極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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05. 調査書 二




“連城鉱石〈白〉に関する予備的調査報告(非公開稿)”

記録者:東金桜
分類:非公開資料
保管:九条本社・旧資料区画


Ⅰ.概要

本報告は、連城鉱石群において〈虹の輝き〉と通称される鉱石、通称〈白〉についての予備的調査結果をまとめたものである。
当該鉱石は、既知の連城鉱石(辰砂・雌黄・雄黄等)とは異なり、明確な毒性・放射性・化学的反応性を示さない。
物理的・化学的危険性が確認されない一方で、特定条件下において人体への影響が示唆される事例が複数報告されているため、本資料は公開を前提としていない。


Ⅱ.物性および既知の特徴

外観は乳白色半透明。
結晶構造は不均一で、光の入射角により内部反射の様相が変化するが、宝石学的分類上はヒドロフェーン系オパールに近似する。

・揮発性成分なし
・皮膚接触による吸収反応なし
・粉砕、加熱による有害物質の検出なし

以上の理由から、〈白〉は「無毒・非反応性鉱石」と分類されてきた。


Ⅲ.人体影響に関する観察結果

重要な点として、〈白〉はすべての被験者に同一の反応を示さない。
観察事例より、以下の傾向が確認されている。

・大多数の人間には無反応
・一部の対象にのみ、即時または遅発性の生理・心理変調が生じる
・変調は接触を必要としない(視認距離内で発現)

症状としては以下が報告されている。

・呼吸の浅化
・空間認知の歪み
・時間感覚の希薄化
・思考の停滞、あるいは過剰集中

ただし、これらは疾病や中毒症状とは一致しない。


Ⅳ.作用機序に関する仮説

〈白〉の影響は、毒性・薬理作用・放射線影響のいずれにも該当しない。
よって本報告では、以下の仮説を採用する。
〈白〉は物質ではなく、状態を誘導する媒介体である。
すなわち、〈白〉は人体に何かを「与える」のではなく、人体側の状態を固定化する。
この固定化は不可逆的であり、解除条件は未確認。


Ⅴ.選別性について

〈白〉の最大の特徴は、その選別性にある。

・作用は無差別ではない
・作用対象は事前に決定されている可能性が高い
・選別基準は不明(血縁・体質・精神構造など、いずれも確証なし)

作用対象となった個体は、〈白〉からの影響を「拒否」できない。


   * * *


 深夜のKUJO本社は、昼間とは別の顔をしていた。
 照明を落としたフロアに、人の気配はない。警備用の足元灯だけが廊下を区切るように点り、空調の低い稼働音が建物全体を満たしている。
 美術館を後にした九条は警備報告書を提出する名目でひとり本社に戻っていた。
 それなのに、無意識のうちに足が資料閲覧室の方へ動いていた。本社の地下二階にあるそこは、電子化されなかった文書、あるいは――意図的に残された紙の記録だけが眠る場所である。低い電子音とともにカードキーが反応する。入室記録は残るが、九条が何のためにこの場を訪れたのかまではわからないだろう。
 壁一面のキャビネットのうち、一つだけが開け放たれている。棚の分類番号のなかに、連城鉱石にまつわる書類が複数見つかった。まるで何者かが自分を導いたかのようだと九条は苦笑する。

 ――私設調査書。外部持ち出し厳禁。

 表紙にはそう印字されていた。装丁は事務的で、感情の入り込む余地はない。
 だが、ページをめくった瞬間から、九条は理解する。
 これは報告書ではない。記録だ。それも、つい最近の。

「東金桜……森金連城の弟子である朝重の孫で」

 ――森鍵剣人が選んだ婚約者。

 鍵小野宮の事情に詳しく、たしかKUJO本社内にある警備・危険物管理・文化財保全を名目にした“非公開調査部門”の協力研究者としても名を連ねていたはずだ。更紗は彼女が怪盗キャリコであるかのように口にしていたが、彼女は森鍵剣人とつい最近まで海外にいた履歴があることから、九条は彼女を候補から外していた。
 パラパラとページをめくる。調査書自体は医学論文の形式をなぞっていた。要旨、症例、考察……どれも過不足なく整っている。
 にもかかわらず、行間に残る「書かなかったもの」が、異様に多い。
 九条は椅子に腰を下ろしたまま、無言で読み進めた。
 症例の描写は淡々としている。検査結果は正常値。予後は安定。

 ――安全だ、と結論づけることもできる。

 だが、頭の中で更紗の顔が重なった。
 展示室で、白を見つめていた横顔。
 怖がっていながら、目を逸らさなかった彼女。
 更紗は鉱石を拒否できなかったのではない。拒否する必要を放棄しているように見えた。

「”白”は連城鉱石の七鉱石を留めるわけじゃない……?」

 ”連城鉱石”の”虹”をひとつにまとめて保管する必要があるがゆえに、偽キャリコから”雌黄”が更紗に渡されたのだと思っていた。
 だが、この”白”は他の連城鉱石とは異質なものを感じる。それが何かは理解できないままだが……九条は静かに資料を閉じた。
 閲覧室の時計は、すでに午前二時を回っている。

 ――守る、とは。

 彼はこれまで、警備という仕事を通して「守る」ことを疑ったことがなかった。
 対象を隔離し、危険を排除し、距離を取らせる。それで十分だった。
 だが、今回は違う。この石に対して「展示を終わらせる」ことも「盗難を防ぐ」ことも本質ではないのだ。
 九条はもう一度、調査書の表紙に視線を落とした。
 そこに記された管理番号を記憶する。

 ――選ばれた者のそばに、残る。

 それが警備なのか、共犯なのか、あるいは監視なのか。
 ただ一つ。九条はすでに“虹の記憶”を無害な展示物として扱えなくなっていた。
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