極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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chapter,4

05. 遺言書

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遺言書

私森鍵錠太郎、本書作成時において遺言能力を有し以下のとおり遺言とする。


【第一条 目的物について】

一、当家が管理してきた森金連城が蒐集し鉱石群、なかでも通称“虹”に関する保管・処分の権限を、森鍵剣人に単独で委ねる。
二、前項のうち、別途残存する一個「虹の記憶」は、これを一切の第三者に譲渡・公開・売買してはならない。
三、剣人は当該鉱石の封印および無害化措置を速やかに実行し、森鍵家に対する一連の疑義および負債を終息させること。


【第二条 関係者への措置】

一、霧島(鍵小野宮)更紗については過去に当家が関係した事案により危険に曝された事実を認める。
二、前項に基づき、剣人は同人の身辺安全の確保に努めること。ただし保護措置は、当家の関与を秘匿しつつ実施すること。


【第三条 後継・財産について】

一、森鍵家の家督および主要財産は長男・新蔵に相続させる。
二、剣人には家督は継がせない。ただし本遺言書に定めた関連事務の遂行に必要な費用については、相続財産から適切に支出されるものとする。


【付則】

本遺言書に記載した職務は、森鍵家の名誉および存続に関わる重大事項であり、剣人は拒否することなく、迅速かつ忠実に履行する義務を負う。
本遺言は撤回しない。


   * * *


 森鍵剣人は航空機のなかで祖父、森鍵錠太郎から渡された遺言書を読み返していた。二年前の春に行政書士によって作成されたそれは公的遺言書となっているが、どちらかといえば業務命令書のようにも見えなくもない。
 ――何度読み返しても書かれていることは変わらない。
 息子の新蔵ではなく孫である剣人にだけ遺した彼の想いの重圧に、剣人は苦笑する。

「僕が何もしなくても、更紗が頑張ってくれてますよ……じいさまは不服でしょうが」

 日本にいる秘書の羽石はねいしから受け取った報告書には”怪盗キャリコ”と名乗る女怪盗が七つの”虹”だけではなくそれに準ずる”連城鉱石”にも手出ししているとのことだった。琉金の名を冠したキャリコが更紗のことであることは既に知っている。なぜなら容易く”虹”にふれられる人間は限られているからだ。
 更紗は三年前の件で剣人が海外に飛ばされたことに負い目があるのだろう。だが、そのおかげで”虹”と呼ばれる鉱石群に関しての蒐集と処理はほぼ完了したと考えてもいい。新蔵が海外に流出させた”連城鉱石”の回収を並行して執行できたのは僥倖であった。
 ただ、七つの鉱石とは別の意味で最後の留め石ともいえる”虹の記憶”だけは――更紗にふれさせるわけにはいかない。

「彼女は”連城の子どもたち展”で今夏初公開の”レインヴェール”が”虹の記憶”とイコールであると理解しているかしら」
「あたまのなかで理解できていなくても、彼女の身体が――あの特殊な毒性に気づいてしまうだろうよ」

 だからそうなる前に、剣人自らが回収に乗り出す必要があるのだ。

「親父が指揮を執った今回の展示はじいさまの遺言書を無視している。あの”不吉な鉱石”を金儲けのために外へ公開するなど、鍵小野宮家への裏切りだ」
「九条側はそのことを?」
「どうだろうね。向こうは向こうで警察と連携を取って新蔵の闇取引に切り込もうとしているみたいだけど……更紗を泳がせてくれているのなら構わないが、新蔵があえて九条に怪盗キャリコを捕まえさせようと動いたのなら、それも阻止しないといけないしね。なぁに、策は打っているよ」

 株式会社森鍵の現社長である剣人の父親は美術品に関しての知識が薄く、森金連城や弟子たちが遺した絵画や鉱石の多くを金儲けの道具としか見ていない。営利を追求する彼の姿に危機感を持っていた生前の錠太郎は孫である剣人に森鍵が蒐集、保管している美術品の真実を伝えたというわけだ。

