極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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chapter,8

03. 夏の夜桜




 東金財閥が管理している旧研究棟には、過去の研究データや実験記録などが残されている。そのなかには森鍵が所有している”連城鉱石”にまつわるものも少なくない。かつて”呪われた鉱石”としておそれられていた”虹”は、無害化できる選ばれた人間によって処理され、封じられていた。
 だが、長い年月を経て変容し、ふたたび外部へ影響をもたらすようになってしまった。そのうえ、管理者が森鍵錠太郎から新蔵へ移ったことで、ひとつになっていたはずの”虹”はバラバラになり、留め石とされていた八つ目の”虹”である”白”まで世間に公開されることに。”虹”とは別の場所に仕舞われていた”虹の輝き”こと”白”は、七鉱石と異なり一般的には安全だとされている。だが、あの鉱石こそいちばん厄介で危険な代物だということを東金家の人間は識っていた。

「――そう、ようやく警察が動くのね」

 展示会は順調に開催されているものの、プレオープン時に公開された”白”はすでにイミテーションにすり替わっていた。自分だけが気づけたのはかつて観測されかけ、危うく死にかけたことでいまも”白”の距離を測ることができるからだと桜は結論している。そしてその”白”が、なぜかこちらに向かっていることも。
 電波状態が悪いのか、受話器越しに聞こえる剣人の声はくぐもっていた。

「ああ。明日の昼、内部監査が森鍵に入る。九条さんも現場に行くらしい」
「ところで更紗ちゃんは? 怪盗キャリコとして”白”を美術館ですり替えたところを黎くんに捕まって身動き取れなくなっていたみたいだけど」

 ここ数日更紗が仕事を休んでいるのは体調不良によるものだと九条が関係者に伝えていたが、”白”が九条の持つマンションの一室にいることを理解していた桜はからくりを見破っている。九条が更紗の身柄を警察に突き出さず、私宅に匿っている理由はわからないが、いまも彼女が”白”と行動をともにしていることを考えると油断はできないだろう。この状況が彼に更紗をひとりにするなと忠告したからだとすると、意味もわからないまま匿われている彼女が素直に言うことを聞くとも限らない。

「さあね。ただ、彼女は――」
「剣人? 電波が」

 ザザザザザ、プー、プー。
 通話が途切れ、室内は静寂を取り戻す。だが、桜は気配を察知しぽつりと零す。

「……盗み聞きとはいい度胸じゃない?」
「たまたま声が聞こえただけですよ?」

 黒装束に仮面をつけた更紗――怪盗キャリコがクスクス笑いながら桜の前に降り立った。
 予備電源しか使えない旧研究棟ゆえエアコンをつけず窓を開けっぱなしにしていた桜にも非はあるが、それにしては動きが早い。
 真相に気づいた彼女が”白”とともにこの場へ訪れることは予想していたが……明日、警察が動くことを知って九条のもとを逃げ出したのだろうか。なんにせよ、研究者としての桜は淡々と応じるだけである。

「”白”の最後の研究データでも盗みに来たの?」
「それはいらないです」

 やけにキッパリと言い放つキャリコを見て桜は笑う。仮面をつけたまま桜に会いに来たということは、更紗としてではなくキャリコとして向き合いたいのか。ならば目的は何なのか……桜が怪訝そうに目を眇める。
 旧鍵小野宮家の最後のひとりが”白”に選別され、不吉な死に方をしたのは一世紀以上も前のはなしだ。だが、幕末から明治時代にかけて”虹”をはじめとしたいわくつきの鉱石を管理下に置いていた鍵小野宮に仕えていた九条一族は”白”の蒸発に気づけなかった。呪われた鉱石を扱える選ばれた人間だけに反応する”白”の異質さが文書に残されるようになったのは森金連城の最後の弟子で鍵小野宮家と懇意にしていた東金一族の放蕩息子、朝重――桜の祖父の執念の賜物である。朝重は財閥の力を利用し、大学内に鉱石専用の研究棟を作らせた。鉱石連鎖の事件を経て森鍵が”虹”を管理するようになってからも東金一族は水面下で観測を続けていた。美術品に関しては森鍵や九条の方が知識的に上だが、鉱石にまつわる全般的なデータは東金一族の元に留まっている。そのなかの多くは警察機関やKUJO本社に複製を渡しているが、ここにしかない調査書や貴重な観測資料も残されており、桜と剣人はそこから”白”の情報を手に入れていた。

「わたしは”白”を託しに来ました」

 仮面越しでもしっかりとした声が、くすんだ室内に響く。彼女がつけている黒手袋のてのひらのうえに、乳白色の煌めきがあった。
 桜はそれを見てこくりと頷く。

「その様子だと、帰着には失敗したわね」
「計測します?」
「……興味深いけど、観測するまでもないわ」

 データとして残すことはできるだろう。かつての桜のように。だが、安定を失った”白”は更紗から選ばれなかったことで帰着に失敗し、すでに活動を停止しているようだった。どちらかといえば眠っているようにも見える。後世に残すようなデータでもない。

「展示会で公に出されたときはどうなるかと焦ったけれど、あなたは帰着する場所を間違わなかった……黎くんに何か言われた?」
「プロポーズされました」
「ぶっ」

 九条の名を唇に乗せると、キャリコの口角が柔らかくあがる。それを見て桜はもう大丈夫だろうと彼女の手から”白”を受け取る。その瞬間、森金連城が描いた”夜桜”に似たひかりの輝きが瞳に入り込んだ。連城鉱石で描かれた無害でありながら誰をも魅了する夜桜の絵画の淡いひかり――”白”ははじめから彼女の近くにいたのだ。選ぶ選ばないにかかわらず。

「だから――終わらせに来たんです」

 あるべきものをあるべき場所へ。
 当たり前のようにキャリコが口にする。桜はうん、と満足そうに頷く。

「再帰の兆候もなし。あなたはもう、ひとりじゃない」

 観測終了だ。
 桜は力を失った”白”の前で宣言した。
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