

 スマホ越しに聞こえた低い声に、九条は苦笑した。
 報告書を送ってから二十分も経っていない。相手が電話をかけてくるのも想定の範囲内だった。

「お互い様です、藤堂警部補。夜型のほうが頭が冴えるんですよ」
「……黎の場合は“夜しか動かない”の間違いだろう。怪盗と同じだな」

 軽口の裏に、淡い警戒が混ざる。現段階で怪盗キャリコが特定の”連城鉱石”だけを狙ってすり替えている事件はまだ公にされていないからだ。
 九条は笑いを返さず、静かに応じる。

「報告書、確認してもらえましたか」
「ああ。封筒の画像も見た。差出人不明、筆跡不一致、封筒およびカードの材質、印字内容より、本物の予告状ではなく模倣の可能性が高い。ただし文面に使用された銀インクの成分は念のため鑑識に回したい。それと、問題は“虹”の名が使われたことだな」

 藤堂の声が一段低くなる。
 ”呪われた鉱石”――それは警察の一部の担当者の間では禁句扱いとなっている言葉である。
 過去に連鎖的に起きた盗難と失踪は未解決事件としてすでに時効を迎えていた。
 当時の現物はいずれも回収されず、被害者の証言すら途切れたままとなった。
 だが、森鍵錠太郎が手広く蒐集していた美術品のなかから森金連城にまつわる品が発見されたことで、いまもなおコレクターのあいだで密かに取引されている可能性が出てきたのである。そのなかには海外業者による闇取引も含まれている。森金錠太郎が生存していた頃は調査に協力的だったが、二代目新蔵は警察と直にやりとりすることを嫌がりセキュリティ会社KUJOの幹部に丸投げしている状況だ。それゆえ藤堂は民間顧問である九条と情報の共有を行っている。

「……まさか再び、あの名を聞くとは思いませんでした」
「霧島更紗が関係していると?」
「断定はできません。ただ――彼女の反応は、偶然ではなかった」

 短い沈黙。
 回線越しに聞こえる微かな呼吸音が、互いの間の信頼と疑念の距離を測っていた。

「黎、お前、あの女に肩入れしてないだろうな」
「……どういう意味です?」
「任務に“個人の情”を持ち込むなって意味だ。お前が感情を動かすと、こっちはフォローが大変になる」

 九条は無言のまま、わずかに目を閉じた。
 脳裏に浮かぶのは、展示室の柔らかな光の中に立つ更紗の姿。怪盗キャリコより小柄でありながら妙な存在感がある学芸員。曰く付きの美術品にも詳しそうだが、訊いてしまったらそこで関係が終わってしまいそうな気がして聞けずにいる。
 報告書に書けなかった彼女への複雑な気持ちが、今も焼きついていた。

「心配無用ですよ。僕は仕事に忠実です」
「その言葉、記録しておこうか?」
「どうぞ。あなたのファイルにでも」

 ふたりの間に、ふっと笑いが漏れる。
 けれど、どちらも完全には笑っていない歪さが残っていると認識していた。
 明晰な頭脳と冷静な口調の裏で、それぞれが異なる危惧を抱え、推理をつづける。

「藤堂。もし“キャリコ”が模倣でないとしたら――誰が、何のために動いていると思いますか?」
「……その答えを出すのが、俺たちの役目だろ」

 通信が切れる直前、藤堂が短く付け足した。

「ただ一つ言えるのは、“虹”に触れた者は誰も無傷では済まなかった。お前も、気をつけろよ」

 通話が途切れ、静寂が戻る。
 九条は無意識に、自分の指先に残る微かな熱――更紗の手の感触を思い出していた。

「……忠実、か」

 呟きは夜に溶け、画面の時刻が午前二時を示す。
 森鍵美術館の展示会初日まで、あと六日。


   * * *


 東京、広尾にある株式会社KUJO本社ビル28階。午前の光が大きなガラス越しに差し込みキラキラと輝いている。
 九条は早めに出勤して来客を迎えていたものの、昨夜の言葉の余韻がまだ脳裏に残っていた。

 ――“虹”に触れた者は誰も無傷では済まなかった?

