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chapter,3
02. 身代わり聖女の疑心暗鬼《3》
しおりを挟む「歴史上、聖女が実際に結婚した王位継承者ではない者へ身元を預けられ、そちらで王家だけが持つ魔力を引き継ぐ子を産んだとの記述は複数あります。なかには横恋慕した王弟が聖女を奪い、孕ませたというスキャンダルも含まれているのですが、王となる者が病気で子を作れないとか、そもそも聖女と白い結婚をしていたなど、さまざまな事情があるので時期は定まっていないのです……ただ、花鳥公国と緊張状態にある現在、このまま聖女の妊娠が表に出ないと、リシャルト殿下ではなくシュールト殿下を推してくる勢力も出てくると予想されます」
「そんな」
リシャルトの子を孕まなければ第二王子と王家公認で子作りさせられるなんて、おかしな話だ。けれど、そうでもしない限り、王国全体を守護するあの強大な魔力を次代へ引き渡すことが叶わないのである。
ヘリーとふたりきりの図書室で、ヒセラは無言で建国史の表紙をめくる。
「妖精王ハーヴィック……その娘の名はヒ×××××ア? 虫食いがひどくて読めないところもあるのね……」
「王の系譜などそのようなものです。ただ、精霊の加護と呼ぶには妖精王のちからが強大すぎるため初代国王は妖精王の娘の婿となり、ハーヴィックの姓を国名にしたのです」
「妖精王の娘が初代聖女ってことになるのよね」
「そうです。その後はマヒの一族へ役割が移っていくのですが、そこで個人差が生まれたこともあって、王家の加護を持ちながらも子をなせない王や王子も一定数登場するとされてます」
「王家が選ぶ次期王位継承者の花嫁イコール聖女の役目を持つマヒの貴族令嬢って認識が一般的なのはそのせい?」
「王家が持つ魔力を引き継ぐ器となりうる聖女の多くがマヒの一族の令嬢だったというのが正しいですね。どこにも属さない魔女でも王家が持つ加護を継承する器の役割を担えるのなら特に問題はないと建国史にも注釈がありますし……まぁ、そういった事態にいままで陥ったことがなかったのが真実みたいですけど」
「タマーラさまはこのことからあたしを?」
「でしょうね。だから」
至極あっさりとヘリーに頷かれ虚をつかれたヒセラは、そのあとに続く言葉に凍りつく。
「……もし、リシャルト殿下が種無しだと判明したら、その場合、聖女の身元は次の王位継承者シュールトさまへ預けられる。大魔女さまをはじめ王城魔術師一同もそのことは心に留めております」
リシャルトが本当に種無しだとしたら、聖女がいくら献身したところで子をなすことは無理である。
当たり前のことを告げられて、ヒセラは項垂れる。
「そう、よね。そのための聖女だもの」
わかっていた。日夜のリシャルトとの行為は自身の加護の中和と結界強化のためで、けして子作りではなかったことくらい。
ましてやいまの緊迫した政情を鑑みると、リシャルトが種無しなら早くシュールトに聖女を明け渡せという意見が出ていることもわからなくない。
それともはじめからリシャルトは自分を弟王子に下賜するつもりで、ヒセラを求めておきながら「君を孕ますつもりはない」などと言い放ったのだろうか。
疑心暗鬼に陥るヒセラを、ヘリーは申し訳なさそうに見つめていた。
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