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Ⅵ 昼夜の空に月星は揺らぐ * 2 *
しおりを挟む一瞬だけ輝いた鏡の破片は、肝心の場面を照らしだすことなく呆気なく曇り、昼顔を落胆させる。
だが、彼女とともに過去を映す鏡を覗いていた男は問題ないとほくそ笑む。
「――いや、『夜』の斎の姿を確認できただけで充分だ」
鬼姫の霊体を己の血で封殺した少女の姿を瞼の裏に描き、男は満足そうにひとりごちる。
「鎮目の生徒とはな……たしか騎士もそこに勤めている。まだ斎になりたてなら戦いにも慣れていないだろう……それに、先代から奪った『夜』の神器は我が手にある。森羅万象を司る神器を使えない状態の、鬼にしか効かない血しか持たぬ少女を殺めることなど容易いと思わないか?」
そこでだ。男は鏡を大切そうに手に持つ昼顔に命令する。
「真昼の月よ、鎮目学園へ潜入し、『夜』の斎を探れ。まずは教師として勤めている『夜』の騎士が気にかけている少女が誰かを調べるだけで構わぬ」
「でも、主さま」
「お前にしかできぬことなのだよ、昼顔」
主に名を呼ばれ、反論しかけた昼顔の声がぱたりと途切れる。
――彼の命令は、拒めない。
その間も主は昼顔に事務的に説明をつづける。潜入に際し、手続きはこちらで取るということ。名目は椎斎市との山間交換留学。期日は一か月。夏休みに入るまで。
「その間に『夜』の斎を探し出せ。できれば排除もしてもらいたいが、学園内で目立った行動は避けた方がいい。騎士や他の鎮目の人間に勘付かれたらたまらない」
ひとを殺したことなどないというのに、昼顔に名前も知らない『夜』の斎を殺せという。排除する、とは直接的に言えばつまりそういうことだ。
「……謡子を連れて行ってもいいですか」
「駄目だ。彼女は鎮目の天敵。それに目立ちすぎる。攻撃を仕掛けるなら有効だが、諜報には向いていない。それなら『月』の傍流でちからを持ちながらその存在を忘れられているお前の方が適任だ」
「ごめんね昼顔」
謡子が申し訳なさそうに応える。それを見て主は呆れたようにつづける。
「お前はひきつづき『星』の確保にあたっていろ。ようやく外出許可を得ることができたとはいえ、邪魔者が持つ破魔の気があるからむやみやたらと近寄れぬ。とっととそいつをどうにかしろ」
「了解でーす」
相変わらず気の抜けた声で謡子は返答するが、主は気にすることなく昼顔に向き直る。
「潜入は明日だ。荷物をまとめておけ」
「わかりました」
昼顔は素直に頷く。彼のためならなんだってすると決めたのだ。傍流など取るにたらない逆井本家との絆より、自分を必要だと求めてくれた主のために動こう。
そんな昼顔を、謡子が眩しそうに見つめている。
叶わぬ恋に狂ったのは『星』だけではない。
いま、ここにいる神となろうとする男に仕える『真昼の月』も、きっとそのひとりなのだと、謡子は痛感する。そして、己の内側から来る得体のしれない感情を持て余しながら、その行く末に想いを馳せる……
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