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chapter,7
04. 監禁された琉金
エンジンを切ると、夜が戻って来る。コンクリートと同化している地下駐車場は静かで、換気音だけがぶぉんぶぉんと低く響いている。
九条はしばらく動かなかった。隣のシートに座るキャリコ――更紗も、同じように動かない。
「……着いた」
言わなくても分かることを口にしたのは確認というよりも合図に近かった。
シートベルトが外れる音と同時にドアが開くき、夏のむわっとした空気が一気に入り込む。
衣擦れの音が小さく跳ねたが九条は気にする素振りも見せず、先に降りて回り込む。
助手席のドアを開けると、彼女は自分で足を地面につけた。支える必要はなさそうだ。
逃げる気配も感じられない。
「歩けるか?」
「はい」
仮面越しのくぐもった声は、車内よりも少しだけ遠い。
駐車場からエレベーターまでの短い距離を、九条は無意識に歩く。
半歩前を歩いているのは、導くというよりも彼女に場所を悟らせず、遮るためだ。
無言のまま歩を進めるふたりの足音が重なる。靴底がコンクリートを叩く規則的な音。
非常灯の下を通るたび、キャリコの輪郭が一瞬だけ浮かび上がり、九条の心をざわめかせる。
待つこともなくエレベーターが開き、ふたりは乗り込む。九条は階数ボタンを押し、手を下ろす。
その手が、宙で一瞬迷ってから、何もしないまま元の場所へ戻る――拘束はしないけど、距離は空けない。
昇降の微かな振動のなかで、弱々しい声が届く。
「警察じゃないのね」
「……」
それ以上は説明しない。説明すればきっと、言い訳になってしまうから。
オートロックの扉が開く。廊下は暗く、足元の間接照明だけが点いていた。
生活音のない空間に入ると、扉が閉まる。
外の世界が、そこで切れた。
「入って」
九条は靴を脱ぎ、振り返る。
更紗は一瞬だけ躊躇ってから、同じように靴を脱いで律儀に並べた。
仮面はまだ、つけたままだ。
「……そこ」
廊下の先、使っていない部屋を指して、九条は更紗を導く。
来客用とも言い切れない、曖昧な空間には簡素なベッド、机、何も置かれていない棚があった。かすかに彼が生活している痕跡はあるものの、ふだん使っている住居ではない。ドアを閉じる際のカチ、という音が静かに響く。
部屋の灯りをつけると、黒装束の仮面をつけた更紗の姿が浮き上がった。
「逃げませんよ」
振り向かずに、言ってきた更紗の言葉が九条を苛む。
部屋の灯りが明るすぎる。無意識に照明を一段落とす。
それでも、白い壁と彼女の輪郭がはっきり見えて、九条は狼狽する。
「……仮面」
「外しますか?」
まるで確認をするかのような、命令を待つ声だったが、九条はこくりと頷いた。
その判断が、職務でも正義でもないことは分かっている。それでも九条は求めてしまう。
「ここでは……もう、必要ない」
更紗の手が、仮面の縁にかかった。
一瞬だけ、ためらう指先。
「外したら、戻れませんよ?」
九条は答えなかった――答えられなかった、ともいえる。
仮面が外される。留め具が外れる音は小さいのに、やけに部屋のなかで響いた。
「ああ」
そこにいたのは――九条が知っている、更紗だった。
目元。
口元。
癖のある視線の上げ方。
怪盗でも、象徴でもない。
ただの、名前を持つひとりの。
「……更紗」
九条の喉が、かすれる。
確信していたはずなのに、実際に見たことで九条の表情が硬くなる。
「見ないでください、そんな顔で」
更紗は視線を逸らす。
それが、逃げでも挑発でもないのが分かる。
「九条さんが、その顔をすると……わたし、戻れなくなる」
「戻る必要などない」
距離を詰めた自覚はなかったのに、九条は一歩、近づいていた。ここにきてびくり、と更紗が反応する。蠱惑的な彼女の黒装束が九条を誘惑する。
「それに言っただろう? 俺のことは九条さんじゃない、黎だ、って」
「……黎、さん」
こくり、と頷く更紗を抱きしめて、九条は部屋の片隅にあるベッドへそのまま押し倒した。
泣きそうな表情の彼女を宥めるように口づけをして、九条は素早く彼女の着衣を乱していく。更紗は抵抗しなかった。
「――んっ」
「俺の前では仮面も、黒装束も必要ない」
「黎さん?」
「戻れないのは俺の方だ……こんな君に欲情して、これからひどいことをしようとしている」
そう言いながら更紗をはだかに剥いた九条は、彼女が持っていた道具箱のなかにあった逃走用ロープを手に、くすりと笑う。
いくら口で逃げないと言われても、身体で理解させないといけないと心のなかで九条は焦っていた。
このままだと彼女が消えてしまいそうな気がして――……。
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