極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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chapter,3

04. 報告書 三




 内部報告書:霧島更紗に関する経過観察(三)

 報告者:九条黎
 件名:〈キャリコ予告状〉関連事象および霧島更紗との接触記録(第三回)

一、対象者の勤務状況について

 勤務態度に特段の問題は認められず、作業効率も平常どおり。
 ただし展示室内での巡回時、対象者が周囲の気配に反応。
 視線を落とす仕草を二度ほど確認。
 従来に比して“動揺の兆候”がやや強まっている。

二、接触事案について

 本日、展示什器の点検時に対象者が足を滑らせ、転倒未遂。
 当方が支えたことで事態は回避。
 怪我なし。
 本人は「驚いただけ」と説明したが、直後に通常より早い呼吸反応あり。

三、心理傾向に関する所見

 対象者は当方への警戒心を保ちながらも、一定の“接近許容”が生じつつある。
 会話の折に、対象者より「(九条について)もっと知りたい」という主旨の曖昧な発言を確認。
 職務上のやり取りとも、単なる社交辞令とも評価できるため、継続観察を要す。

補足

 予告状に関する質問を行ったが、対象者は強く否定。
 筆跡・文体ともに“キャリコ”の既知情報との一致点なし。
 模倣犯の可能性を引き続き優位とする。

総括

 “虹”関連展示に関する話題に触れた際、対象者の瞳孔反応が変化。
 過去の霧島家および森鍵家記録との関連は依然未解明。
 当方より本部へ資料照会中。
 対象者の動揺は、職務負荷に由来するものか、第三者の干渉によるものか、断定には至らず。
 警察側との連携を継続する。
 

 以上


   * * *


 本部と警察へ報告書を送信したあと、九条は数秒だけ画面を閉じたまま目を伏せた。何度か打ち直そうとしても、書けなかった文がある。

 ――“ふれた際に感じた熱がいまも残っている”。

 そのようなものは職務日誌に書く内容ではない。その手をはなしたくないと思ってしまったなど、個人的な感情でしかないのだから。
 けれども皮肉なことに打ち込んだ文章を削除するたび、余計に脳裏へと刻まれていく。
 あのとき呼吸の乱れを先に整えたのは、むしろ更紗ではなく自分のほうだったのかもしれない。彼女の揺れる睫毛を思い出すだけで、胸の奥が震えて、かすかに痛む。
 要監視対象。
 そのはずなのに、距離を測れば測るほど遠ざかることが難しくなっていく。彼女は森鍵側の人間で、陰で美術品の闇取引を行っているであろう新蔵とも近しい存在だ。
 完全な証拠がない限り逮捕はできないと警察は新蔵をマークしているものの手を出せずにいる。そこへ白羽の矢が立ったのが九条である。あくまで民間人として森鍵のセキュリティに関与し、闇取引の内情を暴くべく彼は今日まで活動してきた。
 かつて鍵小野宮家に仕えていた九条一族が戦後独立し世界的企業になったことを森鍵の人間は苦虫を嚙み潰したような顔で見ていたというが、新蔵はそのような過去の因縁については蒸し返そうとせず九条に対して美術品を守ることだけを命じてきた。
 どうやら彼は”連城鉱石”のなかの”虹”と呼ばれる危険でありながら美しい鉱石についての詳細を知らないらしい。錠太郎の息子でありながらそのようなことがあるのか、と九条は驚いたが、実際に取り扱っている更紗は”呪われた鉱石”についての知識を有していた。このことから九条は新蔵が”虹”の危険性を知らないまま外部に流していると理解した。警察も三年前からそのことについては気づいていたらしい。
 だが、危険な”虹”と呼ばれる美しい鉱石の多くはこの数年で怪盗キャリコによって奪われ、すり替えられ、行方知れずになっている。予告状を出すこともなく気まぐれに現れ”連城鉱石”があるところに出没する琉金キャリコ――なぜ今回に限って予告状を美術館に、それも霧島更紗に知らしめるかのように出してきたのだろう?

 ――彼女にとって怪盗キャリコとは何なのだろう。それにしても自分は、いつから彼女を“脆いもの”として扱いはじめたのだろう。

 更紗に『もっと知りたい』と言われて舞い上がってしまった自分に釘を刺すように、九条はぶんと首を横に振る。
 ふいに画面の隅が明るくなる――藤堂からの受領連絡だ。

『報告書受領。追って連絡する』

 相変わらず早い。どこまでも無駄のない彼に、九条は小さく息を吐く。

「……これ以上、仕事を言い訳にできるかどうか」

 画廊”キィ・フォレスト”に飾られていた夜桜を照らしたあの光を生み出した更紗のことを想い、九条は自嘲する。
 仕事としての距離と、個人としての距離が絵の具を溶かしていったかのように曖昧に滲んでいく。

 ――もっと知りたいのは、こっちの方だ。
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