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chapter,4
04. 嫉妬と呼ぶには稚い
しおりを挟む『わたし、剣人さんと婚約してたの』
更紗のヒトコトに、九条は凍りつく。ここにきて更紗は貞操を守ろうとしているのか? 目の前が真っ暗になる九条に、更紗がぶんぶんと首を振る。
「でも、ちゃんとした話じゃない……から。森鍵創業者だった大伯父さまが勝手に言ってただけ……あっ」
「森鍵剣人には抱かれてないんだよな」
「……剣人さんは、お兄ちゃんみたいなひと、だから」
九条の表情が変わったことに気づいたのか、更紗が怯えた顔をして反論する。お兄ちゃんみたいなひと、という言葉の奥に憧れのような、恋慕のような響きが感じられたのはなぜだろう。ベッドのうえで自分が不利な状態でいるにもかかわらず、彼女は剣人について弁明する。
「彼は、自分の父でもある現社長、森鍵新蔵のやり方に口を出して海外に飛ばされた……わたしのせい、で」
「更紗のせい?」
「……”連城鉱石”のなかの七つの”虹”、そのうちのひとつをダメにしてしまったの」
どうやら更紗は剣人に負い目があるらしい。だから自分が九条に愛されることを素直に受け入れられずにいるのだろう。たしかに建前として”取引”と言ってしまった自分にも非があるだろうが……途方に暮れている更紗を前に、九条も乾いた笑みを零す。
「そのはなしは、あとでゆっくり聞く」
「ほんとう?」
「ああ。たとえ更紗が森鍵剣人のために俺を利用しようと演技しているのだとしても……ここで行為をやめるわけにはいかないだろ」
「ひ……あ」
九条がベルトを外し、ズボンとトランクスを脱いで彼女の蜜口へ分身の尖端をくっつける。脈うつ赤黒い彼の剛直を前に言葉を噤む更紗に、九条は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「君に婚約者がいたのは過去のことだ。俺が君のはじめての男になる……いいね」
* * *
初めては痛いものだと思っていた更紗を裏切るように、九条は彼女を優しく抱いた。それこそ壊れ物である繊細な美術品を取り扱うかのように。
両手を動かせないのがもどかしいほど、彼に前戯を施され、蜜口を耕され、愛液で濡れそぼったなかへゆっくりと挿入された。破瓜の痛みを快楽で散らされ、はじめのうちはもどかしさを感じるほどにゆっくり腰を振られ、更紗の気持ちいい場所を探られ、容易く見つけられ、締めつけてしまうほどに貪られ、そこから先は何度も、何度も絶頂に導かれた。
剣人のことを口にしても彼は怒らなかった。嫉妬されて、もっと滅茶苦茶に抱かれても仕方ないと思っていたのに。
初めてひとつに繋がった悦楽は、更紗の身体を作り変えていくようだった。何も考えられない。ただただ心地よい気怠い感覚に更紗は溺れていく。
「更紗。君のなかは狭くてあたたかいな。これから俺の形を覚えてもらおう」
「君が乱れる姿を見ると、大切に抱きたいと思うのに、苛めたくなってしまう」
「今だけだなんて嘘だ。どうすれば君を俺だけのものにできる?」
九条の熱楔に貫かれながら、愛の言葉にも似た甘い囁きをシャワーのように浴びて、更紗は何度も絶頂する。九条に抱き上げられ、繋がった状態で乳首を舐めしゃぶられた姿を窓に映され、なんてはしたないのだろうと思いながらも、気持ちよさに敗北してしまう。
夜のホテルのスイートルームで身体を貪られ、ゴミ箱の使用済みコンドームがふたつみっつと増えているのを見届けた後、更紗はいつしか気を失っていた。
「ごめ、さい……さん」
誰に対する謝罪なのかもわからないまま、更紗は九条の腕のなかですぅ、と寝息を立てている……。
* * *
「――やりすぎた」
腕のなかで意識を飛ばしてしまった更紗を見て、九条は表情を曇らせる。彼女が欲しいと思ったのは事実だ。だが、こんな風に取引を装って一方的に奪ったのは自分の美学から外れているような気がしてならない。ふだんの彼なら女性を惚れさせて、心から求めてもらうよう仕向けることなど容易かった。けれど目の前の無垢でありながら妖艶な彼女は九条の演技に引っ掛からなかった。自分ばかりが強く意識しているみたいで胸が苦しくなる。
「……ん」
「更紗?」
「あ。黎、さん……」
「身体は大丈夫?」
「まだ……眠い」
一瞬だけ瞳をひらき、九条を狼狽させた更紗は満足そうに眠りの世界へ戻っていく。思いがけず愛らしい彼女の寝顔を前に、九条の落ち着いていた情欲がふたたび疼き出す。すでに更紗の手首への拘束は解いているのにもかかわらず、だ。
慌ててすうすうと寝息を立てる彼女をベッドに横たえ、上掛けをかけた九条はふう、とため息をこぼす。
「無防備すぎだろ……俺にすべてを委ねていないくせに」
だが――たとえ森鍵剣人の婚約者であろうが、奪うのみ。それが九条の結論だった。いまはまだ完全に更紗の正体を暴けずにいても、いつか身体だけでなく心も手に入れてしまいたい。
光の部分だけでなく彼女が抱えているであろう闇の部分もすべて。
「更紗……君の名前も”金魚”の品種なんだな」
怪盗キャリコと対峙したあの夜に感じた渇望と同じものを更紗は持っていた。気高く美しい光。それでいて、ふれたら壊れてしまいそうな脆い一面に九条は強く惹かれた。更紗は九条の苦悩など気づいていないだろう。欲しいと思えばなんでも手に入れることが叶う九条が、初めて心の底から彼女のすべてを奪いたいと希ってしまったことに。
「森鍵剣人か……いったいどんな男なんだか」
更紗の心に棲む唯一の異性は自分だけで充分だ。
九条は稚い嫉妬心を隠して、深く眠る更紗の額にそうっと口づけを贈るのであった。
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