 無表情な相手の前でぼんやりコーヒーに口をつけていると、ドアが控えめにノックされた。そういえば今日は森鍵から更紗が来る日だ。画廊と美術館と九条本社と毎日のように行き来している彼女の働く凛とした姿は見ているこちらまで清々しい気分になる。

「おはようございます九条さん! 昨日の調整案、まとめてきました。よろしければ――」

 顔をのぞかせた更紗は画廊滞在時と変わらないグレーのスーツ姿だ。ふだんと違うのは、髪をひとつにまとめているところか。
 室内に入ってきたところで更紗がふと動きを止める。

「あ、お客様がいらしたのですね……失礼しました!」

 室内には、九条以外にもうひとり。
 アイスブルーのネクタイを締めた男が、厳しい表情で書類をひろげている。
 九条が先日電話で会話をした藤堂警部補だ。更紗にも紹介した方がいいだろうと思い、九条は彼を取締役室に引き留めていたのである。

「……構いませんよ。霧島さんにもお話しておきたかったから」
「あなたが霧島更紗さんですね。お話は伺っています」

 九条の声を遮って、藤堂が口を開く。
 更紗は反射的に背筋を正しているようだった。

「と、藤堂……警部補……? 警察の方がなぜ?」
「昨日、九条から資料を受け取りまして。追加で確認したい点があったので寄らせてもらったんです」

 九条がさりげなく更紗の緊張を和らげる。

「美術館側の展示調整に使う資料ですよ。霧島さんも共有しておいてください」

 藤堂は目を細め、まるで反応を観察するように更紗を見ている。
 更紗は居心地悪そうに肩をすくめていて、九条にはその様子が怯えた小動物のように見えた。

「例の“予告状”の件、ご心配なく。あなたに責任を追及するつもりはありません。ただ、事情を少し知っている方の協力は貴重ですので」
「そ、そうですか……」

 藤堂の視線は穏やかだが、眼底には“捜査官の光”がある。
 九条へ渡す資料を机に置こう更紗が気まずそうに眼をそらした――そのとき。

「霧島さん。……どこかでお会いしたこと、ありますか?」

 更紗の手が止まったのを見て九条の心臓がふっと冷たくなる。
 だが、その動揺を隠して即座に彼女と藤堂の間に割って入っていた。
 そうっと彼女の手から書類を受け取り、柔らかく微笑んでから九条は言い返す。

「気のせいですよ、藤堂。彼女は普通のクライアントです」
「ふーん……。お前、そうやって庇うと余計怪しいって知ってるか?」

 藤堂は皮肉めいた微笑を九条に向け、それから更紗に再び視線を移す。

「失礼。職業柄、初対面の反応に目が行ってしまうもので」
「……いえ。たぶん、人違いです」
「ならいいんですが」

 その落ち着いた声の裏には、明らかな引っかかりがあるように感じた。九条が更紗に感じた違和感を、藤堂もきっと感じているのだろう。
 困惑した表情の更紗が退室し、扉が静かに閉まると同時にふたりの空気が冴え冴えとしたものへと変わる。

「――黎、お前、あの子に妙に甘くないか?」
「職務上の配慮ですよ」
「昨夜、“個人の情は持ち込むな”っつったよな?」

 藤堂の呆れた声を九条は無視して更紗から受け取った書類を撫でる。扉の向こうに姿を消した更紗のことが気になって仕方がない。けれど藤堂の前でこれ以上隙を見せることはできないと九条はその場に留まり表情を殺す。
 対する藤堂は頑なな九条を前に、ぽつりと呟いていた。まるで彼を試すように。

「彼女……どこかで似た動きを見た気がする……三年前に」
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