『”連城鉱石”のなかでも危険視されている七つの”虹”、それとは別に”虹の記憶”という特別な鉱石が存在しているのだ』

 唯一、鍵小野宮家の旧蔵品とされている”虹の記憶”。更紗は”虹”が七鉱石だと考えているようだが、森金連城が遺した弟子への手紙には”八つ”と記されている。そこに記された真実を識る者は剣人と、九条一族の一部の人間だけだ。
 剣人は隣でつまらなそうに祖父の遺言書を眺める女性の手を握りながら、ほくそ笑む。

「貴女がついてきてくれて助かりましたよ。正直、鍵小野宮家の内情を知る人間が森鍵側にはいなかったのでね」
「だからと言って、あたしが森鍵の味方になるとは限らなくてよ? あたしたちが大切にしているお姫様を危険に晒す可能性もあるんだから」
「それでも……抑止力にはなるでしょう。”呪われた鉱石”として海外の闇取引に流れ出た”連城鉱石”の多くを無害化できたのは貴女のおかげです」
「ちゃっかり回収して持ち帰るところまでワンセットにしてよね」
「”虹”に準ずる連城鉱石に関してはさくらさんのところに預けておきます。セキュリティ最大手のKUJOの本部は隠し場所に最適でしょう?」

 その問いには答えず、桜は小声で剣人を責める。

「本物については?」
「国外に流失していた真実の”虹”は金色に輝く”雌黄オーピメント”だけ。怪盗キャリコが蒐集したほかのと一緒にする必要があるんです。あれらはひとつにまとめて保管しないと封印できないから」
「それで七つの鉱石が必要だったってわけね。そちらの事情はわかったわ」
「助かります」
「それにしてもキャリコが更紗ちゃんね……品種同士を掛け合わせたら桜琉金あたしじゃない」

 遺言書の末尾に記された付言をちらりと読んで、桜は苦笑する。森金連城の弟子の末裔で、更紗と同じ体質を持つ彼女もまた、森金連城の負の遺産に巻き込まれたひとりだ。剣人は祖父から桜と更紗のどちらかと結婚することを希われていた。婚約者として近くにいたのは更紗の方だったが、剣人が恋をしたのは桜の方だった。だから更紗との婚約のはなしは絵空事のまま終わり、剣人は桜と結婚前提のお付き合いをしている。彼が父の手で海外に飛ばされた際も、桜はついてきてくれた。
 剣人は更紗を妹のように思っているし、更紗も剣人を兄のように思っている。桜のことも理解してくれた。そして彼女を救うために剣人が更紗を利用していることさえ、理解しようとしている。ただ、問題は――彼女の実家が九条一族の雇い主、いまは亡き鍵小野宮家と深い繋がりを持つ東金家出身ゆえ、父新蔵から結婚を認められていないことだ。
 九条一族より血筋が格上となる東金家は鍵小野宮の事情に詳しく、記録も残されている。新蔵は剣人が桜と結婚することで自分の脅威となることを警戒している。それゆえ更紗を近くに置きつづけているのだと剣人は考えていたが、もしかしたら考え違いだったのかもしれない。

「そこで、黎くんをご指名してくるとは思わなかったなあ」


   * * *


付言


 剣人よ。
 汝が幼少の折より抱き続けた責誠の気質は、わしの血を継ぐ証と心得る。
 森鍵の家を継ぐ者として、己を律し、軽挙を慎むべし。

 なお、わしの生涯において最も憂慮したるは、いまだ解けざる“八つの虹”を巡る一連の事象なり。
 この災いは、森鍵家の名を汚すものであると同時に、無辜の者を巻き込み、さらに深き闇を生む恐れがある。

 ゆえに、剣人よ。
 汝には、森鍵家の名代として、未完の事象を正し真相を究める責を託す。
 森金連城の弟子の末裔と婚姻を結び、”呪い”をその手で終わらせよ。
 もし何者かが汝の行く手を惑わし、誤った道へ誘うことあらば、必ずや己の判断を以て糺し、家の名誉を守れ。

 とりわけ、辰砂に端を発した一件においては、わし自らの判断が及ばず、後悔の念いまだ晴れず。
 この忸怩を汝に背負わせること、老いし身の唯一の痛恨なり。
 されど、これを継ぐ者は他におらず。汝が歩みを信じるより他ない。

 森鍵家を託すに足る唯一の嫡孫として、胸を張り、惑わず進め。


 ――森鍵錠太郎
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