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chapter,8
04. 真昼の逮捕劇
午後三時三分。夏の陽射しが熱波を発しながらガラス張りのビルをじりじりと照らしている。どこまでも燃えるような黄金色のひかりが乱反射し、周囲に眩さをまき散らしていた。
だが、どこか非現実的な景色を裏切るように、その場には凛とした空気が漂っている。
「突入」
藤堂の声は低く、短い。
株式会社森鍵の本社ビル、一階にある防災センターの空気が一斉に引き締まった。
正面玄関を制圧、エレベーター確保。無線が重なり合い、ノイズ混じりの報告が次々と届く。
そして――十階、役員フロアの扉が開く音が、スピーカー越しに微かに鳴り響いた。
「警察だ。動くな!」
「株式会社森鍵、代表取締役社長に用がある」
部下の刑事の声とともに九条の声が聞こえた。彼はいつも通りの落ち着いた声だ。
数秒の空白ののち、机を叩く音と怒号が藤堂の耳を震わせる。
森鍵新蔵の声はひどく歪んでいた。
「貴様、何の権限で――」
「警察からの令状でしたら、すでに出ていますよ」
「は?」
九条が言葉を被せる声は、迷いがなくどこまでも真っすぐだった。自分が雇い入れた人間に裏切られるとは思いもよらなかったのだろう、愕然とした面持ちで彼の方へ首を傾け、言葉を失いうなだれている。
その様子を見届けた後、藤堂は複数並ぶモニターに視線を走らせた。
社長室以外の場所にも防犯カメラは設置されており、十階にある別モニターの映像では忙しなく動く警察関係者の姿や、彼の息子の森鍵剣人が廊下に控えている姿が確認できる。
その一角、場違いなほど豪奢な社長室で森鍵新蔵へ手錠がかけられた。罪状は贈収賄。闇取引疑惑については未だ確証が持てずにいるが、余罪を洗い出していけば辿り着くだろうと結論付けた藤堂は、九条と剣人の協力を仰ぎ、今日の逮捕劇を強行した。
「対象、確保」
「了解。搬送準備」
確保の瞬間を記録するよう藤堂は指示を返しながら、画面の一角へ視線を流す。
そこは五階のサーバールームに繋がる廊下だ。ふだんは人気のない場所だが、社員が一人、するすると非常階段を下りていた。顔ははっきり映らない。
だが藤堂は歩幅とシルエットから勘づいていた――あの動きは、怪盗キャリコではないか?
警備ログに異常は出ていない。だが、サーバールーム前で女がカード認証を行う姿が映る。
軽やかなピッという電子音とともに一度、赤いランプが灯った。エラーが出ている――間を置いて、再認証。今度は緑のランプ。何事もなかったかのように女がするりと入り込む。
怪訝そうな表情の藤堂の隣で担当社員がこともなげに言う。
「社員証による通常アクセスです」
「あ、ああ」
画面の中で女が端末に向かう。背筋が伸び、指が動く。どこまでも無駄のない滑らかな動きに思わず魅入ってしまいそうだったが、藤堂を律するように十階から無線が入り、彼は我に返った。
「――対象、確保完了。抵抗なし」
「了解」
返答しながら、藤堂は監視モニターを見つめる。警備ログに一瞬だけノイズが走る。
サーバールームの端末にアクセスしている女性の画面からは静かに伸びていく青い線が見えた。
――止めるなら、今だ。
無線機にふれた指先が、わずかに力を持つ。その瞬間、十階の映像に九条の横顔が映る。視線が一瞬だけカメラをかすめたが、彼は何も言ってこなかった。
まるで手を出すなと警告でもするかのような九条の強い目力を前に、藤堂は無線から指を離していた。
「……各班、状況維持。搬送を優先」
うろたえることなく発した命令が虚空に溶けた。
* * *
株式会社森鍵、美術学芸員兼総合事務員――霧島更紗。
久しぶりに取り出した社員証で、彼女は本社五階にあるサーバールームへ堂々と侵入していた。仮面は必要ないが、これが彼女にとって怪盗キャリコとしての最後の盗みになる。最初のエラーで剣人が気づいたのか、再認証の際の暗号化が解除されていた。彼は父親が逮捕された後に森鍵を担う男だ、更紗がいま動いている理由も察しているらしい。なんにせよ助かった。
巨大な機械が並ぶ無機質な白と黒の空間をグレーのパンツスーツ姿で泳ぐように進み、更紗は素早く処理を行う。
「カ、ン、ペ、キ」
監視カメラ――藤堂に見られていることも承知で更紗は白昼堂々犯行を成し遂げていた。
画面を閉じ、深呼吸をすることもなく椅子を戻し、室内を一瞥する。
痕跡は残さない。
「――怪盗キャリコ、株式会社森鍵の闇取引疑惑にまつわる証拠ログを頂戴いたしました」
苦笑を浮かべながら、更紗は自前のUSB記憶保持デバイスについている金魚のキーホルターをしゃらりと揺らす。モノクロの部屋を赤と白の琉金が泳ぐなか、サーバールームの扉が静かに閉まる。
そして誰もいなくなった。
* * *
いっぽう、防災センターの別モニターでは剣人が冷静に動線を整理し、記者の侵入を防いでいる姿が映っていた。
彼の表情は読めないが、たしかに父親に向いている。
藤堂はその様子を一瞥し、指示を出す。
「対象、搬送開始」
新蔵がエレベーターへと連れていかれる。怒声はもう聞こえないが「証拠はそれだけか?」などと文句を言っている。
警察が押収したのは契約書原本をはじめ、紙による裏金出納帳、名義貸しの登記書類に取引で使われた実印付き合意書だ。立件する分にはなんも問題ない。そんな新蔵の挑発に九条が何か囁いた。その言葉に彼が凍りつき、黙り込んでいる。威勢が良かったのは最初だけだったらしい。
そして五階の画面はすでに何も映していない。空調だけが唸っていた。
無線が小さく鳴る。
――ザーッ。
短いノイズのあと、沈黙が落ちる。
分割表示を通常監視画面に戻した藤堂は、椅子にもたれたまま息をついた。
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