極上御曹司は仮面の怪盗令嬢の素顔を暴きたい

ささゆき細雪

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chapter,8

05. 内部告発と108本の薔薇




 株式会社森鍵の取締役社長が逮捕されて十日も経たないうちに追加立件の報道が流れた。
 業界紙の小さな記事からはじまった内部告発、それは森鍵新蔵が逮捕された翌日に監査機関や検察へ匿名データが送られたことから端を発していた。
 闇取引と思しきログ、海外口座の資金移動履歴、取引先と交わされた暗号化メールなどが解析されたデータ形式は、どうやら森鍵社内の社員が外部へ持ち出したらしい。
 マスコミ各社が集まった記者会見の場で、森鍵新蔵の息子、剣人が滔々と説明する姿がテレビ越しに映っている。

『事実は隠しません』

 父親を庇うことはせず、会社を守るため経営者として表舞台に立った剣人は堂々と立ち回っていた。
 この事件が新蔵主導によるもので、関与していたのは一部の幹部のみ、社内全体は闇取引が実際に行われていたことすら知らなかったのだと世間へ発信し、彼は一躍時の人となった。

「――この、内部告発者ってのが更紗ちゃんなのね」

 KUJO本社の取締役室から報道を見守っていた九条は、なぜかソファで寛いでいる桜の前でやれやれとため息をつく。

「気づいていたのではないですか」
「彼女が怪盗キャリコだってことなら、剣人から聞いてる。彼は知らないふりをしながら陰で彼女を支えていたから」
「嫉妬しないんですか」
「あのふたりは兄妹みたいなものよ。あたしにとっても更紗ちゃんは可愛い妹みたいなものなの」
「はあ」
「そういう黎くんだって……更紗ちゃんに言ってないことがあるんでしょ?」

 慣れた手つきで給湯室から淹れてきた紅茶を飲みながら、桜は上品に笑う。戦後に成り上がった九条一族と違い、鍵小野宮家と同列だった東金家はいまも国内外に幅を利かせている巨大財閥として君臨している。医学、工学をはじめとした研究機関の多くは東金の息がかかっており、桜は非常勤の記録研究員でありながらKUJOが取り扱う特別資料、いわゆる機密事項にふれることが可能な立場にいた。それゆえ、彼女の存在は九条一族でも特別視され、幼い頃にお見合いさせられたのだ。
 結局、鍵小野宮家の遺志を継いだ剣人を選んだ彼女は九条とは結婚できないときっぱり言い放ち、彼もそれを受け入れている。あのお見合いに東金一族の利はなかったからだ。とはいえお見合いが失敗してからも相変わらず腐れ縁のような関係を続けている。

「言う必要性を感じません」
「ふうん。プロポーズしたのに?」
「ぶっ」

 なぜ彼女が知っているんだ、とあたふたする九条を前に、桜が勝ち誇った表情を浮かべる。
 更紗から”白”を託された彼女はその後、剣人とともに画廊”キィ・フォレスト”地下に位置する私設書庫で”虹”が蒐集された金庫を回収、森鍵社内の閉架書庫へ移送後、厳重に封印を行った。新蔵逮捕後、剣人の鶴の声で画廊にあった”虹”を本社管理にする決定が下り、更紗は静かにそれを受け入れたという。在るべき場所へ戻った”虹”は、ただの鉱石として眠りつづけている。
 森鍵第一美術館で開催中の展示会への影響も少なからず出ているものの、美術館へ来場している客のほとんどは主催している会社の内部犯罪など興味なく、森金連城とその弟子たちが遺した美しい絵画や鉱石に心を寄せていた。引き続き剣人が責任者となって展示会は続行されることも決定した。更紗も森鍵の学芸員として今日も変わらず勤務をしている。

「……な、なぜそれを」
「本人が言っていたから。で、返事は?」
「もらってない」
「そこはもらうところでしょ!」

 がっくり肩を落とす桜を見て、九条が困惑する。自分が更紗にプロポーズしたのは事実だが、彼女に返事を強要はしていない。して拒まれたところで九条が追いかけると宣言しているからだ。だが、桜は不服そうだ。

「更紗ちゃんが”白”の帰着を逃れるために結婚を示唆したんでしょ? たしかにあたし、ひとりにしないでって忠告したけど……ちゃんと確認しなさいよ? 彼女のことだから”白”の脅威がなくなっても自分に求婚したのは”白”から引き離したかったからだって自分を責めちゃうわ」
「う」
「ちゃんと、誠意を見せなさいよ」

