斎女神と夜の騎士 ~星の音色が導く神謡~

ささゆき細雪

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Ⅵ 昼夜の空に月星は揺らぐ * 1 *

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 星屑が鏤められた紺碧の上空から大きな羽ばたきが聞こえてくる。社務所から出てきた樹菜は空を見上げて景臣の到着を労いの言葉を添えて迎える。時刻は九時をすこしまわったところだ。

「おかえりー。ユイちゃんは?」

 景臣は樹菜の前に舞い降り、烏の濡れ羽色をした翼を畳むと手渡されたシャツを羽織りながら口を開く。

「わけあって逆井本家。そんで伝言。〈逆斎当主は『夜』の騎士の忠誠が得られていなくても『月』は彼女を次代の『夜』の斎として認めると決断した〉だって。情報はすでに鎮目にも伝わっているとみていいだろうね」
「あら。じゃあリハちゃんも?」
「不本意ながらちからを持っていることは認めざるおえないんじゃないかな。なんせ一緒に鬼を倒す瞬間を見せつけられちゃったからねー……」

 あれにはびっくりしたよと笑いながら、景臣は樹菜に語る。
 由為とともに見下ろした椎斎市内の様子と、椎斎駅で起きた鬼退治の思いがけない結末を。


   * * * * *


「ぃったぁぁあい! しみるっ、しみるんですけどぉ」
「当たり前じゃない消毒液つけているんだから。それよりじっとしててくれない?
 あなただって早く治療を終えたいでしょう?」

 消毒液が入った瓶に脱脂綿を突っ込み、理破は容赦なく由為の傷口へ真っ赤な消毒液を塗りつける。こんなのたいした傷じゃないと思うのに、意識を失った由為を抱き上げて邸まで送ってくれた景臣が念のため消毒をするよう理破に命じたのだ。渋々、逆井本家の邸で理破は意識を取り戻した由為の前で傷の手当をしている。
 香りのよい畳の上に転がされていた由為は自分がどうしてここにいるのかも理解できないまま、傷口を手荒く消毒している少女の不機嫌そうな横顔を見て困惑している。真っ黒なレースのワンピースに躍動的なツインテール。景臣が守護している『月』の斎が、どうやら手当をしてくれているらしい。

「でも、こんなのただのかすり傷だし」
「自分の爪で傷口拡げていて何言ってるの! そこからバイ菌が入って可能したら最悪壊死して足切断しなくちゃいけないでしょう? あなたが切望していた二足歩行ができなくなるわよ!」
「……そ、それは困るかも」

 というか自分は二足歩行を切望していただろうか。そういえば空を飛んだときにそんなことを口走った気がする。たぶん景臣が経緯を話してる時に二足歩行を切望していた由為のことまで面白おかしく語られてしまったに違いない。

「だからおとなしくしてなさい」

 有無を言わせぬ口調で理破は由為が傷を負った個所を一つずつ乱暴に処置していく。まるでわざと痛みを感じさせるかのようなその仕草から、由為は自分が嫌われてしまったことを悟る。

「わかったからその嫌がらせのような応急処置をどうにかして」
「あら、嫌がらせってわかったんだ」
「わかるわよ、この程度の傷をこうまでしてねちねちといじってあらためて痛みを感じさせようとするなんて意地悪なこと相手が嫌な奴じゃないと思いつかないし」
「そうよ。『影』にお姫様抱っこされて空から現われたかと思えば鬼と戦うための知識もまったく持ってないくせに自分の血を使って印を描いてやっつけて何も知りませんって感じで意識失ってまた景臣にお姫様抱っこされてるしで見ていてイライラするのよまったく」
「あー、要するに景臣にお姫様抱っこされてたあたしが羨ましいんだ」

 つんけんしている少女の理由がわかり、由為は茶化すように言い返す。すると少女はむっとした顔で「そうじゃないわよ」と咄嗟に返すが、その反応が図星であることを由為に知らしめていることに気づいていない。

「別にあんな男のことなんかどうだっていいでしょう? 契約上彼はあたしの『影』として傍にいてくれてるけど、それは恋愛関係でもなんでもないんだし」
「そうね。でも、『月』の斎は」
「理破よ。逆井理破」
「リハは、景臣のこと、すきなんだね」
「なっ」
「あたしなんかに嫉妬したら駄目だよ。彼はそりゃ遊び人みたいな風貌で近づく女の子には優しくしてくれるひとのようだけど、それでも彼は『月』の『影』。彼はあたしなんか見てないよ」

 くすくす笑いながら由為は理破にあっさり告げる。

「彼は『夜』の斎としてのあたしに興味を持っているだけ。『月』にとって有利にことが運ぶよう、あたしを利用できるよう手懐けておきたいってのが本心みたいだから」

 一緒に空を飛んでわかった。景臣は由為を見ていない。『夜』の斎として多大なちからを秘めているであろう自分を、別の誰かのために利用しようとしてあんな風に口説いたのだ。自分がけして靡くことないとわかりきった上で挑発じみた言動を繰り返したのも、それはたぶん、この目の前にいる少女とともに『星』を封じさせざるおえない状況に追い込ませたかったからに違いない。
 現に由為は無意識に自分の血をつかって、鬼を倒す姿をふたりの前に見せる形になったのだから。

「……認めないわよ」
「はい?」
「あたし、あなたが『夜』の斎だなんて認めないんだから!」
「でも、現にあたし、鬼、やっつけたよね?」
「まぐれね」
「まぐれって! さっき血で印を描いたってやっつけた云々言ってたでしょ」
「そうだったかしら」

 ふん、と顔を横にして不貞腐れる理破を見て由為は苦笑する。相当嫌われているようだ。

「……それよりあなた、ユイっていうの?」
「景臣から聞いたのね。いいよ呼び捨てで」
「もとから呼び捨てにするつもりでいるわよ。あたしの方が年上だし」
「えっ」

 てっきり自分と同い年だと思っていた由為は驚いた表情で理破を見つめる。

「その制服見ればわかるわよ。あなたが鎮目学園高等部一年ってことくらい。あたしはいま高二なの。学校は鎮目じゃないけど。ま、ひとつふたつの違いだからあたしも構わないわよリハで」

 カチャカチャと瓶を鳴らしながら、理破は由為の傷口をひととおり消毒して立ち上がる。

「あ、はい」

 自分が着ているセーラー服を見て学年がわかる、と言われて由為は結んでいた臙脂色のタイを解きながら理破を見上げる。
 傷の処置を終えた理破は消毒液の入った瓶と脱脂綿を障子の向こうに控えていた使用人に渡してから由為の前へ戻り、鋭く問う。


「単刀直入にきくわ。『夜』が持つ宝珠は何処」
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