鍵の皇子と血色の撫子

ささゆき細雪

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   * * *


 撫子が十歳の夏に、謀反が起きた。帝は軽傷で済んだが、父王を庇った第一皇子が帰らぬひととなった。
 神皇帝へ刃を向けたのは、撫子を可愛がってくれていた叔父だった。
 そのとき傍にいた撫子にも、彼は容赦なく刃を振るった。後に、悪しき鬼に憑かれたのではないかと囁かれたほど。

 けっきょくなぜ彼がそのようなことをしたのか国民に説明されることもなく撫子の叔父は処刑された。白鷺宮が持つ領地の一部も没収されたが、撫子の両親に咎が回ることはなかった。
 すべては叔父ひとりによるものだと最終的に判断されたからだ。
 けれど、多くの国民はその処遇に納得していない。第一皇子を殺した男の姪がなぜ婚約破棄されずに鍵の皇子の妻に望まれているのか。神官一族の末裔の姫君である撫子に脅されているのではなかろうか。
 叔父の凶刃を受けながらも何事もなかったかのように過ごす姿から“血色の撫子姫”と畏れられるようになったのもこの頃からだ。

 当時、第三皇子は留学中でその場に居合わせていなかったため、撫子が負傷したことを知ったのも帰国してからだった。
 聖岳は撫子に見舞いの品を送ったが、顔を見せることはなかった。
 たぶん、あの頃から歯車は狂っていったのだ。
 ここですぐにでも婚約破棄したいと撫子が望めば、やさしい彼は素直に受け入れてくれただろう。
 けれど撫子は望まなかった。叔父によって傷つけられた“血色の撫子姫”は、“金色の鍵皇子”の鍵穴になりたかったから。

「理由がどうあれ、叔父が帝を暗殺しようとしたという事実は変わりません」

 包帯だらけの十歳の少女はくすくす笑う。
 この場に聖岳さまがいなくてよかった、と心のなかで嘯きながら。

「でも、あの鬼を御することができたのは、偶々たまたま、わたしがいたから。そうですよね、神皇さま?」


   * * *


 晩餐会の場に現れた第三皇子は、幼い頃に見たときよりも清冽な印象が強くなっていた。黄金色の髪は幼い頃に比べくすんだ色味に落ち着いたが、海の色を彷彿させる鮮やかな蒼き瞳の煌めきは変わらない。海外留学によって培われた語学力や視野のひろい考え方はこの先、国を動かすための鍵として相応しいものだろう。亡くなった第一皇子に代わり、いまは平凡な第二皇子が次期神皇帝となっているが、聖岳が本気になれば帝の椅子を奪うことなど容易いだろうと国民は囁いている。
 その一方で、兄皇子を殺した男の姪をいまも婚約者として扱っている聖岳のことを意気地なしだと馬鹿にする人間もいる。血色の撫子姫を妻に望むなど正気の沙汰ではないと、あの場にいた第二皇子も畏れているのだから。

「ずいぶんとご無沙汰してしまったな。撫子姫」
「お久しぶりです聖岳さま。ようやくかの国に戻ってらっしゃったのですね」
「ああ。そろそろ貴女との婚儀について動かないといけないからな」
「そのことなのですが」
「壱畝からきいたよ。あとで部屋まで送る。そのときに話そう」

 ――では、そのときに薬を盛ればいいのですね。

 壱畝に目配せをすれば、彼女は承知したとばかりににっこりと微笑みを、返す。
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