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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》

真夏の朝の再会 01

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 綾音の暗示によって如月の池のなかへと飛び込み、過去の世界へ召喚された音寧は、冷たい池に沈んだにも関わらず濡れていなかった。服装は洋館の四阿で夫の有弦に愛されたときの長袖のワンピースのままで、当然のことながら下着もつけていない。
 召喚された場所には見覚えがあった。ここは時宮邸の蔵のなかだ。はめ殺しの窓から太陽のひかりがのぞいているのを見て、いまが早朝に近い時刻なのだなと音寧は理解する。隣の綾音が夜着を着ていることからも、家族が眠っている間に例の鏡を使って自分と有弦の様子をうかがっていたのだろう。そして綾音は未来から音寧を召喚した。自分がかつて母親の胎のなかで渡されたという破魔のちからを本来の持ち主へ返すために。

 何が起こったのか戸惑いを隠さない夫に事情を説明し、綾音が持っていた鏡越しにいったん別れを告げた音寧は自分と瓜二つの顔を持つ双子の姉とともに時宮邸に裏からこっそり入り、彼女の部屋に案内される。

「いまはまだみんな眠っているから大丈夫よ。まずはその着替えをどうにかしましょ」
「……あ」

 武家屋敷然とした趣はかつてのままだが、音寧が静岡へ行ってから改築されたのか、内部は昔の面影を残しつつも西洋のつくりが反映されていた。裏口の扉の真上にある階段を足音を立てないようにのぼれば、すぐに綾音の部屋だ。畳敷きだった場所は板が敷かれており、可愛らしい木製の寝台が書物机とともに隅に設置されている。壁際の衣紋掛けには彼女が通っている女学校に着ていくのであろう海老茶袴が吊るされている。

「あやねえさま、女学校に通われていたのですね」
「いまは夏季休み中よ。それに、ここではあたしの方が若いんだからあやねえさま、って呼び方はおかしいわよ?」

 くすくす笑いながら十八歳になったばかりの綾音が箪笥から薄荷色の着物を取り出し、音寧にひょい、と手渡す。冬物のワンピースでは場違いだからこれを着ろ、と言いたいらしい。

「で、でも」
「まあいいわ。いまはそれよりも、あたしの召喚に応えて時を翔るちからを使ってくれた音寧に、破魔のちからを返さないとね」
「そう簡単にできるものなの?」
「やり方自体はそれほど難しくない、けど」

 有弦に乱されたワンピースをふたたび自分で脱ぎはじめた音寧は、双子の姉の前に裸体を晒しながら困惑している。有弦にさんざん愛された彼女の肌のあちこちに虫刺されのような赤い痕があるのを見て、綾音は納得する。

「……資くんはわかっているのかしら」
「?」
「いつだったか、音寧のことを“姫”って呼んだでしょ?」
「――なんであやねえがそのことを?」

 ぎょっとする音寧に、綾音は「やっぱり」と確信して首を振る。
 うんうん頷く双子の姉の姿を怪訝そうに見つめれば、彼女は背後にまわって音寧が戸惑っていた着物の帯を素早く結びながら口を開く。
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