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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
初恋の自覚と口づけの練習 01
しおりを挟む「俺はどうやら、貴女に恋したみたいだ」
資の言葉に圧倒された音寧は、真摯な彼の瞳を凝視することしかできずにいた。
自分から身体だけの関係は求めない。
ほしいのは、貴女の心もだと、偽りの名を口に乗せて資は断言する。
「姫――俺は貴女を囚えている想い人への恋心を奪いたい。叶わぬ恋に溺れ淫魔に魅入られ苦しむ貴女を、ひと夏の間に寝取って俺のものにする」
資が言っていることは支離滅裂だ。未来の夫となる彼が嫁の気持ちを奪う、ましてや未来の自分を過去の自分が寝取るなど、同一人物なのだからできるわけがない。音寧の気持ちは資――有弦ただひとりにずっと傾いたままだというのに。
「そんな、困ります」
「自信がないのか? それなら、淫魔のことを軍に報告するしかないな」
「なっ」
それは契約というより脅しではないかと顔色を変える音寧に、資が楽しそうに首を振る。
「怒った姫の顔も愛らしくてそそるものがあるな。ひと夏と言わずずっと貴女の傍にいたい……三日前に貴女と出逢ったときから、その想いは密かに芽生えていた」
任務で時宮家の姫君を監視していたときには感じなかった、胸を焦がす想い。彼女はきっと自分にとって大切な宝物だ。そう痛感したのは昨晩の夜の出来事が決定打。自分ではない男の名を求めながら自慰をする美しい花。魔に犯されながらも穢れを感じさせない清らかでありながら艶やかな女性。これ以上ほかの男に彼女を好きにさせたくないという幼稚な欲望から自覚した恋。
彼女を捕まえるため、資は卑怯な選択を迫る。
有弦の名などこれ以上口にせず、資に心と身体を委ねろと。
「本気で、有弦さまからわたしを寝取るつもりですか……?」
「その可憐な唇で忌まわしい男の名を呼ぶんじゃない」
「っ!?」
押し殺した怒りとともに唇を塞がれて、音寧は瞳を見開く。唇同士が重なるだけの他愛もない口づけなのに、なぜか心を揺さぶられてしまう。まるで資の決意をぶつけられたみたいだ。
有弦の名前をこんなにも厭っているなんて、やはり彼は父親とそりが合わないのだろう、音寧は観念したように瞳を閉じ、彼の口づけを黙って受け入れる。
――不器用だけど、やっぱり資さまは有弦さまなんだ。
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