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第二部 初恋輪舞 大正十二年文月~長月《夏》
次の段階を求める愛撫 02
「姫。おやすみの前によろしいか」
忠犬のような資が風呂上がりの音寧の手の甲へ接吻することで、彼が一方的に結ばせた契約の時間がはじまる。口づけの練習。ふたり立ち上がった状態で身体を密着させ、音寧が顔を近づけると許しを得たかのように資も顔を寄せてくる。風呂上がりの艷やかな唇を堪能する資は、音寧の反応を観察しながら舌をつかいはじめる。先程のような啄む接吻で彼女を驚かせるときもあるし、じっくり時間をかけて舌先で歯列を舐めまわし唾液を混ぜ合わせるときもある。
それでもまだ、口づけだけ。
今夜音寧が素肌の上に身につけている夜着は乳白色の絹でできた柔らかいものだ。結婚してから西ヶ原の洋館で着せられていた夜着に近く、胸元や足元にはかすみ草のようなちいさな花の刺繍がレエスとともに縫いつけられている。
資に密着され、口づけを受けているうちに、腰が震えてきてしまう。接吻だけで達したことなど今までなかったはずなのに。いつの間に、彼の口づけにこんなにも酔わされるようになってしまったのだろう……
「姫? 目がとろんとしているが、もう眠いのか?」
「……資さまの口づけがお上手だから、腰が砕けてしまいそうなのです」
この日何度目の接吻か数えるのも億劫になっていた音寧は、顔を真っ赤にしながらも心配そうに顔色をうかがう資に率直に告げる。もしほんとうに自分が淫魔に魅入られているのならば、きっと物足りないと彼を押し倒してことに及んでいるだろう。そのくらい、彼の口づけは上達していた。
「そう、か……?」
「ええ。今夜は、もうすこし先までしませんか?」
自分の腕にくっついたまま、身体を震わせて小声ではしたない提案する音寧を見て、資もまた無言で彼女を抱き上げ、寝台の上へと連れて行く。
横たえられて、ふたたび唇をふれあわせ、瞳をとじた音寧に向けて、資が嘯く。
「……淫魔の誘惑、か?」
「わたしのなかの淫魔がわたしを唆しているように見えますか……?」
「いや。魔の気配がぜんぜんしないから、不思議だな……と」
寝台の上に横になった状態で口づけを交わしながら、資は音寧の様子をうかがう。何度も口づけているから、彼女の唇は美味しそうなくらいぽってりと腫れぼったくなっていて、ふたりの唾液であかあかと濡れている。
口づけを増すごとに色っぽい夜着を着た姫君が蕩けた表情を向けてくれる。「資さま」と自分の名前を呼びながら。
これが魔に犯された状態だとしたら、相当厄介だが、彼女はそうではないと言う。禊を行ったときと似て非なる姫の淫らな姿を前に、資は落ち着かない気持ちになっていた。
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