 更紗が九条の求婚を義務的なものだと思っている可能性を桜は容赦なく突いた。繊細な彼女は自分から陰に位置していることに慣れた人間だ。剣人の元婚約者として桜よりも森鍵錠太郎から推されていたのに、彼が桜を選んだことを一言も責めずに、桜の存在をも受け入れていた。森鍵新蔵が錠太郎亡き後、連城鉱石をはじめとした美術品の闇取引に手を染めたときも、更紗は怪盗キャリコとして夜闇に紛れて暗躍し、彼の逮捕の一端を担い、匿名で内部告発まで行った。たとえ九条がいなくても、彼女なら剣人や桜の手を借りてやり遂げてしまったのではないだろうか。
 はじめ九条は森鍵に雇われた人間として更紗を要注意人物としてマークしていたが、彼女は己の美学に基づいて法の外から悪を裁いていただけなのだ。
 そこに乱入した九条だったが、彼女が信念を変えることはなかった。”白”に選ばれたときも、九条に監禁されたときも――……。

「あと、警察の……あのいけ好かない男。藤堂だっけ。黎くんのこと完全に信頼してなかった」
「それはお互い様ですよ。俺は――」

 ――黎さん、わたしのことすきでしょ?

 更紗に当然のように言われた夜、九条は悟ってしまった。ああ好きだ。彼女が何者であったとしても、自分は更紗が欲しいのだと。
 捕まえたのなら警察に突き出せばいいと呟いた更紗を、誰にも渡したくないとひどく抱いた夜でさえ、愛しくて仕方がない。
 なぜなら自分は怪盗キャリコに――違う。

「更紗に、心を盗まれたんですから」


   * * *


 七月下旬。夏休みがはじまり、展示会には家族連れの姿も目立つようになった。更紗は森鍵第一美術館の臨時学芸員として画廊”キィ・フォレスト”を離れ、今日も会場内で静かに佇んでいる。
 お土産コーナーには連城鉱石によく似た鉱石標本が並んでいた。そのなかには”虹”を彷彿させるような八種類の鉱石がケースにまとめられたレプリカも販売されている。まるで本物のような七色の鉱石と”虹の輝き”がひとつに揃ったその商品は、子どもたちから「虹色のお弁当箱」と呼ばれるほどの異彩を放っていた。

 ――剣人さんもよく思いついたわね。

 危険な本物を高値で闇市場に売りさばいていた父親と違い、剣人は一般客にも喜ばれるような商品を開発させ、廉価で流通させている。森鍵新蔵の逮捕によって株式会社森鍵が受けた傷は浅くはないが、何事もそつなくこなす剣人がトップに立ったことで業績を回復させる日もそう遠くないだろう。
 まもなく閉館です、というアナウンスが流れる会場内で、更紗は虹色に煌めく”白”の偽物――ハイドロフェーンオパールに視線を向ける。あれはただの綺麗なだけの鉱石。もう、自分を苛むこともない。
 けれど九条はそう思っていないのかもしれない。だって……。

「黎さん」
「今日もお疲れさま」

 午後六時。客の姿はすでにない。そして彼は毎回更紗の退勤時刻ぴったりにやって来る。
 仕事で忙しい彼が更紗のことを最優先して来る姿は滑稽で、スタッフからも「愛されてますね」と茶化されるほどだ。
 森鍵新蔵が逮捕され、更紗の匿名による内部告発によって真相が明らかになったことで、九条の警察と共闘していた任務が完了したからだろう。展示会の警備という仕事は残っているが、九条が指揮を執る必要はもはやない。それなのに今日も彼は足しげく更紗の元へやって来る。そのうえ今日は巨大な花束まで!?

「どうしたんですかそれ……」
「更紗に贈りたくなったんだ」

 美術館のエントランスでおおきな薔薇の花束を抱えながら自分を待っていた九条の姿を想像し、更紗の頬が赤くなる。直径60cmほどはあるであろう真っ赤な薔薇だけの花束――それは前にひょいと一輪渡されたときとは違う、数えきれない数の薔薇。
 唖然とする更紗をよそに、九条は得意げに本数を口にする。

「108本の薔薇だよ」
「――それって」
「桜さんに誠意を見せろって……それで慌てて準備した」
「だからって」

 一輪の薔薇でも充分だった。「あなただけ」と九条が伝えてくれたから。
 けれども今は、戸惑う気持ちも強い。108本の薔薇、それは――永久とわにという語呂合わせから生まれた特別な花言葉を持っている。

「結婚してください」

 求婚なら前にもされた。あのときは何も返せなかった更紗だけど。
 いまなら素直になれそうな気がする。

「――はい。わたしでよろしければ、喜んで」

 ひとりじゃない。彼が傍にいてくれる。この先、ずっと。
 更紗は笑顔で彼の求婚を受け入れた。
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